表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
運命の鎖  作者: 桔梗
表裏の桔梗色
53/63

揺れる電車

 合宿の最終日は、初日同様に駅周辺をぶらりとして帰ることになった。新幹線で移動する間までは、みんな元気そうにしていた。しかし解散した今は、さすがに疲れきった様子を見せている人が多い。解散駅からほとんどの人が同じ方向の電車に乗ったが、寝ている人が大半だった。


 京介くんの一件は、既に噂として話が流れていたが、悪く言う人もいれば良いように言う人も半数くらいを占めていた。


 私は昨日、京介くんの表と裏が一致したように見えたが、所詮他人から見た”表”はその人のフィルターがかかる。人づてに聞いたならば尚更だ。だから、噂は真実かどうかわからないものが多い。昨日の京介くんのことも、結局様々な脚色が加えられて広がっていった。


 それでも、京介くんの言葉を直接浴びた井上さんは、より真実に近い形で彼の気持ちを受け止めただろう。あれ以来、彼の悪口を言うことも見かけた時にあからさまに避けるということも、しなくなっていた。興味がないとでも言うように、つまらなそうな顔をするだけだった。


「佐々白先輩って、実際のところ、どうなのかな?」


 新幹線よりも乗り心地の悪い電車に揺られながら、右隣のたるとが、独り言のように突然呟いた。


「どうって?」


 向かい側に座る生徒会組も、こちら側に座る陸上部組も、みんな目をつむっている。隣のたるとの目だけはぱっちりと開いていることには、気づいていた。私も同じくずっと起きていたから。


「さっくーとの関係」


 私は思わず隣を向く。


「なんかさっくー、佐々白先輩には対応違くない?」


「まあ、そうかも」


 それは私も感じていたことだった。しかし、どんな関係かと言われると、よく分からない。


 たるとは歯切れの悪い返事をした私を見て、何を思ったのか、にやりとした。

 

「あーちゃん嫉妬?」


「嫉妬ぉ?」


 思わぬ言葉にぎょっとする。思わず大きめの声が出てしまい、はっとして口を押さえる。幸い、反応した人はいなかった。朔も少し離れたところにいることを確認して、安心する。


「佐々白先輩が特別扱いだから」


「だからって、なんで朔に嫉妬しなくちゃいけないの」


 そう見られていたという恥ずかしさもあって、口をきゅっと結んで眉を寄せた。


「お兄ちゃん大好きだもんな」


 たるとと反対側から声がして、またぎょっとした。


千翔ちかくん、起きてたの⋯⋯」


 左隣で目を閉じていた千翔くんが、薄目でこちらを見ていた。からかうような言葉に、思わず睨みつける。


「師匠はどう思う?」


「どうでもいい」


 佐々白先輩と朔がいい感じであっても私には関係ないが、もしそういう意味で言っているのなら、たるとは根本的に間違っている。


「違うよ、たると。たぶんあの2人そんなに仲良くないよ」


 彼らは一見仲良さそうだが、実際仲良いのかは分からなかった。もとより彼らに薄紅色は感じないため、恋愛感情などはないことは分かっている。しかし、友達、または生徒会の仲間としても微妙に見えた。お互い、特に佐々白先輩が朔に対して冷たい色を持っているのだ。そして、朔もそれに気づいている。


 けれどその理由が分からないから、2人の関係が気になってしまうところがあった。


「アリスに同意。むしろって感じだろ」


「ええっ、そうなの?」


 たるとは分からない、というように、斜め前で目を瞑っている朔と佐々白先輩を見ている。


「千翔くん、私のことを知られたくないって言ってたのは?」


 昨日、京介くんの騒動がひと段落して、佐々白先輩が朔のそばに来た時に言っていたことだ。


「アリスは、もっと自分が大切にされていることを自覚した方がいいんじゃないか」


 千翔くんはまた、思わせぶりなことを言い出す。やはり男子は質問にきちんと答えない生き物のようだ。しかし天然な感じの日向くんと違って、千翔くんは明らかに意図的なので、むっとしてしまう。


 そんなこと十分分かっている、と言い返そうとして彼を見るが、言えなかった。いつも人の目を覗き込むようにして話す彼が、今は斜め前の朔を見ていた。いつになく柔らかい表情をしている。


「あの人は、お前が思ってるよりずっと、お前のことに敏感なんだ」


 千翔くんがどこを見ているのか分からない。たまに私を見ていても私を見ていないように、今、朔を見ていても朔を見ていないような気がする。


「誰の話?」


 思わず言っていた。千翔くんの不思議そうな目が、はっきりとこちらを見る。


「誰が、誰のことを?」


 電車がガタンと揺れて、彼の体がこちらに傾いた。視線がずれる。


「千翔くんはさっくーのこと好きなの?」


「は?」


 黙っていたたるとの一際大きい声に、千翔くんが顔を歪める。私もびっくりしてたるとを見た。しかし、彼女は大真面目な顔をしている。その”好き”とはどういうことを指すのか。


