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運命の鎖  作者: 桔梗
表裏の桔梗色
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表と裏

 結論から言うと、さくの言うことは当たった。なぜそんなことになったのか、朔がそれを意図的に起こしたのか、偶然の産物だったのか、私にはさっぱり分からなかった。けれど、イベントは確かに起きたのだ。


 その日、昼食後も海で遊ぶことは変わらなかった。変わったのは、生徒会の面々も合流したということだ。昼食を一緒に食べていた京介くんと、私と話していた朔を探しに、満先輩がやって来たからだ。自然と一緒に遊ぶ流れになったのだ。


 満先輩が持っていたビーチボールで遊ぶ彼らの横で、私と亜紗美は、海の方を向いて砂浜に並んで座っていた。相変わらずギラギラと輝く太陽の下で、そのようにはしゃぐ体力も残っていなかった。


 水着にも着替えておらず、話すこともしない亜紗美は、先程から砂で何かを作っていた。私は波がすぐそこまで打ち寄せてくる様子を、じっと見ている。波が濡れた砂浜を覆う瞬間、貝か何かが一気に砂から浮き出てくる。それが気持ち悪くてぞわっと鳥肌が立つのだが、目が離せないのだ。


朱音あかね


 だんまりだった亜紗美に声をかけられ、少々驚いて顔をあげた。亜紗美は何か言いたそうにしつつも、ついと視線をずらす。


舞姫まいひめ、見たことある?」


「舞姫って、佐々白先輩?なら会ったことあるけど」


 亜紗美はもう一度私に視線をずらしてから、別の方へ目をやった。しかし、今度は何か目的があるように、はっきりとどこかで焦点が定まる。


 私はその視線を追いかけるように、亜紗美がいる方とは反対の方向を向いた。


 最初は、亜紗美が見ているものが何かわからなかったが、少し離れたところでなにやらざわついていることに気づいた。その中心には、一際目立つ佐々白先輩がいる。彼女は肌を隠した水着に、白く透けた布を羽織っていた。それをひるがえして、軽くお辞儀をする。


 次の瞬間、白い布が天女の衣のようにひらひらとたなびき始める。彼女が舞い始めたのだ。


「すごい⋯⋯」


 彼女が舞姫と呼ばれる所以ゆえんがよく分かる。遠くから見ても、彼女の魅力は圧倒的だった。


 周りに集まった人達は男女問わず、彼女に釘付けになっているようだった。知らない人まで、見世物だと思って集まってきている。


「アリス、上!」


 突然、圭貴の声が海の方から聞こえ、はっと顔を上げた。しかし、その時にはもう遅かった。太陽の光に目をくらませると同時に、黒い影が視界に入る。


 バフッ


 気づいた時にはビーチボールを顔面で受け止めていた。


「⋯⋯!」


 後ろに倒れそうになったところを、亜紗美が支えてくれる。ビーチボールは顔の上で軽く弾んで、少し離れた砂の上にポスッと落ちた。


 衝撃は軽かったが、恥ずかしくて咄嗟に俯く。そして、柔らかいビニール性のボールが地味に痛い。


「ぼーっとしてるからだ」


 ちらりと目をあげると、千翔ちかくんが濡れた髪をかきあげながら近づいてくる。心配した様子も見せずに嫌味を言うので、むっとする。が、事実なので何も言い返せない。たるとや圭貴たちも、心配したように近寄ってくる。


「ごめん、アリスちゃん。大丈夫?」


 ボールを投げた本人と思われる京介くんが駆け寄ってきた。


 京介くんの向こうには朔たちがいた。もちろん、視線はこちらに集まっている。


 また、大きな声に反応したのか、それとも私のすぐ近くに京介くんがいることに反応したのか、1年女子たちも、大丈夫?と言いながら近づいてくる。1年男子たちもこちらを見ていた。


 ほとんどの知り合いの視線にさらされて、私はさらに恥ずかしくなる。


「大丈夫。大したことないよ」


「いやぁ、顔面で受け止めるとは思わなかったな。無事でよかった」


 京介くんは私の顔をのぞき込んで、にっこりと笑った。どこか違和感を覚える。


「やっぱり、真坂くん普通に優しくない?」


「そうだよね⋯⋯」


 真由と百合子がこそこそと言うのが、こちらまで聞こえてくる。


「俺って、優しい?」

 

