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運命の鎖  作者: 桔梗
表裏の桔梗色
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策士の計画

 海で遊ぶ日は当然、浜辺の海の家でお昼を食べることになる。そして、海の家は数が限られているので、休憩と言って別れたきりだったたるとたちとは、自然と会うことができた。


 京介くんと一緒に海の方から戻ってくると、みんなに不思議そうに見られた。休憩していたら会ったのだと、適当に言っておく。


 そのまま京介くんも共に昼食を取ることになる。しかし、たまたま入った店に井上さんたちが先にいたのが厄介だった。清浦くんや日向くんも一緒だった。


 井上さんは京介くんの姿を見つけると顔を曇らせ、清浦くんは私と千翔くんをちらちらと見てくる。正直彼らと同じ空間にいるのは、居心地が悪かった。


「あーちゃん、焼きそば美味しくない?」


 気持ちが顔に出てしまっていたのか、たるとが覗き込んでくる。


「いいや、そんなことないよ。ちょっと、お腹いっぱいなだけ」


「いらないならもらうよ、アリスちゃん」


 わざわざあだ名で呼んでくるのは、私が困る顔を見たいからなのか。たるとと千翔くんが京介くんの言葉に敏感に反応したようで、こちらを見てくる。そして、離れたテーブルからも京介くんが微笑みかけているのが見えるのか、女子の視線が痛い。


「うん。じゃあ、あげる。⋯⋯ちょっと、先外出てるね」


 私は食べかけの焼きそばを京介くんに押し付けて、逃げるように席を立った。しかし、逃げ場はどこにもない。外では、太陽が私をいじめてくる。


 暑い。


「暑い⋯⋯」


「え」


「ん?」


 自分の気持ちとシンクロしすぎてびっくりした。何食わぬ顔で隣にいたのは、朔だった。


「日焼けしちゃうなぁ」


 呑気に女子のような発言をし、太陽を眩しそうに見上げる。少し気まずいと思ったが、朔がいつも通りなので、私ももう何も気にしないことにした。


「朔、ご飯は?」


「暑いと食欲無くなるんだよね」


「確かに」


 頷いてその場にしゃがみ込む。地面の近くは、一層じりじりと暑かった。


「ああでも、お父さんが作ってくれる冷やし中華だけは別だけど」


「次会うとき作ってくれるかな」


「次って、お盆の頃だっけ」


「そう」


 私が朝霧高校に進学すると決めたとき、両親はふたつの条件の元に、離れて暮らすことを許してくれた。ひとつは、朔と2人で暮らすこと。もうひとつは、1ヶ月に一度、家族で会う時間をもうけることだ。


 そのため、離れて暮らし始めて4ヶ月ほど経つが、寂しい思いをすることはなかった。


 私は、今度家族で揃う時に、引っ越し当時のことについて聞こうと決めていた。


「お母さんたち、朔があんまり家に帰ってないこと、気づいてたよ」


「え」


 朔がぱっとこちらを見下ろす。珍しく、焦った顔だ。


「だって中学の時からそうだったんだから、離れて暮らし始めたら余計そうなるって、分かるでしょ」


「そっか、そうだよね⋯⋯」


 朔は呟くように言って、目を伏せる。そのように反抗的な素行だったくせに、朔は両親に弱かった。同時に、両親も彼に弱かった。だから、朔がふらふらすることも1人暮らしをすることも、止めきれなかったのだ。


 私が朔と同じ学校に行きたいと言ったとき、両親は最初、猛反対していた。当時住んでいた場所からは、通うには遠すぎたからだ。いっそ家族で引っ越すという選択肢もあったが、今度はお母さんの職場から遠くなってしまう。


 それでも私が両親の元を離れることを許してくれたのは、既に朔が1人で暮らしていたからだった。朔が私のことを守る、と同時に、私が朔の様子を見ていることができるからだ。


「だから、今は家で大人しくしてるって、言っとく」


 私は朔を見上げて言う。


 お母さんたちが子供たちに対して強く出られないのは、良くないところだと思うが、心配していないわけではないのだ。むしろ心配性と言っていいほどで、高校にあがった当初は、毎日のように電話が来ていた。


