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運命の鎖  作者: 桔梗
表裏の桔梗色
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影響の大きさ

 人は時々、内と外が合わないことがある。合うことの方が少ないのかもしれない。そのズレが大きいときは、どうすればいいのだろう。合わせることが必ずしも正解ではない。


 理解の追いついていなかった頭で、京介くんの言葉をゆっくりと噛み砕きながら、私はのろのろと宿に戻ってきた。


 正直、少し後悔していた。聞いたことを、ではない。このような答えを予想できなかったわけでもないのに、戸惑ってしまって何も言えなかったことをだ。向き合う覚悟が足りなかった、と思っていた。


「アリス?どこ行ってたの?」


 癖のある声にはっとして顔をあげると、朔が立っていた。お風呂上がりのようで、頬がほんのり赤い。妙に色気があるのが憎たらしい。


「散歩」


 私は、後ろ手で入り口の扉を閉めて、靴を脱ぐ。昨日の夕食のことを思い出して、いつも以上に素っ気なくしてしまう。朔はそれを感じ取ったのか、心配そうに顔を覗き込んでくる。


「どうかした?」


「何でもない」


「何でもないって顔じゃないよ」


 朔は手を伸ばしてくるが、私はその横をすり抜ける。


「家じゃないんだから」


「家ならいいの?」


 思わず振り返ってお調子者を睨みつけると、彼は肩をすくめて手を引っ込めた。


やなぎ、ここにいたのね」


 可愛らしい声に、慌てて朔と距離をとる。


舞桜まお


 朔と共に声がした方を向くと、思わず唾を飲み込む。一輪の花がそこに咲いたようだった。舞姫まいひめこと佐々ささしろ舞桜(まお)先輩が、昨日と同じ浴衣姿で立っていた。彼女をまともに見るのは昨日の夜以来だったので、まじまじと見つめてしまう。


 立って対面すると、それほど背は高くなかった。顔も体も骨格ごと小さいようだ。しかし、それが可愛らしさをさらにかもし出している。


 陶器のような肌も、腰のあたりまである真っ直ぐな黒髪も、人形のようだ。同じ人間とは思えなかった。大事に大事にしたくなるような美しさ。近づくことさえためらわれる。


「あら、お取り込み中だった?」


 佐々白先輩は口元に手をやって首を傾げ、目を細めて笑みを浮かべた。


「い、いいえ」


 初めて目が合って、どぎまぎしてしまう。


「あなたは⋯⋯柳のお友達?」


「有里朱音です。この人とは友達ではないですけど、たまに生徒会にお邪魔しています」


「ふふ、可愛い子。言われちゃってるわよ、柳。柳になびかないなんて、朱音さん、あなた見る目があるわ」


「舞桜、あまりこの子をからかわないであげて」


 保護者きどりで言われてむっとする。からかわれたのは朔の方だろう。しかしこの様子だと、彼女は私たちの関係を知らないようだ。苗字は違うし顔も似ていないと言われるので、言われなければ気づかないのだろう。


「それより、何か用があったんでしょう?」


「ええ、頼まれたことの確認をしに」


 朔がこちらをちらりと見た。私はここを去るべきなのだろう。しかし、朔にも直接聞きたいことがあることと、反抗心もあって、その場を動かなかった。


そんな私を見て朔が何か言おうとした時、私も口を開く。


「聞きたいことがあるんです」


「何かな?」


朔は笑って穏やかに答えたが、目は曇っていた。無言で早く立ち去れと言っている。


「生徒会の本当の目的は何ですか?書き込みの犯人を見つけるだけじゃないでしょう」


 朔はため息をつきたそうな顔でこちらを見ていた。余計なことに首をつっこむな、ということだろう。しかし、京介くんに関する疑問とともに、生徒会への疑問も拭い去れなかった。