 京介くんが、私と隣に座る亜紗美にしか聞こえないような声で、きょとんとした顔で尋ねてくる。というか、顔が近い。


「アリスちゃんの顔についたボールの跡が面白くて笑っただけなのに?」


 失礼だな、とむっとするが、よく見ると目の奥に意地悪な色が見える。さっきの違和感はこれのようだ。私は慎重に口を開く。


「どうだろう。私を心配してくれたのは本当だよね」


「まぁ⋯⋯」


「その点では優しいんじゃないかな。普通並に。少なくとも、心配した様子すら見せない人もいるからね」


 ちらりと千翔くんを見る。こちらの視線に気づくとガン飛ばしてきたので、慌ててすぐに目をそらす。


「ふうん」


 京介くんは私の答えに満足したように、少し口角を上げた。


「京介くん、そろそろ離れ⋯⋯」


「全然優しくないよ!」


 突然、癇癪かんしゃくを起こしたような声が飛んできて、びくっとする。井上さんが少し離れたところから、こちらを睨んでいた。


「優しいとこ見せようとして、わざとボール当てたんでしょう」


 井上さんは京介くんのことになると少々大げさな気がしていたが、今回は驚きがまさった。何がそんなにこの子を感情的にさせているのだろう。


京介くんはというと、呆れるほどの笑顔でこちらを見ていた。


「飛びっきりの勘違い女」


「え⋯⋯」


 口の端から笑いを漏らしながらぼそりと言った言葉に聞き返そうと思った時には、彼は立ち上がっていた。


「ボールを間違って当てちゃった人に謝ることって、普通じゃない?」


いつも笑って誤魔化していた京介くんが言い返すとは、思わなかったのだろう。井上さんは目を見開いて、言葉が出てこないようだ。他の人たちも、どうなるのかと固唾かたずを飲んで見守っている。


 私は、朔の言う通り様子を見ることにした。


 確かに変化はあった。そして、見物人が生徒会側の人たちと関係者と思われる人たちに限られているのは、偶然ではないだろう。視界の端では、まだ佐々白先輩が舞っている姿が見える。


「優しいとか優しくないとか、勝手に言われたくないな。俺の気持ちを勝手に代弁されるのも困る。発想は面白いけどね。笑う基準は俺が決める」


 井上さんをはじめとする女の子たちは、唖然としていた。反対に、京介くんは言葉を発する間ずっと笑顔だった。きっと、女の子たちの反応が面白いとでも思っているのだろう。それとも、初めて公然と本音を言ったことに満足しているのか。


 どちらにせよ、今初めて、他の人の京介くんに対する認識が改められたような気がした。自他の認識の違いで勝手に生じていた彼の表裏が、一致したような気がした。


「じゃ、じゃあ、その真坂くんの基準とやらはおかしいんじゃないの。なんであの時⋯⋯普通の人なら笑わないよっ」


 井上さんは今にも泣き出しそうな顔をしていた。足だけ浸かった海水に体温を奪われているかのように、ぶるぶると震えている。


私は自分の考えが間違えではないことを悟る。そして、普通とはなんだろう、とぼんやり考える。


「そうなのかも。普通じゃないとはよく言われるよ。でもあれはやっぱり発想が面白かったかなー。実を言うとね、一番心動かされたのは君だったんだよ」


 京介くんは井上さんの様子を見ても、顔色ひとつ変えずに淡々と言う。昨日の朝に、女子の先輩に質問されていた時と同じだ。京介くんの本性を知っても、やはり彼の考えていることはよく分からなかった。井上さんを更に怒らせる気だろうか。


 飛びっきりの勘違い女とは、たぶん⋯⋯


 京介くんが井上さんを酷く傷つけているのは事実だ。しかし、井上さんが京介くんを傷つけたのもまた、事実なのだろう。だから、部外者の私は何も言えない。


「別にサイテーな奴でいいよ」


 京介くんは同じ調子で続ける。


「優しいとか、気持ち悪い勘違いされるよりよっぽどいい」


 笑みが消えていた。それでも彼の優しそうな雰囲気は消えない。これが、自他の認識の差を産む大きな原因なのだろう。しかし私には、今の彼の顔は悲しそうに見えた。


 耐えられなくなったような井上さんは、ついに泣き出してしまう。鈴木さんと高橋さんが、はっと我に返ったように彼女の周りに集まってなぐさめ始める。時が止まったように見ていた他の人たちも、気まずそうに目を逸らしている。


 京介くんはこちらを振り返って、何事も無かったかのようににこっと笑った。言いたいことを言いきった、すっきりしたような笑みだが、井上さんを泣かせてしまったことの誤魔化しもあるのだろう。


