合宿の目的
「ところで柳、この方々は誰?また私がいないあいだにお友達を増やしたの?」
食べ始めてまもなく、佐々白先輩がいたずらっぽく言うのが聞こえて、顔をあげる。声も可愛い。思わずうっとりして見つめてしまう。足を横にずらして座る彼女の体は、しなやかな曲線を描いている。それに合わせて流れる長い黒髪も、艶やかで美しい。
しかし、この方々、と言ったのは自分たちのことだとすぐに気づく。彼女は、朔の声の聞こえる範囲に、陸上部側の一部が入っていたことに気づいたのだ。
「そうだね、紹介するよ」
「待て、何故お前が紹介する。お前だってめったに生徒会室来ないで、知らなかっただろう」
冷たい眼鏡だが、ジャージ姿の副会長は少し面白い。
「あら、真田にお友達がいたの」
「あ?」
「ちょーと待ったぁ。秀くんも最初反対してたじゃん!」
「もう、誰でもいいから紹介しますね」
京介くんがばっさりと先輩たちを切り捨てて、間に入る。
「左奥から、会長のせいでごたごたに巻き込まれちゃった陸上部1年の水戸梓馬くん。同じく陸上部1年なのにいつもサボって生徒会室に居座るようになった里見千翔。右手前から、千翔のせいでごたごたに巻き込まれちゃった陸上部じゃない1年有里朱音ちゃん。同じく千翔のせいの陸上部1年佐藤多留都ちゃん。で、最後が⋯⋯誰?」
「陸上部じゃない朝校でもない、桜庭高校1年、たるとの双子の兄、佐藤圭貴です!」
圭貴は持ち前のテンションで勢いよく言った。京介くんの紹介がなんだかおかしい気もしたが、圭貴の自己紹介でかき消された。
佐々白先輩はくすくすと笑っていた。
「ずいぶん可愛い子たちを仲間にしたのね」
「仲間っていうか⋯⋯」
朔が苦笑いする。
「ああそっか、遊び相手?」
「舞桜」
朔が咎めるように彼女の名を呼ぶ。佐々白先輩は肩を竦めていた。やはり、2人は親しそうに見える。しかし、彼女はゆったりとした独特な雰囲気がある。普通の人ならそれに巻き込まれてしまいそうだ。朔でさえ、もてあましているように見えた。
私は、友達、仲間、遊び相手、という言葉を聞いて、千翔くんの話を思い出していた。生徒会が私たちを利用している、という話だ。正確には、私とたるとと千翔を。もしかしたら、そういう意味で紹介されたのかもしれない、とぼんやり思う。
「まあいいけど、早く本題話してちょうだい。わざわざ陸上部と同じところに来たんだから」
やはりわざとだったようだ。
「まったく、舞桜は旅行を純粋に楽しむことが出来ないの?」
「さぁ。私は呼ばれたから来ただけだもの。柳は仕事がないと私を呼ばないでしょう」
「そうかな⋯⋯」
また苦笑い。彼女が苦手なのだろうか。朔はばつの悪そうな顔をしている。
「それじゃあ本題というか、今回の合宿について共通認識を持ってもらうために話すね」
しかし、すぐにいつも通りの顔になって、みんなを見回した。
私は、梓馬くんと圭貴には聞かれていいのか、と思ってこっそりそちらを見る。朔の声の聞こえる範囲の末端にいた彼らは、いつのまにか陸上部組の他の1年男子と話していた。先ほどの清原くんや、今朝見たピアノを弾く人だ。
朔が彼らには聞こえないように話し始めたのか、彼らがあちら側に入ったから”本題”を話し始めたのか⋯⋯。どちらにせよ、梓馬くんと圭貴には気づかれないまま、朔は話を続ける。
「まず、今回の合宿の目的は主にふたつ。ひとつは、生徒会新メンバーの顔合わせ。全員で揃うことはなかったからね。親睦を深めようっていうのも大きな目的ね」
他の人たちは、ご飯を食べる手を止めずに聞いている。
「もうひとつは⋯⋯まあ、見てもらった方が早いかな」
朔がそう言って、ポケットから携帯を取り出すと、みんなの視線がそちらへ向く。
「わざわざ陸上部の合宿のところに来たのはね、これの犯人を見つけて欲しいからなんだ」
携帯の画面がこちら側に向けられたが、私のところからはよく見えない。しかし、私は嫌な予感とともに、そこに表示されているものが何か、なんとなく分かった。
「これ⋯⋯」
回されてきた携帯の画面を見て、たるとが呟く。
その画面に映っているものは、今朝鈴木さんたちが見せてくれたものと同じだった。京介くんの悪口が書かれた掲示板だ。ちらりと京介くんを見るが、気づいているのかいないのか、笑顔のままだった。それを見た途端、なんだかぞくっとした。
「こんなの放っておけばいいのに」
千翔くんがぽつりと言う。私もどちらかといえば同感だ。
「陸上部の中に犯人がいるってことか?」
「さぁ。でもこの中にいる可能性は高いかもね」
朔は、真田先輩の問いに曖昧に返す。この人は何をどこまで知っているのだろう、と私は思う。ただの悪戯や誤解では終わらないものなのだろうか。
「でも具体的に何すればいいの?みんなを疑うのは嫌だよ」
「たるちゃんたちは生徒会じゃないからね。何もしなくていいよ。まあそうだな、その噂に賛成する人がいれば反論して欲しいかな」
「反論?」
「うん。私たちは京介くんを信じてるーみたいな」
私は、へらっと笑う朔に苛立ちを感じた。
そんな言われたからやる反論など、茶番でしかない。しかも、それはわざわざ事を荒立てるような茶番だ。それに、京介くん本人がいる場でその話を出すとは。
私の険しい顔に気づいたのか、朔が肩をすくめる。
「まあ、思ってないなら反論しなくてもいいけどね」
「はは、意地悪ですね」
またぞくっとした。
どうして、京介くんはそうやっていつもの顔で笑っていられるのだろう。紫色が怪しく見える。朔の言葉はあまりにも⋯⋯
「無神経」
思わず呟いていた。幸い小さな声で、左隣の亜紗美と正面の千翔くんしか反応しなかった。亜紗美は驚いたように瞬きをしてこちらを見ている。千翔くんは、私の言いたいことが分かったのだろう。
「あの人のやることに意味の無いことはない」
私の呟きと同じくらいの小ささで、独り言のように言う。私は手を止めて、ぱくぱくとご飯を食べ続ける彼を見る。朔の肩を持つような言葉だったが、彼に淡々と言われると、憤っている自分が馬鹿らしくなってくる。
「そうかな」
朔が、あとは個別にやることを話すね、とだけ言って話は終わりになったようだった。その後はたわいもないことをそれぞれで話している。
私は、何かもやもやとしたものを抱えながら、まわりの話に適当に相槌をうっていた。




