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運命の鎖  作者: 桔梗
表裏の桔梗色
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拒絶反応

 水族館は、駅から直接行ける通路があるほどすぐ近くにあった。ここら辺では有名なところで、夏休みの今日は特に多くの観光客で賑わっている。合宿に水族館かとは思ったが、遊びに来ていると考えれば妥当かとも思えた。


「有里さん!俺たちと一緒にまわろうよ」


 チケットを買うと、入口付近で清原くんが近寄ってきた。見ると、井上さん、鈴木さん、高橋さん、四季神日向くんともうひとり1年男子らしき人がいた。井上さんが手招きをしている。


「あ、じゃあたるとたちも⋯⋯」


 まわりを見たが、チケット売り場ではぐれてからたるとたちが見当たらない。


「大丈夫だよ、後で連絡しておけば。ね」


 今日は止めてくれる京介くんもいない。まわりに人が多くいることもあり、その流れにのって井上さんたちのところに来てしまった。そのまま水族館の中へと入っていく。


 皆同じ1年とはいえ今回の合宿で知り合った人しかいないので、どうしても気を張ってしまう。圭貴だったら、知らない人の中でももっとうまくやるのだろう。


 井上さんも陸上部ではないので初対面の人はいただろうが、自然と彼らの中にまじっていた。


 日向ひなたくんだけは、集団から少し離れて1人で楽しんでいるようだった。昨日のことなどなかったように、目も合わないが。


水族館は好きだが、色々な心配事も重なって私は楽しめそうにない。


「朱音ちゃん」


 お喋りをしながら水槽を見ている井上さんたちから少し離れたところにいると、名前を呼ばれた。エイの可愛い顔っぽいものと見つめあっていた私は、驚いて振り返る。清原くんが立っていた。


 昨日は苗字でさん付けで呼んでいたのに、無理矢理距離を縮められた気がする。理由は分からないが、彼には初めて会った時から拒絶反応のようなものを感じていた。


「こっちのクラゲ綺麗だよ」


 それでもクラゲにつられて、彼が手招く方へと近づく。床と天井を貫く円柱型の水槽に、クラゲがふわりふわりと漂っていた。


「きれい⋯⋯」


 透明な水槽と、透明な水と、透明なクラゲ。水が青いのか、クラゲが白いのか、ライトが青白いだけなのか。


 吸い込まれそうな色の無い生き物に、目を奪われていた。彼らからは感情を感じない。ただ、ふわりふわりと水中を舞っている。人間はこうはなれない。


「だよね。良かった」


 良かったとはなんだろう、と少し引っかかって横を見ると、彼と目があった。


「朱音ちゃん、あんまり水族館好きじゃないのかと思っちゃったんだけど、今やっと笑ったから」


 そんなにつまらなそうにしていただろうか、と思わず顔に手をやる。


「俺、今回の旅行に朱音ちゃんが参加してくれて、本当に嬉しいんだ」


「どうして?」


 本当に不思議に思って尋ねたのだが、彼は苦笑いした。


「あれ、俺結構分かりやすかったつもりなんだけどな」


 その時、水槽の光に照らされた彼の目の奥に、ちらりと薄紅色が見えた。咄嗟に目を逸らす。と同時に、自分の拒絶反応の理由も分かってしまった。


「俺、ずっと朱音ちゃんのこと気になってたから。こっちが一方的に知ってるだけだったけど、いつか話したいなって思ってたから」


 彼は笑顔でなんでもないことのように言う。しかし、まだあの薄紅色には慣れない。それに、はっきり感じてしまえば、こちらが恥ずかしくなってしまう。


「私と話しても特に楽しくないよ」


「そうかな」


 彼は目を逸らす私に気にした様子もなく、笑っている。やりづらい。こういう時はどうすればいいのだろう。いつもは、逃げてきた気がする。今回の合宿でも、楽にいられる人とばかりいて、井上さんたちとも積極的に仲良くなろうとはしなかった。面倒なことには、いつも向き合わない。


「里見とか水戸とは仲良さそうだよね。水戸はともかく、里見は接点なさそうだけど?」


「たるとが仲良いみたいだったから」


「ああ、なるほど」


 こっそりとまわりを見るが、たるとどころか井上さんたちの姿も見当たらない。


「じゃあ、これからは俺とも仲良くしよう?」


 清原くんに目を戻すと、屈託なく笑っていた。


 この人は、他人との距離の縮め方をよく知っているのだろう。私は歩み寄ることに積極的になれなかった。彼の気持ちを知ってしまったら、尚更。


 私はレズビアンではないが、加藤さんのときの方がよほど嬉しいと感じた。多分、触れられたときに嫌だと思った瞬間から、彼のことは受け付けなくなってしまっているのだろう。


