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運命の鎖  作者: 桔梗
表裏の桔梗色
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他の目的

 穏やかな空気をなんとか保っている1年の女子部屋で朝を迎えた2日目、問題は別の場所で起きていた。豪華な朝食を広間で食べたあと、部屋へ戻る途中だった。


「ねぇ真坂まさかくん、どうしていつも笑ってるの?」


 廊下で女の子の声が聞こえてきた時、ぎょっとした。その内容に、思わず隠れてしまう。


「楽しいからですよ」


 京介くんは直球すぎる質問に真顔で答えていた。彼の前にいるのは、陸上部の2年生の女子2人だった。同じ学年の中であの噂が話題となるのは分かるが、2年生も興味を寄せているとは思わなかった。京介くんの人望ゆえか。


「真坂くんは優しいけどさ⋯⋯」


 2人の女子はこちらからでは顔が見えなかったが、何か言い出しにくそうにお互いをつついている。


 京介くんは一見不思議そうな顔をしているように見えるが、私は目が細められたことに気づいた。朔の機嫌が悪い時と同じ反応だった。


「朱音ちゃん?」


「わっ、しっ」


 後ろからやってきた井上さんの口を、思わず押える。


「な、なに?」


私は無言で京介くんを指さす。井上さんの身体がこわばった。2人で壁の角に身を隠して息を潜める。


「あの、あのね⋯⋯」


 彼女たちが何を言おうとしているのかは、なんとなく分かる。しかし、わざわざ荒波をたてる理由は、分かるようで分からない。


「裏サイトの噂って本当?振られた子見て笑ってたって」


「ああ、俺は心当たりないんですけどね」


「本当に?疑ってるわけじゃないんだけどね、皆が色々噂してるから⋯⋯」


 京介くんの答えに、私はほっとした。やはり噂はあてにならない。しかし、先輩たちは心配そうに念を押している。彼女たちも彼に好意を抱いているからこそ、噂を信じたくないと思っているのだろう。


「どうでしょう」


 京介くんの曖昧な答えに、彼女たちはまた不安そうに眉をよせる。


「笑ったりなんて、してないよね?」


 彼はただ笑っていた。だんだんと空気が凍りつく。私は井上さんの方を向くのが怖い。


「してないって言ってくれないと、信じられない」


「心当たりがないから、何とも言えないですね」


 いつものように相手を傷つけないような丁寧な言葉と、困ったような笑顔。優しい笑顔のはずなのに、私はまたぞっとした。


 京介くんは不安そうな女の子を見て何も思わないのだろうか。ラブレターをやぶる千翔くんと感覚が同じなのだろうか。


「そんな⋯⋯真坂くんがあんなことするはずないのに、嘘言われてていいの?」


「そう、ですね」


「もういいよ」


 京介くんの困ったような曖昧な返事に、彼女たちは怒ったように立ち去っていった。井上さんも無言で立ち上がる。声をかけようとしたが、その形相を見て何も言えなかった。


 私はもう一度京介くんを見て、また固まってしまった。彼は口元に手をあてて笑っていた。その目には最近よく感じる、恐ろしくなってしまうような紫色が浮かんでいた。


***


 小さな疑いは、すぐに大袈裟な悪口へと変わる。


 女の子たちは、今日の目的地である水族館へ行く間中、ほとんどその話をしていた。いつの間にか誰かが裏サイトに書いたようで、そこでも話が盛り上がっているようだった。


「なんだか感じ悪いね」


 電車で隣に立っていたたるとが少々機嫌悪そうにこっそりと言ってきた。たるとが機嫌悪いのは珍しいが、同感だった。裏切られたような彼女たちの気持ちも分からなくはないが、悪口は気分のいいものではない。


「京介くん、大丈夫かな?」


「それは、大丈夫だと思うよ」


 思わず即答してしまう。


「そうかな」


 彼は笑っていた。女子の疑いが膨れたのは、ほとんど彼自身が原因と言ってもいい。


 どうして今朝はっきりと否定しなかったのかが、私の中で引っかかっていた。元々人気のある彼が一言否定すれば、それだけでこの問題は収まっていたはずだ。


「京介にも何か考えがあるんだろ」


 いつの間にか、たるととは反対の隣に来ていた千翔ちかくんが、手すりに掴まって窓の外を見つめたまま言った。


「考え?」


「なんとなく、朔先輩もこの問題をスマートに解決する気ないんじゃないかと思う」


「さっくーが?どうして?」


「わざわざ陸上部の合宿に合わせて来る必要なんてないからだ。しかも京介本人を連れて」


「まあ、確かに⋯⋯」


 普通の人が京介くんの立場だったら、良い気はしないだろうということは容易に分かる。朔だって分からないわけではないだろう。それでもあえて連れてきている。


「知ってるか?今の生徒会の情報係は2人いる。対人と非対人だ」


 私とたるとは、千翔くんの唐突な話に首を傾げた。


「ネットの情報網を上手く使いこなす坂倉さかくらは、非対人の情報係。たぶんプログラミングとか、もしかしたらハッキングとかも得意なんじゃないか」


「ハ、ハッキング?」


 危険な言葉に思わずたるとと顔を見合わせる。


「ああ。だから、坂倉にかかれば裏サイトの投稿者を特定するのは簡単なはずだ」


 亜紗美にそんなことできるとは思わなかった。


「じゃあ、今生徒会がやっていることは何なの?」


「だから、何か他の目的があるんだろ。京だって⋯⋯」


 千翔くんは何か言いかけたが、口をつぐんでしまった。


「とにかく、俺たちが口を出す必要はない」


「そんな⋯⋯でも京介くんが心配だよ」


 たるとが言うと、千翔くんは口を歪ませた。


「あいつは全くダメージ受けてないと思うけどな。今朝だって、いつも以上に楽しそうだったし」


 私はまた今朝の京介くんを思い出した。彼にも何か考えがあるのは確かだろう。千翔くんはそれを具体的に知っているのだろうか。今、京介くんは"楽しそう"だと言った。


 思わず千翔くんの横顔をじっと見てしまう。彼が横目でこちらを見た。


「京は笑いたい時しか笑わない。そのあいつが笑っていたんだ。何も心配する必要なんてない」


 そうだろうか。しかしもしそうだとしたら、私はもっと京介くんが怖く感じるかもしれない。彼の"楽しい"が分からない。


「あ、着いたみたい」


 誰かが声を上げると同時に、ガタンと電車が揺れて停車した。

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