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運命の鎖  作者: 桔梗
表裏の桔梗色
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真偽と感情

 水族館を出る前に、手洗いに行くと言ってトイレへ向かった。中に入ると、鏡の前でため息をつく。結局たるととは一緒にまわれず、清浦くんを追いかけるはずが千翔ちかくんと普通に楽しんでしまった。正直、彼が水族館などで素直に楽しむのかと疑問に思っていたが、案外楽しそうにしていて、それを見るのが面白かった。


 興味だ。


 私は千翔くんに興味がある。彼が見つめるものに、興味がある。おそらく、それが私が彼に惹かれる理由だ。


「さっき真坂くんと会っちゃったんだけどさぁ、やっぱり笑ってたよ」


 知っている名前が聞こえてきて、はっとした。そして、その声も知っているものだった。


「私たちが噂してるの知ってるくせに、笑いかけてきたの」


「なにそれ。ちょっと不気味」


「顔がいいから何しても許されると思ってんじゃない」


「さいてー!」


 同じような悪口は、今日さんざん聞いている。それは、男女学年問わずだったが、やはりファンの多い1年女子が酷かった。女の子たちの声が近づいてくるにつれて、先程まで熱かった自分の頭が、妙にひんやりとしてくるのを感じた。


 振り向くと、ちょうどドアが開いて井上さんと目が合った。後ろには鈴木さんと高橋さんもいる。


「あ、朱音ちゃん!もしかして遼太くんとまわってた?」


 鈴木さんがにやにやしながら近づいてくる。私は苦笑いを浮かべて首を振った。


「途中ではぐれちゃった」


「そっか、残念。遼太くん朱音ちゃんとまわりたいってずっと言ってたから」


 拒絶反応。清浦くんに感じたものを、彼女たちにも感じ始めている。それは、知り合ったばかりで慣れないからとか、そういうものではない気がしていた。いや、初日に感じていた違和感は、それが原因なのかもしれない。しかし、今感じ始めている拒絶反応は、違う。


 彼女たちに向き合ってもっとよく知ってみたら、このもやもやが無くなるのか、分からなかった。


 しかし私は、よく分からないことや面倒なことには向き合わない、という自分のスタンスに気づいてしまっていた。そして、それに後ろめたさのようなものを感じている。


「井上さんたち、京介くんに何か恨みでもあるの?」


「え?」


 彼女たちの前では話を聞くばかりだった私が質問したことに、彼女たちは驚いたようだ。


「そういうわけじゃないけど、でも、私たち騙されてたんだよ」


「どうしてそう思うの?」


「どうしてって⋯⋯振られた女の子笑うような人だし。朱音ちゃんも、今朝の見たでしょ?」


「そう、だね」


 今朝の京介くんを思い出す。確かに、私も不気味だと思った。しかし、彼は心当たりがない、としか言っていなかった。


「朱音ちゃん、やっぱり真坂くんのこと好きなの?」


 こちらを見上げる井上さんが睨んでいるようで、やはり怖い。


「いいや、そうじゃないよ。京介くんのことはよく知ってるわけじゃないし⋯⋯」


 私は、あれ、と思う。


「そう、ならいいけど。あんまり真坂くんのことかばってると、真坂くんのファンを敵にまわしちゃうから気をつけたほうがいいよ」


 話しかけてきたときの笑顔が嘘のように、井上さんはツンとして言う。後ろの2人は、困ったように私たちを見ていた。


 私は彼女の言葉にもう一度、あれ、と思っていた。


「庇っては、ないよ⋯⋯」


 井上さんはえ?と怪訝そうに聞き返してくるが、私は思わず1人で考え込んでしまう。


 たるとは掲示板を見たとき、京介くんを信じたいと言った。さくも、書き込みの犯人を見つけろと言った。それらは、書き込みの内容が嘘であることを前提とした発言のはずだ。


 けれど私は、井上さんたちが真偽も分からず悪口を言っていることに気持ち悪さを感じていた。真偽は分からないのだ。もちろん、私も。京介くんのことをよく知っているわけではないから。


 庇う、ということもまた、彼の噂が嘘であることを前提にしている。


「庇ってないよ」


 私はもう一度、井上さんの目を真っ直ぐに見て言った。彼女は少したじろいだように、そう、と頷く。初めて、彼女ときちんと話している気がした。


 私は戸惑っているような彼女たちに別れを告げて、トイレを出る。頭の中にはまだ、疑問が渦巻いていた。


 日向ひなたくんには、庇いたいかと問われた。たるとが同じ質問をされたなら、迷いなく頷いているだろう。私も昨日、彼に頷いてみせたが、あれは咄嗟の反応だった。


 しかし、庇いたいかどうかは、真偽に関わらないとしたら。京介くんの悪口を聞いて嫌な気分になったのは、真偽が分からないからというだけではないのだろう。たとえ彼自身がそれに対してなんとも思っていなくても、私は嫌な気分になるのだ。


 庇わないけど、庇いたいんだ。



 トイレから戻ると、千翔くんが先程と同じ場所で、魚をぼーっと見ていた。近づくと、足音で気づいたように振り向いた。


「遅かったな」


「女の子にトイレが長いとか言っちゃダメだよ」


「あ、そう」


 面倒くさそうに返事をした彼の目が、何かを見つけたように私の背後で止まる。振り返ると、井上さんたちがトイレから出てきていた。


 千翔くんは京介くんとは一番仲が良さそうだが、噂については彼が何か動く様子はない。今朝言っていたように、京介くんは大丈夫だと思っているからなのか。


「千翔くんは、京介くんが悪く言われていたら、庇いたい?」


 千翔くんの視線がこちらへ戻る。質問の真意を見極めるように、じっと私を見る。


「京介が庇って欲しいなら」


 シンプルに答える彼に、そういう考えもあるか、と思う。そして、彼が現在の状況で庇う様子がないということは、京介くんは庇ってほしいとは思っていないのかもしれない。


「女は面倒だな」


「え?」


「人間関係において、内と外がはっきりしてる」


 拒絶反応のことを言われたようで、少し心に刺さる。井上さんたちとの関係について言っているのだろう。


「男は楽でいいぞ」


「内と外がはっきりしてないの?」


「内と外に関わらず、大抵の場合、言いたいことは面と向かって言う」


 はっとした。私は色々な人に対して、逃げずに向き合いたいと思い始めていた。彼の言うことは、それと同じことなのかもしれない。


 今向き合うべき人は、はっきりとしている。知りたいことは、はっきりとしている。知りたいならば自分で聞くべきだ。今朝の先輩たちの行動は正解だったのだ。しかし、彼女たちと同じようになってはいけない。


「そうだよね、ありがとう千翔くん」


 よく分からない、というような顔をしている彼を引っ張って、先程まで名残惜しいと思っていた水族館を早足で出た。

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