 千翔くんの言う通りならば、書き込んだ人は分かっているはずだ。どうして朔は、噂が嘘だと証明せよではなく、犯人を探せと指示を出したのだろうか。


「鋭い子。教えてあげればいいのに」


 佐々白先輩が面白がるように朔を見た。


「アリスは知らなくていいことだよ」


「京介くんの友達でも?」


「それと生徒会の目的は関係ないよ」


「でも京介くんの噂は関わってますよね」


 朔が一瞬返事につまる。


「それでも、アリスが知る必要はない」


「子供扱いですね」


「子供扱いでは⋯⋯」


「子供扱いでしょ。綺麗なことだけ見ていればいいって、いつも私には肝心なことを教えない。だから距離が離れていくんだって、分からない?」


「君を綺麗なままにしておきたいと思うことの、何が悪い?」


はっと口をつぐんで朔を見つめる。最近見てなかった浅葱色が⋯⋯。


「僕は、アリスが傷つくことが一番怖い」


 普段はどんな時でも冷静さを残している朔が、余裕のない声をしていた。私はそのことに驚いて、言葉が返せなくなってしまう。


 京介くんの噂について、生徒会の目的について話していたはずなのに、私も朔も、何か別のことを見ていた。私は、朔に隠し事をされること自体が嫌だった。過去の引っ越し当時のことについても、朔は隠し事をしている。


 朔は自分が冷静でないことに気づいたように、目を伏せた。


「ごめん⋯⋯」


やなぎ


 佐々白先輩の声で、彼女の存在を忘れていたことに気づく。私は、朔との言い合いを見せてしまったと思い、恥ずかしくなる。


「隠し事は、ときに人との関係を壊すわ」


 彼女は、真っ直ぐに朔を見ていた。美人の真顔は少し怖い。朔は、はっとしたように彼女を見る。気まずそうにごめん、ともう一度言って目を逸らした。その謝罪は、彼女に向けられたもののような気がした。


「そうだね、今回はそこまで害のあることじゃないから、教えるよ」


 朔は気まずさを誤魔化すように、私に向かって笑みを浮かべる。


「あの書き込みの犯人はもう分かっているんだけどね、僕たちの目的は、あのサイトの信用を少しだけ落とすことだよ」


 少し余裕を取り戻して話し始める。やはり、犯人は分かっていたのだ。


「でもあんな書き込みサイト、誰も信用はしてないと思うけど⋯⋯」


「うん。まあそうなんだけどね。問題は、実際に生徒たちの間での影響力が大きいことなんだ。影響が大きければ大きいほど、悪用された時に大変だからね」


「今回のことみたいに?」


「そう」


「あれは、嘘なの?」


 朔は少しきょとんとしたように私を見る。


「それは、僕が答えられることじゃないよ」


 確かにそうだ。それは京介くんに聞くべきことだ。


「生徒会ってそういうこともやるの?」


「まあね」


 おそらく、朔は全てを話してはいないだろう。余裕そうな顔を見れば分かる。なぜ最初から本当の目的を言わずに、犯人を探せなどと言ったのかも分からないままだ。


 しかし、今日はこれ以上聞き出せないような気がした。そもそも自分は生徒会ではないので隠されて当然なのだと、今更ながら思って恥ずかしくなる。さっきから佐々白先輩も待たせてしまっている。


「柳にこんなふうに突っかかる子、初めて見たわ」


 目が合うと、彼女はそう言ってきた。私はすでに、彼女の前で朔に敬語を使うことを忘れていた。


「柳がこんなに大切そうにしている子も初めて見た」


 彼女はくすくすと笑う。それは兄妹だからですよ、と言おうとしたが、あまり兄妹だと知られたくないのは今も変わらない。


「からかわないで、舞桜。大切な後輩だよ」


 兄妹であることを朔が気にしたことはないのに、彼女には言わないつもりなのも気になる。


「私にとってはいけ好かない先輩です」


「ひどい⋯⋯」


「もう部屋に戻ります。佐々白先輩、邪魔してすいませんでした。おやすみなさい」


 不満そうな顔の朔は無視し、くすくすと笑っている佐々白先輩に頭を下げて、その場を離れた。

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