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運命の鎖  作者: 桔梗
表裏の桔梗色
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留めておきたいもの

 3日目は自由行動の予定だった。しかし、ほとんどの人が海へ行くのだろう。もちろん、私も例外ではなかった。しかし、もやもやとした気分は日ごとに悪くなっていくようだった。楽しく遊べる気がしない。


 昨日は思いきって京介くんと朔に話を聞いたが、それを聞いたうえで自分はどうしたいのか、悩んでいた。


「やっぱりビキニの人もいるんだねぇ。大人!」


 眩しい太陽が照り注ぐ砂浜で、たるとがこっそり囁いてくる。


 私たちも既に、事前に買ってあった水着に着替えていた。たるとは、お腹は見えるがスポーツウェアのようなもの。女の子の理想形のような丁度いい凹凸によく映える。私は、Tシャツとパーカーとショートパンツのような、ほとんど水着に見えない水着だ。


「あーちゃんはちょっと隠し過ぎじゃない?勿体ない」


「だって、陸上部の子はスタイルいいだろうけど、私はそんな自信ないし⋯⋯こっちの方が落ち着くから思いきり楽しめるし」


「勿体ない⋯⋯」


「勿体ない!」


 砂に足を取られながら前からやってきたのは、圭貴だ。


「やっぱ海はいいなあ。そんなところでお喋りなんて勿体ねぇ」


「いや、そういう話をしていたんじゃ、わっ」


 圭貴に強引に手を引っ張られて、走り出してしまう。反対側の手でたるとを掴んで、巻き添えにする。そのまま3人で海に飛び込んだ。


「わぁっ冷たっ」


「あははは、気持ちー!」


「だろ!」


 既に海の中にいた梓馬くんが、手を振って近づいてきた。彼も巻き込んで水のかけ合いが始まる。バシャバシャと子供のようにはしゃぐたびに、悩みを忘れていくようだった。久しぶりにこんなに笑った。


「あーちゃん、あんまり考えすぎちゃダメだよ」


 水をかけ合う中で、たるとが唐突にそう言ってきた。向日葵ひまわりのような笑顔が眩しい。悩んでいたことが、彼女にはお見通しだったのだろう。


 私は足元の海水をすくって、たるとの方へ思い切り腕を振り上げた。


「わっ」


「大丈夫だよ」


 たるとはびしょ濡れになったまま、安心したように笑った。


「そういえば、千翔ちかくんは来てるの?」


「ああ、海には圭ちゃんが無理やり引っ張ってきてたから、来てるはずだけど⋯⋯」


 たるとが砂浜を見渡すので、私もつられてそちらへ目を凝らす。人が多くてすぐには見つけられない。


「あ⋯⋯」


 いた。砂浜のパラソルの下で寝転んでいる者が1人。なんだか高校生には見えなかった。


「いたー?あーちゃん連れてきてくれない?」


「ええ、私が?」


「師匠、私のことはナメてるから。あーちゃんの言うことの方が聞く気がする」


 たるとがそう言って手を顔の前で合わせてくるので、仕方無くパラソルの方へ向かう。千翔くんは、Tシャツ姿で、片腕を目の上にのせていた。このTシャツに見覚えがあったため、海の方からも彼だと分かったのだ。


 私はそっとかたわらに近づいて見下ろす。寝ているのか起きているのかも分からない。


「なにしてるの」


 そっと声をかけると、彼は腕を少しずらして、うっすらと目を開けた。しかし、無言でまた閉じてしまう。


「なーにーしーてーるーのー」


「うるさい」


 イラッとしたので耳元にしゃがみこんで言ってやったら、彼はだるそうに体を起こした。いつも以上に悪い目つきでこちらを睨んでくる。


「何してたっていいだろ」


「海嫌いなの?」


「嫌いなら来ない」


「泳げないの?」


「んなわけあるか」


「じゃあどうして入らないの?」


「あーあー副会長並にうるさいな。俺には俺の楽しみ方があるんだよ。ほっとけ」


 また寝転んでしまう。副会長並とは少し傷つくが⋯⋯


「⋯⋯何してんだよ」


「いや、何が楽しいのかなって」


 私は、彼の隣に寝転んでいた。パラソルの内側を見つめるが、空すら見えないのではつまらない。先程の彼のように、目を閉じてみる。聴覚だけになると、遊びに来ている人たちのざわざわとした声が、より一層うるさく聞こえる。


 しかし、ざわざわした中にもまた、心地の良い音が一際大きく耳に届いた。夜に散歩をした時も聞いた音だ。


「波の音」


 目を開けて隣をちらりと見てみると、千翔くんと目が合う。逸らそうと思っても、逸らせない。


「海は好き?」


「そうだな。嫌なことを全部洗い流してくれそうだから。でも⋯⋯」


 また目を閉じた彼の言葉の続きを、息を潜めて待つ。


「近くに行くと、留めておきたいものも全て流されてしまいそうなんだ。だから、遠くから音を聞いてるのがいい」


 彼は顔を少しこちらに傾ける。さらりと彼の顔にかかる髪の一房ひとふさを見ると、心がざわざわとする。


 いつだったか桜の美しさを語っていた時と同じく、その言葉は私の胸の奥にまっすぐ入り込んでくる。


「色気のない水着」


 突然失礼なことを言われ、我に返る。


「悪かったね、ビキニ着れるような体型じゃなくて」


 身体を起こして立ち上がる。そろそろ戻らないと、たるとたちが心配するかもしれない。


「別に色気あるのがいいとは言っていない」


「うるさいな」


 女心の分からない人は置いておいて、みんなのところに戻ろうとパラソルを出る。が、突然手首を掴まれて転びそうになった。


「わっ、なに」


 振り向くと、立ち上がった千翔くんのあの目と視線があった。感情が読み取れないはずの無表情が、何故か悲しく見えた。


 触れられた手は、嫌ではない。


「留めておきたいものが⋯⋯」


 掴んでいる手に力が入る。


 私は、そうか、と気づく。私を通して見る何かが、彼の留めておきたいものなのだ。


「痛い」


 彼ははっとしたように手を離した。その隙に、今度は私が彼の手をとる。


「留めておきたいものがあるなら、その手を伸ばせばいい。千翔くんには、それができる手と足とがあるでしょう」


 そのまま有無を言わせず、彼を引っ張っていく。たるとたちがいる所へ向かって、ひんやりとした海へ勢いよく入る。先程圭貴にやられたように。


「中に入っちゃえば、いつでも手は届くよ」


 笑ってバシャッと水をかける。


 自分はできないのだけど、とこっそり思う。彼が恐れている感覚が、分からないわけではないのだ。いつどこに行ってしまうか分からない恐怖だ。


「千翔ちゃん、やっと来た」


 梓馬くんが近づいてきて、彼も千翔くんに水をかける。


「スキありぃ」


「よっしゃー!」


 いつの間にか近くにいた双子も、突っ立ったままの千翔くんに思いきり水をとばす。


「⋯⋯たいっ⋯⋯」


 彼が、俯いたまま何かつぶやく。


「え?」


「冷たいっつってんだよ、何すんだ」


 やけになったように一気に4人に水をとばす。私たちはわざとらしく悲鳴をあげて逃げた。


 きっと大丈夫だ。恐れも悩みも紛らわせてくれる友人は、確実に手の届く場所にいる。


「これ、水着じゃないんだけど」


 文句をいいながらも、千翔くんの目に底知れない闇は見えず、少し笑っているように見えた。

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