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運命の鎖  作者: 桔梗
始まりの薄紅色
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噂と情報

「それで、何の用?」


 千翔ちかくんがトランプを手放して、気怠そうに聞いてきた。一瞬なんだっけ、と考える。トランプの脇に置かれた手紙を見て、ああ、と思い出す。


「これ、ただのバースデーカードじゃなかったから」


 届けに来ただけなのに、何故私たちはトランプをやっているのだろうか。たるとも同じことを思ったようで、また時計を見てため息をついている。


「それって、もしかして噂のやつ?」


 思いがけず後ろから口を挟んできたのは、飴をくわえていた男子だった。


「はい。名無しのバースデーカードです」


みちる先輩、何か知ってるんですか?」


 こちらが気になっていたらしい京介くんが、便乗して会話に入ってくる。


 やはり、と私は思う。飴をくわえた男子は先ほども”満”と呼ばれていた。彼が青鳥あおとり満なのだろう。口にくわえた飴で柄悪そうに見えていたが、よく見ると、短髪と人懐っこい笑みが親しみやすそうだった。なんとなく圭貴を感じさせる。


「うーん、送られた人だけね。なんせ1年生内で起きてることだから、情報が入りにくいんだよ」


 基本的に噂にうとい私からしたら、2年生の彼が存在を知っているだけでもすごいと感じる。そういえば亜紗美も、彼の方が色々知っていると言っていた。


「青鳥先輩、ですよね。これについて調べてるんですか?」


「うん。違うんだ、俺のこれは趣味に近いのかな」


 頭の後ろに手をやって、はははと笑う。


「満先輩は人脈すごいんだよ。校内で知らないことなんて無いんじゃないかな」


「みっちー先輩は噂好きのおばさんって感じだな」


「ひどい千翔ちゃん!せっかく京くんがいい感じに紹介してくれたのに」


 千翔くんは先輩である彼にもあだ名を付けたようだ。恐れを知らない。


「で、ただのバースデーカードじゃないってなに?」


 そうだそうだ、と私はまた忘れかけていた手紙を手に取る。見てもらったほうが早いだろう。2つ折りの手紙を開いて千翔くんの方に差し出す。彼は中身を見て、しばらく目をしばたたかせていた。


「『好きでした。今までありがとう』?」


 生徒会室全体に響く声で読み上げられて、ぎょっとする。


 真田先輩の異星人を見るような視線と、真坂くんの興味あるのが隠せない視線と、亜紗美の何考えてるか分からない視線と、持っていた飴を落としそうな青鳥先輩の驚いた視線と⋯⋯。四者四様の視線が背中に突き刺さる。


「これ、あーちゃんの下駄箱に入ってたけど、たぶん千翔くんのと入れ間違えた可能性が高くてね」


 たるとがわざと大きい声で言った。心の中でたるとに感謝する。私が送ったなどと思われたら最悪だ。背後のざわめいていた空気が少し収まる。


「これ⋯⋯火で炙ったのか?」


 やはり千翔くんは頭が良いようで話が早い。見たい見たいと、真坂くんと青鳥先輩がとうとう席を立ってこちらへ来た。5人で手紙を覗き込む形になる。


「そうそう、みかんの果汁使ったみたいなの。すごい仕掛けをする人がいるもんだよねぇ」


「いいなあ、ロマンチックだね」


「これがなんで俺のだと?」


 当然の疑問だ。


 昨日たるとにしたように、亜紗美に聞いたことを話す。亜紗美は話を聞いているのかいないのか、1人でパソコンを見つめていた。わけを聞いた後も、千翔くんの反応は微妙だった。


「ふうん。その人が送り主なら、これは俺宛だと⋯⋯」


「うん」


 千翔くんは少し考える素振りを見せる。


「じっと立っていて手紙を入れた⋯⋯」


 独り言のように呟く。しかし、急に考えるのやめて手紙を放り出す。


「ま、何でもいいや」


「え?めっちゃ気になるよ」


 みんなを代表して突っ込んだのは、真坂くんだった。


「だよね!千翔くん気にならないの?」


 たるとも立ち上がりそうな勢いで言う。しかし、千翔くんは怪訝な顔をする。


「何で?」


 心底不思議そうだ。千翔くんにとってラブレターのひとつやふたつどうでもいいということか。


「千翔、いくら女の子に興味がないからっていくらなんでもそれは可哀想だよ」


 真坂くんの言葉にたるとがうんうんと激しく頷く。


「⋯⋯何で?」


 顔をしかめる千翔くんを、今度はその場のほぼ全員が呆れたように見た。


「千翔ちゃん、ラブレター貰うってすごいことなんだよ。告白なんてされたくてもされない男の方が多いんだよ。しかもLINEという便利な連絡手段があるこのご時世でラブレターとか⋯⋯!」