 私も何も見ていなかったように、少しだけ口角を上げた。これ以上どう言葉をかけていいのか分からなかった。


「お前はいつか女を泣かせると思ってたけど、当たったな」


 千翔くんがさらに近づいてきて、からかうように言った。さすがに京介くんも苦い顔になる。


「これでも最小限だよ。思い出し笑いするのは頑張って耐えたし」


「それはサイテーだよ、京介くん」


 立ち上がりながら、思わず口をはさんでしまう。


「ほんと、京介くんも乙女心分かってなかったんだね」


 たるともすぐそばに来て、責めるように言った。井上さんを泣かせたことに怒っているようだった。


 しかし、私には逆に見えた。井上さんはたぶん、振られた後も京介くんのことを諦めきれていなかった。だから裏サイトに書かれたことに過剰に反応していたり、今回の合宿でも京介くんの動きに敏感になっていたのだ。


 それを分かったうえで、京介くんは彼女を傷つけるようなことを言ったのだと思う。これで、彼女が京介くんを完全に諦められるように。


 本人は否定するのだろうけど、本当は京介くんも優しさを持っているのだから。その証拠に、今、彼は自分の言葉に逆に傷つけられていることを隠しきれていなかった。


 一度色が見えれば、色々なものが見えてくる。


「でも、真坂くんがそんなふうに思っていたとは知らなかった」


 梓馬くんが言いにくそうに言った。きっと、優しい梓馬くんは、京介くんも井上さんも責められないのだろう。


「別に、我慢してたとか、そういうんじゃないよ。勘違いされてるの知ってて放置してたのは俺だし。そのままでも結構面白かったから」


「これで、京の人間性の低さが明らかになったな」


 千翔くんはさっきから酷いことしか言っていないように見えて、逆に京介くんの気を楽にしているようにも見えた。仲のいい2人だから、このような関係でいられるのだろう。千翔くんは京介くんの本性を知っていたようだし。


「どうでもいいよ、千翔。本当の俺がどうであるかなんて、他人にも自分でさえも分からないんだから。俺は最近それを学んだ」


 瞬きをする一瞬、京介くんがこちらを見て笑ったような気がした。


「それは誰にでも言えるよね、きっと」


 後ろから朔の声がとんできた。朔は、地面に落ちたままだったビーチボールを拾い上げて近づいてくる。そして、こっちをちらりと見てくる。2人してなんなのだ。


 しかし朔は満足そうな顔をしているので、彼の思い通りに事は運んでいるのだろう。なぜ京介くんがここにきて他の人に本性を明かしたのか、私にボールがぶつかるところから朔が意図的に起こしたのか、それとも偶然の産物だったのか、私にはさっぱり分からなかったけれど。


「終わった?」


 向こうで舞っていた佐々白先輩が、いつの間にかこちらに来ていた。額にはうっすらと汗をかいていた。それがまた美しい。


 他の生徒会の人たちも近くに集まってきている。彼らも驚いたように京介くんを見ていたので、生徒会というよりは、やはり朔の単独の計画だったのだろう。佐々白先輩は、彼を司令塔と言っていた。彼らは、生徒会長に従うのみ。


舞桜まおこそ。お疲れ様。相変わらず君の舞は素晴らしいね」


 そう言うと同時に、朔は一歩私から離れたように見えた。急に、朔が佐々白先輩を特別扱いしているように思えてくる。呼び捨てのことや、私たちの関係を言わないことなど。


「俺は朔先輩の気持ち、分かるかな」


 そばで千翔くんの声がしてぎょっとした。その目は、朔と佐々白先輩を見ている。彼はいつもいつも、私の考えを読み取っているような発言をする。エスパーなのだろうか。


「何の話?」


 内心の動揺を隠して小さく聞く。千翔くんは目だけこちらに向けた。


「アリスのことは知られたくない」


「どういうこと?」


 なんとなくむっとしながら聞くが、彼はそ知らぬ顔で海を見ている。


「あーちゃん、戻ろう」


 たるとに声を掛けられ、みんなが海から離れていっていることに、初めて気づいた。あんなことがあって、もう遊ぶ気分ではなくなってしまったのだろう。ずっと先の方に、宿に向かう井上さんたちが見える。


 同じく既に宿に向かい始めている京介くんを見ると、朔たちに囲まれて、いつも通りに笑っていた。もう瞳に隠れた色は容易に見分けがつく。優しく少しいたずらな桔梗色だ。


 私はそれが見れたことに勝手に満足して、たるとや千翔くんを追いかける。


「見事に利用されてたね」


 一瞬誰だか分からない声に、立ち止まって振り向く。


 四季神しきがみ日向(ひなた)くんが、目を半月型にしてそこに立っていた。

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