「うん。ありがとう」


 朔は微笑んで、太陽の方に目を向けた。


「あと⋯⋯」


 私も、見上げていた顔を前に戻す。続きの言葉をはっきりと言いたくなくて、躊躇ためらってしまう。


「生徒会の仕事の話に首突っ込みすぎて、ごめん」


 最後の方は、声が小さくなってしまった。朔が再びこちらを向く気配がする。


「うん」


 声の調子で、彼が笑っていることが分かる。


「京介くんと、何かあった?」


「な、何かって?」


「さっき、2人で歩いて来てたから」


 京介くんの名前にどきりとしたが、見られていたのだ。


「京介くんと何かあったとして、それは朔に何か関係ある?」


 単純な疑問のつもりだったが、嫌味な言い方になってしまった。朔は困ったように、くすりと笑う。


「関係ないといえば、関係ないのかな。まあ、問題は全て京介くんを中心にまわっているからね。関係あるといえば、関係あるよ」


「またそうやって、私の分からない言葉ではぐらかす。でも⋯⋯問題っていうのは、京介くんの噂のことだよね」


 朔は否定も肯定もしなかった。


「何にせよ、計画は僕の思いどおりに進んでいる。アリスが心配する必要はないよ」


 無邪気に見える策士は、そう言って私の頭を撫でた。私はいつも通り、その手をはねのける。誰かに見られたらと思うと、恐ろしい。


「そうやって思わせぶりなことばっかり言うから、追求したくなっちゃうんでしょ」


「そっか、知られたくなければ全て言わなければいいんだね」


「馬鹿にしてる?」


「まさか」


「もう守られてばかりの子供じゃないって言ったよね」


「そうだね、知ってるよ」


 朔は私をなだめるように微笑んだあと、すっと真剣な眼差しになった。そして、私に手を差し伸べて日陰に連れていく。


「犯人はもう分かってるって、このあいだ言ったよね」


 朔が話し出したことに驚いた。移動したのは、人の少ないところに行くことが目的だったのかもしれない。しかし当然興味はあるので、聞く姿勢を見せる。


「うん。⋯⋯誰?」


「それはまだ言わないでおくよ。ただ、問題は犯人じゃなくて、サイト自体の影響力と⋯⋯」


 朔はためらうように言葉を止めた。


「京介くんの嘘、かな」


「京介くんの嘘⋯⋯」


 何を指して言っているのか分からず、オウム返ししてしまう。噂に心当たりがない振りをしていることだろうか。それとももっと⋯⋯


「京介くんは、自分自身に嘘をついてると思うんだ」


「どういうこと?」


「本当は今の状態、京介くんにとっては居心地悪いだろうに」


 なんとなく、朔の言いたいことが分かってくる。朔は本人に聞かなくても知っていたのだ。分かっていたのだ。京介くんが優しいと言われるのを嫌うことを。しかし、


「京介くんは誰よりも素直に生きてると思うけど」


「そうだね、それは間違いないと思うよ」


 朔はおかしそうにくすくすと笑う。やはり、ドSな京介くんを知っているのだ。だから、初日の夕食の場でも、彼の前で堂々と噂の話を出した。


「ただね、今以上を望まない姿勢には違和感を持っちゃうんだよ。京介くんには、色んな笑顔をしてほしいんだ」


 そうか、そういうことか。


「余計なお世話かな?」


「朔のわがままだね」


 きっと、私のわがままにもなるのだろう。どうでもよくないから、口を出したくなる。


 朔はふわりと笑っていた。


「それで、具体的にはこれから何をするの?」


 佐々白先輩から聞いた、イベントが起こるという話を思い出して言う。日陰でも肌を刺す暑さに気が滅入りながらも、私はなんとか頭を働かせようとしていた。


「そうだね、といっても、僕たちのやるべき事はほとんど終わってるんだよね」


「え、でもまだ何も状況は変わってないよね。むしろ悪くなってるっていうか⋯⋯」


 井上さんたちの視線を思い出して、頭を抱えたくなる。


「いいや、京介くんにとっては好転しているよ。アリス、京介くんと話したんでしょ?」


「そうだけど、それが何か⋯⋯?」


 私はそう聞いて、はっとした。まさか⋯⋯


「京介くんをそのままに見てくれて、ちゃんと話せる人が必要だったんだ」


「それが、私?」


「そう。千翔ちゃんは元々受け入れてたし、考えが京介くんに寄りすぎてる。たるちゃんとかだと、そもそも気づいてあげられない。アリスは他人の気持ちには敏感だからね。きっと考えてくれると思ったんだ」


 朔は少しきまり悪そうに笑う。


「まあ、京介くんに興味持たずに関与しないかもしれなかったから、初日は少し焚きつけるようなことを言ったけどね」


 私はどこか脱力する思いで、ため息をついた。初日の茶番のような指示は、私が怒ると分かって言ったのだ。最初から、全部誘導されていた。


「利用されるって、本当だ⋯⋯」


「ん?」


 生徒会について千翔くんは親切に教えてくれ、日向ひなたくんにも、そして朔自身にも忠告されていたはずだが、見事に利用された。


 私は半眼で、へらっと笑っている朔を睨む。


「でも、確かに話はしたけど、それで京介くんは何か変わった?」


「変わったはずだよ」


 朔はにっと笑う。悪い顔をする千翔くんのようだ。


「まあ、少し様子を見てようよ」


 やはり全ては話さないが、朔はちゃんと京介くんのことを見て考えていた。朔には、人を思い通り動かせるほどの頭脳もある。私は、彼を信じて大人しくしているほかないようだ。

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