咄嗟の優しさ
夕食は、宿の広間で全員で食べる。
既に料理が並べられた広間へ入ると、生徒会のことを噂している声が聞こえてきた。朔のことも、話に出ていた。生徒会ということを隠しているのに、大丈夫なのか、と私は思う。
「有里さんも、柳先輩のこと気になる?」
聞き慣れない男子の声が背後からしたので、思わず身を引きながら振り返った。やはり知らない顔だった。朝に一応全員と挨拶はしたのだが、正直誰が誰か覚えていなかった。しかし、確か1年生だった気がする。
「あ、えっと⋯⋯清宮くん?」
「あはは、誰だよそれ。清村遼太です。まぁ、まずは顔と名前覚えてもらえればいっかなぁ」
「ごめん、清村くん」
やけに親しく話しかけてくる、と思ったが、一応謝る。
一緒に来たたると達はどこへ行ったのかと、広間を見渡す。たるとは、すでにちゃっかりと圭貴の隣に座っていた。圭貴が連れてきたようで、千翔くんと梓馬くんもそばにいる。他の1年女子は少し離れたところにいた。
「生徒会の合宿って聞いたけど、柳先輩って生徒会じゃないよね」
「さあ⋯⋯」
「もしかして、柳先輩のこと知らない?眠り姫って有名だよ」
知らないふりをして、へぇ、と言う。しかし、眠り姫とは、生徒会の人が勝手に言っているのかと思っていたので驚いた。
私は自然とたるとたちの方へ行こうとしたが、清浦くんに肩を掴まれた。
「有里さん、こっちで食べようよ。全然俺らと喋る機会ないじゃん」
「えっと⋯⋯」
触れられるのは苦手だ。こういう無遠慮な生暖かい手は、特に。
「ね!」
そのまま手を引っ張られる。
「ちょ、」
「朱音ちゃん」
優しそうな声が背後から聞こえて、一瞬私の肩を掴む力が緩んだ。その隙に、体を引く。
「こっちで俺たちと一緒に食べようって約束してたよね」
「うん」
優しい声の持ち主、京介くんの言葉に、咄嗟に頷く。どうしてここに、と思うと同時に、驚くほどほっとしていた。
「え?生徒会もこの部屋で食べんの?」
清浦くんが戸惑ったように言う。
「うん。同じ学校だからってお願いしたんだ」
「そっか⋯⋯。じゃあ有里さん、また夜にでも遊ぼうね!」
にこやかに手を振って遠ざかる彼を見て、そっと息をつく。
「意外だな。朱音ちゃん、押しに弱いんだ。気をつけなきゃだめだよ。ああやって狙ってくるやついっぱいいるから」
振り返ると、京介くんの笑顔がすぐそばにあった。こうやって一対一で話したことはなかったが、清原くんに抱いたような苦手意識は感じなかった。それは、京介くんの生来のやわらかさによる気がする。
「ありがとう、京介くん」
「ううん。困っているみたいだったから」
笑顔だ。つられてこちらも笑顔になってしまうような、優しい表情。私の頭にはどうしても、今日聞いた妙な噂がちらつく。咄嗟の嘘をついてまで助けてくれたのが、優しさ以外に何であるというのだろう。
「えーと、俺の顔に何か付いてる?」
いつの間にか、じっと見ていたようだ。
「あいや、京介くんはいつも優しいし、楽しそうだなって思って」
「楽しそう?」
「うん。さっき笑われたのはよく分からなかったけど、とにかくいつも笑顔でいいなって」
「へぇ。優しいとはいつも言われるけど、楽しそうっていうのは始めて言われたな」
ほら、と私は思う。また楽しそうに笑う。
特に、千翔くんといる時がそうなのだ。千翔くんに苦労させられそうだと思うこともあったが、京介くんはいつも楽しそうなのだ。
「そうだなぁ、俺は優しくないから、楽しくないと笑わないよ」
優しくなくはないだろうに。
彼は私の気持ちを察したように、目を逸らした。
「さ、会長たちも来たみたいだし、一緒に夕飯食べよう」
頷こうとして、広間に入ってきた朔に私も気づく。彼はすぐにこちらに気づいて嬉しそうに見てくるが、余計なことをする前に睨んでおく。どうせ、生徒会と同じ部屋で夕食を食べることになったのも、朔が手をまわしたのだろう。
しかし、牽制するまでもなく、圭貴が朔の名を呼んで手を振ったので、彼の気はこちらから逸れた。
京介くんは陸上部の固まりの端にいた千翔くんたちの方へ行く。私も後に続いた。
「あーちゃん!おいでおいで」
「アリス、朔兄まじで変わってないな」
苦笑して、はしゃいでいる双子たちの近くに行く。テンションは高いが、やはり見知った顔は安心する。
「おお!ほんとに同じところに泊まるんだ」
青鳥満先輩や亜紗美、真田先輩も来た。思えば、揃えたようにいつも生徒会に居座っている人たちが集まっている。
そして⋯⋯
「あの人ってもしかして、2年の舞姫って呼ばれてる⋯⋯」
「佐々白舞桜!」
「生徒会が揃ってるの初めて見た」
「それに加えて柳先輩もいるのやばい!めっちゃかっこいい」
「顔面偏差値⋯⋯」
陸上部側で、ざわざわとした声が飛び交っていた。私も、最後に入ってきた美少女に目が釘付けになっていた。
舞姫の噂は聞いたことがある。今どき珍しい古風な名家の美しいお嬢様で、日本舞踊部で踊っている姿は、それはもう天女のようだと。
しかし、それは大袈裟ではなかった。
大抵の人がジャージなどのラフな格好をしている中で、彼女は旅館に備え付けてあるような浴衣を着ていた。普通の人ならからかいの対象となっていただろうが、彼女はさまになっている。こんなに和服が似合う人は初めて見た。
それだけでなく、真っ直ぐな長い黒髪と白い肌、黒目がちな大きすぎない目と、薄く微笑む赤い唇は、まるで日本人形のようだ。
「舞桜。こっち」
いつの間にか私たちの近くに来ていた朔が、彼女を手招く。歩き方すら美しい。 彼女が生徒会のもう1人の女子のようだった。生徒会は顔選なのか、と少し疑う。
そして、朔が同い年の女の子を親しげに呼び捨てにするとは珍しい、と思った。
「今日は生徒会の旅行に僕も誘ってくれてありがとう、秀」
朔が少し大きめの声で言う。それを聞き取った陸上部員が他の人に話し、朔は生徒会に誘われただけだと、まるで伝言ゲームのようにどんどん伝わっていく。
「噂って面白いよね。本当かどうかも分からないのにすぐ広まる」
朔が少し声を落として笑いを含んだ言う。聞こえて欲しいと思う人にだけ聞こえるように話している。彼は、そういう器用なことをやってのける。
思わぬ人たちが来ていることにざわついているまま、陸上部の部長が前に出て、食事の号令をかけた。私たちも箸を取った。目の前には、庶民には勿体ないと思うほどの豪華な食事が、美味しそうに並んでいる。これを見ただけでも、合宿に来てよかったと思えた。




