生徒会室
翌日の放課後、私とたるとは亜紗美と共に生徒会室の前まで来ていた。たるとは里見くんを部活に連れて行くという名目があるが、私は部活を普通に休んだことになる。手紙はたるとに託そうと思っていたのだが、彼女が1人だと心細いと言うのだ。
亜紗美は事情を把握していなかったが、生徒会室へ行きたいと言うと、快く頷いてくれた。
「ここって、生徒会以外の人が入ってもいいの?」
部屋の前で、ここに来るまでずっと思っていたことを亜紗美に尋ねた。彼女はいつも通り無表情のまま小さく頷く。
「緩いね、生徒会」
亜紗美は私の言葉に、いつものようにほんの少し口角を上げる。そして、何の前触れもなくドアを開けた。
「あ、あさみはんひた!」
開けた瞬間、元気な声が中から飛んできた。それと同時にひんやりとした冷たい空気が、梅雨の湿気で気持ち悪かった身体を包み込む。
「満、飴をくわえたまま喋るな。坂倉、来てくれて良かった。今日は仕事が多いんだ。あのばか⋯⋯いちょうも来てないし」
「真田先輩、今会長のこと馬鹿って言いかけましたね」
「いや、言ってない」
「あの人またどっかで寝てるんじゃない?」
「あの馬鹿の事だからそうだろう」
「先輩⋯⋯今度ははっきり言いましたね」
「事実だ」
京介くんに真田先輩と呼ばれた、部屋の一番奥に座っている人が、大袈裟にため息をついてこちらを見る。生徒会長の真田秀。絵に描いたようなメガネの優等生男子だ。彼はいつも集会などで挨拶をするので、顔はよく知っている。しかし聞き間違えでなければ今、別の誰かを会長と呼んでいた⋯⋯?
「で、君たちはなんだ。何か用か」
「えっと⋯⋯」
冷たい視線にはっとして、目当ての人物を探す。
部屋にはコの字型に机が並べられている。左手前から真坂くん、棒付きの飴をくわえた男子、奥に真田先輩、そして、右手前に前髪で目が隠れそうな男子⋯⋯いた。さり気なく会話にも入っていたのに、あまりにもそこに馴染んでいて気付かなかった。
里見くんはこちらには目もくれず、机に並べたトランプとにらめっこをしている。
真田先輩は私たちのその視線に気付いたようで、しかめっ面をして里見くんを見る。
「どうやらお前に用があるようだ、里見」
「ん、なに?」
里見くんは先輩である会長相手にも堂々とした態度だ。
亜紗美はいつの間にか里見くんの奥に座っていた。
「なにじゃないよ千翔くん⋯⋯。千翔くんこそ何してるの、こんなところで。部活も出ないで」
たるとがいつもよりワントーン低い声で言う。隣からエアコンではない別の冷気を感じて腕をさすった。彼女は運動を好まないふわふわ女子に見えて、実は部活を真面目にやっている。
「げ、シュガー」
「もう、ちゃんと部活には出てよ!もう師匠って呼んであげないからね!」
「いや呼んでなんて頼んでないし、勝手に言ってるだけだろ」
はっと鼻で笑って、里見くんは全く堪えた様子はない。やはり勝手に言ってたようだ。
「そうだね、千翔くん最近真面目に出てないから、梓馬くんの方が速くなっちゃったかもね。今度から梓馬くんが私の師匠かな」
「あ?あいつには無理だな」
「分からないよ?なんせ千翔くんがここでだらだらしている間に、梓馬くんは真面目に練習してるんだから」
「はあ?あいつは⋯⋯」
「うるさい、静かにしろ。喧嘩ならここではないどこかでやってくれ」
熱くなってきた2人の間に、真田先輩の冷静な、というより冷たい言葉が割って入る。
「ただでさえじめじめとした天気なんだ。これ以上空気を悪くしないでくれるか」
会長はエアコンのきいた部屋で涼しい顔で言ってのける。みんないい人と言った亜紗美を、初めて恨んだ。
「す、すいません。ちょっと里見くんに用があっただけなんです、すぐに帰ります」
慌てて険悪な顔の3人のちょうど真ん中に割り込むように前に出て、頭を下げる。私は平和に生きたい。こんなところでたるとと里見くんと共に目をつけられては困る。
「用が終わったらすぐ帰れ。くれぐれも静かにするように」
会長の態度は冷たいままだが、とりあえず許しはもらえたことにほっとした。たるとを引っ張って里見くんの前まで行く。
「あの、昨日里見くんも貰ってた手紙のことなんだけど」
里見くんは私とその手に握られている例の手紙をちらっと見ただけで、すぐに視線を手元に戻す。
「千翔でいい」
今朝よりも心なしか冷たい感じに見えるのは、たるととの熱いやり取りの後だからだろうか。このまま手紙を渡していいのか迷っていると、里見くん、もとい千翔くんがトランプをまとめて顔をあげた。
「座れば。ちょうど1人トランプも飽きてきたし、相手して」
「いや、千翔くん連れて部活行かなくちゃ⋯⋯」
「もう練習は始まってる時間だろ。少しくらい付き合え」
たるとは躊躇っていたが、時計を見てからため息をつき、渋々といった感じで千翔くんの前に座った。
「じゃあその後ちゃんと部活行ってね」
「⋯⋯分かった」
とんとん、と子気味のいいカードの音に誘われるように、私も机に近づく。生徒会室にいる他の人は何も言わないが、皆がこちらに注意を向けているのを感じて、居心地が悪い。
先ほどから怖い顔をしている真田先輩に一応無言で許可を取ってから、コの字の内側、たるとの横に座る。
カードが配られる間、黙ったままの千翔くんに自然と目がいく。下を向く顔が夕日に照らされている。前髪の間から見える目のまつ毛が長いことに気づく。端正な顔というのは中性的だ。
私はこれほど美しい人を、千翔くん以外に1人しか知らない。一見冷たそうな眼差しに、よく見ると吸い込まれそうな深く黒い瞳、薄く形のいい赤い唇は、鋭い美しさを際立たせている。
勿体ない。
ふわりとした黒髪も綺麗だが、顔を隠してしまうのは勿体ない。
そんなことをぼんやりと思っているうちに、無言のまま大富豪が始まった。千翔くんは頭も良いようで、強かった。私とたるとはだんだんムキになってきて、2回目、3回目とゲームは続いていく。
私たちが当初の目的を忘れそうになってきた頃、千翔くんが唐突に口を開いた。
「で、あんた誰?」
「え?誰って⋯⋯」
静かな部屋に突然響いた声に驚いて、反射的に顔を上げる。今更、と思ったが、確かに彼とはほとんど初対面だ。昨日”アリス”と呼ばれたのは、聞き間違いだったのだろうか。
「有里朱音。たるとと同じクラスの」
横に座るたるとを指差す。
「幼馴染みなんだよ」
「ふうん」
自分で聞いておいて、心底興味なさそうだ。たるとの尊敬話を聞いていなければ、第一印象は最悪中の最悪だった。