「んなわけねーだろ」


「じゃあ、どういう関係?」


「どういうって⋯⋯普通に先輩後輩だろ」


「でも、前からの知り合いなんじゃないの?」


「まあそうだけど⋯⋯」


 無邪気そうに質問攻めするたるとに、さすがの千翔くんも困ったような顔をしていた。


 しかし私は、真面目なたるとの顔に微妙に浮かぶ、千翔くんへの非難のようなものに気づいた。秘密の多い彼に振り回される私を、助けてくれたのかもしれない。


「たると、千翔くんにだって秘密にしたいことのひとつやふたつあるんだよ。ね、朔が好きなことは黙っててあげる」


「そっか、師匠は自分の気持ち推理されるのは慣れてないもんね!」


「はぁ?アリスのお兄様愛に比べたらちっぽけなものだから、安心しろ」


 くだらないことを言い合っていると、気持ちが楽になる。探り合いはもうお腹いっぱいだった。

 

 私たちが黙ると、電車の走る音だけが聞こえるようになる。小さい声で話していたつもりだったが、うるさかったかもしれない、と急に恥ずかしくなる。羞恥心を抑えるように俯く。静かな車内で足元に置いた荷物を見ると、合宿は終わりなのだと、妙に実感する。


 そのうち、眠気が襲ってきた。まだ帰りの電車で一睡もしていない私もうとうとし始めてきたとき、たるとが再び口を開いた。


「真面目な話、結局書き込みの犯人は誰だったのかな?」


 私は声にはっとして顔を上げる。両隣の2人は、まだぱっちりと目を開けていた。


 私はこの一件がもう終結したように感じていたが、確かに、犯人ははっきりしていない。朔や京介くんから話を聞いたわけではないたるとは尚更、まだ何も分かっていないように感じているのだろう。


 しかし犯人については、私は憶測しか言えない。答える代わりに千翔くんを見る。彼もたるとの声は聞いていただろう。


「どう見ても井上晴香」


「えっ、どうして?」


「朔先輩に聞いた」


 がっかりだ。彼が頭を働かせなかったことも、朔が彼には答えをあっさり教えていたことも。


 しかし、やはり犯人は井上さんだった。裏サイトに書かれた、京介くんが振ってさらに笑ったという相手は、井上さんのはずだ。けれど悪口を大っぴらに言ったりして、一番ことを荒立てようとしていたのも彼女だった。


「”犯人”といっても、書き込みの内容は本当だろう。昨日見て分かったと思うけど、京はそういうやつだからな」


「じゃあ、さっくーと京介くんの目的っていうのは?」


「京の目的は目に見えてる。今のこの状況を作り出すこと、つまりあいつの本質を周囲に明かすことだろ」


 なんとなく、そうではないかと思っていた。私の顔にボールが当たったのは流石にたまたまだろうが、あれがなくても、京介くんは何かしらのアクションを起こしていたのだろう。


 そして、それを朔は知っていた。そうでなければ、今日"イベント"が起こるとは思わないだろうから。


「わざわざそんなことを自分で?」


「それが面白いと判断したんだ」


「変わってるねぇ」


 他にも理由があることは、千翔くんもわかっているのだろう。


「朔先輩は⋯⋯京のやりたいようにやらせてくれたのかな」


 サイトの影響力がどうとか言っていた方は、千翔くんは知らないようだ。しかし、それは私の興味の範囲外だった。朔のことだから、上手くやっているはずだ。


「晴香ちゃんは大丈夫かな?」


「あいつの心配するのか」


「なんでよ、いいじゃん」


「大丈夫でしょ、井上さんは。京介くんがこっぴどく振ってたからね。すぐにエネルギーに変えられる人だと思うよ」


 私はたるとに言いながら、女子に囲まれて座って寝ている井上さんを見た。


 彼女は京介くんに干渉しなくなったが、私たちに対しても若干同じような反応を示していた。彼女には始終違和感を抱いていた。彼女は元々こちらを見ていなかった。それが、顕著になったのだ。


 私は少しは歩み寄ろうとしていたつもりだったが、あちらにその気がないと感じてしまえば、無理をするのも馬鹿馬鹿しくなってくる。どちらにせよ、学校ではもう、廊下でたまにすれ違う関係にしかなり得ない。


 問題は色々とあり、正直楽しめない状況も多かったが、反対に色々な人と話す機会もたくさんあった。それが、私にとって今回の合宿の収穫である気がする。そうでなくても、楽しかった部分を取り集めて、この合宿をいい思い出にする。高校生で初めての夏なのだから。


 ふと右肩にたるとの体温を感じた。可愛い幼なじみの寝顔に、ふっと気が抜けるようだった。私はやっと終わったという疲労感と、やり遂げたという満足感を抱きながら、揺れる電車で眠りに落ちていった。


 左側にある肩に頭を乗せていたと気づいて慌てるのは、数十分後のことだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