 しかし、彼をよく知っているわけではない。向き合おうとすれば、彼への感じ方も変わるのだろうか。


 返事に迷っていると、突然肩に何かが触れた。


「わっ」


 びくりとして振り返ろうとすると、私の肩を掴んだ手に引き寄せられて、誰かの身体にぶつかった。思わず身を固くする。


「何見てんの」


 耳元で声がして、ぞくっとする。体を引き寄せたのが誰か分かった瞬間、不覚にも顔が熱くなる。ここが暗くて良かった、とこっそり思う。


「里見⋯⋯お前、空気読めってー」


 清原くんは驚きつつも不服そうな顔をしていた。


「ち、千翔くん、何してるの」


 助けられたのか、新たな危機なのか。肩を抱かれているこの状況は、なんなのだろう。


「あ?クラゲ見に来たんだよ。⋯⋯綺麗だな、アリスには負けるけど」


「「は?」」


 私と清原くんの声が重なる。熱くなった頭が一気に冷えていく。さっきとは違う鳥肌が立つ。千翔くんがでこんなことを言うはずがなかった。何か企んでいるのだろう。


 千翔くんの手から逃れようとするが、意外と強い腕にがっちりと掴まれて動けない。


「何してるって、こっちのセリフ。俺のアリスに何やってんの、清村きよむら


「「え?」」


 また声が重なる。清浦くんの顔が引きつっていた。私はさらに困惑する。


「な、何言って⋯⋯」


 反論しようとしたら、肩を掴む手にぐっと力が入り、後ろから無言の圧がかかる。


「え、仲良さそうだとは思ってたけど⋯⋯2人、そういう関係だったの?」


「さあ?」


 悪魔の笑顔が見えるようだった。


「なんだ、だったらそう言ってくれれば良かったのに」


 清浦くんは引きつった笑いを浮かべながら、逃げるようにどこかへ行ってしまった。


「⋯⋯ちょっと、いつまでそうしてる、の!」


 手を思い切り振り上げると、千翔くんはすばしっこく私から離れた。振り返ると、やはり、にやにやとした笑みを浮かべた顔がそこにあった。私はその顔を睨みつける。


「なんのつもり?」


「困ってるみたいだったから、助けてやったんだろ」


「もう少しましな方法はなかったの?」


「ああいう奴には、はっきりと否定しなきゃダメなんだよ」


 状況は分かっていたようだ。


「変な噂流されたらどうするの」


「考えてなかった」


「まったく、早く清浦くんに訂正しなきゃ」


「あーあいつ清浦じゃ⋯⋯まいっか」


 清浦くんの姿を探そうと歩き出すと、千翔くんもついてくる。


「おい、魚見ないのか」


「魚って⋯⋯食べるやつじゃないんだから」


「せっかくだからゆっくり行けばいい」


 千翔くんが水槽を指差して、わずかに笑う。


 嫌じゃない。


 前髪の間からのぞく顔につられているだけなのか。何がそう思わせるのか分からないが、嫌じゃない。先ほど、肩を掴んだのが誰か分かった瞬間に、触れられているのが嫌ではなくなったのだ。


 彼の瞳の奥に隠されているものを、もっと見たくなる。


 私は、昨日見た夜の海を思い出していた。


「イルカみたい」


 青い照明に照らされて鈍く光る瞳に誘われるように、ぽつりと言っていた。


「いや、あれはどう見てもサメだ」


「イルカを見たいって言ったの。サメとイルカ間違える人がどこにいるの」


 どうでもいいことを言い合いながら、ゆっくりと進みだす。不思議なことに、先程よりも自然に楽しめていた。


 しかし、意外にも真剣に水槽を見つめている綺麗な横顔を見ると、彼を好きになる女の子たちはこの顔に惹かれるのだろうか、他に何かあるのだろうか、などと考えてしまう。自分もこの顔のおかげで拒絶反応が出ていないのだとしたら、やるせない。


「あれ、アリスに似ている」


「どれ?」


 千翔くんの指さす方を見ると、オレンジと白の魚が可愛らしく泳いでいた。


「可愛い、けど⋯⋯クマノミに似ているってどんな?」


「まわりと混じらない」


「私が?」


 確かにクマノミは鮮やかな色ですぐに見分けがつくが、それが自分とどう似ているのか分からなかった。


「俺は赤の方が好きだ」


 答えになってない。男子は、質問の意図をきちんと読み取ってくれない生き物なのだろうか。


 私は少し不満に思いながらも、同じ水槽に綺麗な色を見つける。


「じゃあ、千翔くんはこれかな」


「どういうこと?」


 冷たく輝く深い青色が、彼のまとう雰囲気に似ていた。しかし、彼が理由を言わなかったのだから、こちらも言わなくていいだろう。笑って誤魔化す。


「そういえば千翔くん、たるとたちと一緒じゃなかったんだ」


「途中まで一緒だったけど、はぐれた」


 経路がだいたい決まっている水族館ではぐれることがあるだろうか、と思ったが、自分も井上さんたちとはぐれたので、人のことは言えなかった。


「千翔くんがぼーっとしてたからじゃないの」


「あいつらが置いていったんだ」


 疲れたような顔をした彼が少し可愛く見えて、つい笑ってしまう。


 いつの間にか出口の案内が見え始めていた。千翔くんと2人になってから、時間が経つのが早かった気がした。

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