 青鳥先輩が妙に説得力のある言葉で訴える。


「自分の存在を知って欲しくないから名無しなんだろ。わざわざ追求することはない」


「ええっ」


「好きって言ってくれてるんだよ?」


「興味ないな」


 誰が何と言おうと、千翔くんはばっさりと一言で切るだけだった。随分と冷たい人だ。それとも何か女嫌いとか事情があるのか。


「千翔くんは何なら興味あるの?」


 事情があるとしても、この薄情者に私も何か言おうと思って口にしたが、単純な疑問が出てきてしまった。しかし、何を言っても明後日の方を向いてあしらっていた千翔くんが、ゆっくりとこちらを見る。


 目が合うと居心地が悪い。それでもこちらから逸らすことはできない。


 千翔くんが黙っているので、私も含めた皆が黙って千翔くんの様子を伺っていた。


「アリス」


「はい」


 どきりとして思わず敬語になる。やはり聞き間違いではなかった。そして初めて、この融通の利かなそうな整った真顔が崩れる。千翔くんが私を見てははっと笑っていた。


「な、なに」


「返事するんだな」


 千翔くんの意図が分からず戸惑う。私がアリスと呼ばれていることを知っていて呼んだのではないのか。


「あんたのそういう顔には興味がある」


 どういうことだ、と一瞬思ったが、すぐに馬鹿にされていると気づく。むっとして顔が熱くなるのが分かる。


「ちょっと千翔くん。もう少し優しさってものを覚えなよ」


「はは、砂糖みたいに甘ったるいこと言うな、シュガーだけに」


 千翔くんは先ほどまでと打って変わって愉快そうだった。


「もうっ何でこんなのがモテるのかなぁ」


「ものすごく同感だよ、シュガーちゃん?」


「佐藤多留都(たると)です!」


「ええっすごい名前!」


「チルチルに言われたくないっ」


「満だよ!」


 隣で人影がうずくまった、と思ったら真坂くんがお腹を抱えて笑っていた。私も千翔くんへの釈然としない気持ちが消えていた。いつも、たるとの明るさには救われている。そしてやはり青鳥先輩は圭貴に似ている。


「ねえ、やっぱり千翔くんが興味なくても、私は送り主気になるよ」


 たるとが千翔くんの放り投げた手紙を拾い上げて言った。


「千翔くん、送り主について心当たりはないの?」


「ないね」


「あり過ぎるんでしょ」


 真坂くんが面白そうに言う。


「とりあえず、満先輩が知ってる情報共有しましょうよ」


「オッケー。いいね、犯人探し。楽しくなってきた」


 真坂くんも青鳥先輩も乗り気になっていた。千翔くんは相変わらず興味なさそうだったが、肩をすくめるだけで何も言わない。


「まあ俺が知ってるのは送られた人の情報だけどね。最初に送られたのは5月24日、1年1組の井上晴香って子の誕生日だね。そこから昨日の千翔ちゃんと朱音ちゃん?までで9人受け取ってる。で、全員1年生。1年2組とバスケ部が多いように見えるけど⋯⋯これは偶然って範囲じゃないかな」


 あらかじめ用意されていた書類を読むようにぺらぺらと言う青鳥先輩を、驚いて凝視する。校内で知らないことはないというのも、誇張ではないのかもしれない。


「すごいですね、先輩!」


 たるとの素直な感嘆に、青鳥先輩は照れたようにまあね、と言った。


 しかしそのような情報を、一体どこから集めているのか。そう思っている間にも、青鳥先輩はつらつらと他の受け取った人の名前をあげていく。あまり私の知っている名前はない。


「なんでそんなこと知ってるんだ、みっちー先輩」


 涼しい顔で聞いていたように見える千翔くんも、彼なりに驚いているようだった。


「でもここからどうやって見つければいいんだろう⋯⋯」


 それが問題だ。おそらく他の人に送られたものは、本命のラブレターを隠すためのダミーだ。ダミーについては分かったとしても、肝心な部分の情報がなかった。

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