表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
運命の鎖  作者: 桔梗
浅葱色の新月
28/63

ふたりの関係

「まあ、お酒と言われて納得してしまったのは、半分朔先輩の責任ですよ」


 京介くんがからかうように言った。確かに、いくら千翔ちかくんの絶対的な言い方でも、たるとや梓馬くんがお酒を飲んだと言われたら、信じなかっただろう。


「ええ、そうなの?」


「はい。無断で学校1週間も休んでたり、女癖悪いって噂されてたり、仕事してる様子なかったり。そんな先輩ならありえるかなって」


「女癖って⋯⋯。ていうか京介くん、最後の根に持ってるんだね⋯⋯ごめんね、今度から生徒会室に顔出すようにするよ」


「朔先輩って、生徒会の仕事手伝ってたりするの?だからこの前も生徒会室いたの?」


 横に座る梓馬くんが、こっそりと聞いてくる。私は、そうらしい、と曖昧に頷いておく。


「みんなも、心配させちゃってたみたいで、ごめんね。千翔ちゃんから大体の事情は聞いたよ」


 朔は梓馬くんに目を向ける。


「君が、水戸梓馬くん?」


「はい」


 一応2人は生徒会室で顔を合わせていたが、お互いをよく認識していなかったようだ。しかし、一番朔と面識が無いはずなのに、一番今回のことを気にしていたのは梓馬くんだ。


「ありがとう、水戸くん」


 梓馬くんは朔の言葉にはにかんでいた。


「ほんとに、なんか色々よく分からなかったんだよ。あーちゃんはなんにも教えてくれないし」


 たるとが、梓馬くん越しにこちらを睨んでくる。そんな顔もかわいいと思ってしまうが、ここにきて堂々と突っ込まれるとは思わなかった。


 昔は私と朔と佐藤兄妹で、よく遊んでいた。たるとは当然、私たちが兄妹だということを知っている。ずっと、朔によそよそしい態度を取る私に、理由を聞きたかったのだろう。他の人に聞かれることを恐れた私は、たるとに追究されまいと逃げていたが。


 ここで言われてしまったら、逃げられない。


「やっぱり、朱音ちゃんは何か朔先輩のこと知ってたの?で、それを知らないのは俺だけだったの?」


「アリス、僕も不満だったよ。どうして隠そうとするの」


 さらに京介くんと朔まで、それぞれ尋ねてくる。私は投げやりな気分になる。


「ああもう。朔は目立つからだよ。知り合いだと思われたくないの」


「呼び捨て!本当に、どういう関係?」


 昨日梓馬くんにその質問をされた時、はっきりと答えられなかった。今は、そんな昨日の自分の方が恥ずかしい。明確な答えすら見えなくなっていた自分が。


「兄妹だよ。これ、私の兄」


「「え!」」


 京介くんと梓馬くんが同時に叫ぶ。そして、満面の笑みでこちらを見てくる朔と、顔をしかめて朔から目を逸らす私とを見比べてくる。


「あれ、梓馬くんは知ってるんじゃなかったの?」


「逆に佐藤さんは知ってたの?聞いてないよ。もう、昨日変なこと言っちゃったじゃん」


 梓馬くんは何を思い出しているのか、顔が少し赤くなっている。


 京介くんは、まじか、と呟いている。


 しかし、1人驚いていない人がいた。昨日は全て知っているように言っていた千翔くんは、どういうわけか、本当に知っていたようだ。涼しい顔で味噌汁を啜っている。


「でも、苗字違うよね?」


「え?そうなの?」


 京介くんの指摘に、今度はたるとが驚く。彼女は、朔が違う苗字を名乗っていたことに、気づいていなかったようだ。


「だって、朔先輩はやなぎで、朱音ちゃんは有里ありさとだよね。あ⋯⋯」


 京介くんは聞いてはいけないことと思ったのか、言ってから咄嗟とっさに口を塞いでいる。


「僕のは父親の旧姓。離婚とかじゃないよ。勝手に使ってるだけで、学校の書類とかでは有里って書いてあるし」


「父親の旧姓⋯⋯」


 千翔くんが呟くが、何を考えているかは分からない。


 朔は、中学の時から父親の旧姓を使っていた。何故かは私も知らない。だが、彼が家族から距離を取り始めたのもその頃だったと思う。決して家族で仲が悪かったわけではない。だからこそ、朔の行動は不可解だった。


「どうして、その名前を使ってるんですか?」


 千翔くんの言葉に、私はどきりとする。ずっと私が聞けなかったことだった。やはり、彼はそうやって簡単に相手の奥底へ踏み込める人なのだ。


 千翔くんを見る朔の目が細められる。先ほども思った。千翔くんの前では、朔は私の知らない表情をする。


「強いていうなら、いましめ、かな」


 朔が違う苗字を使っていたのは、私たちが兄妹間の愛情をこじらせていたことと関係があると思っていた。しかし、朔の答えには、私の知らない何かがあるような気がした。そして、それを千翔くんは知っているようだ。


 もしかしたら、2人には何らかの繋がりがあるのかもしれない、と思いつく。そうだとしたら、千翔くんが私たちのことをよく知っていたことも、納得がいく。


 千翔くんは少し強張った顔で、何も言わない。


「まあ結局、自分の気持ちに振り回されて人に迷惑かけてるけど」


「朔先輩はそのままでいいと思いますよ」


 千翔くんはいつものように無表情だが、いつもよりは真剣な顔に見えた。


「今日の先輩は、昨日までよりずっと自然に見えます。あなたの行動が全て無意味な事とは思えない。きっとあなたは、アリスの代わりを求めて離れてったんだ。アリスに探して欲しくていなくなるんだろう」


 千翔くんは静かに、推理する時と同じように、落ち着いた声で淡々と言った。やはり彼が口を開けば、少なくとも私は彼の言葉に聞き入ってしまう。


 私は思わず目を伏せる。瞼の裏がちりちりと熱い。心地の良い声に心が揺らされているのか、朔の行動に意味を見出してしまったのか。どちらにせよ、心臓のあたりがざわめいている。しかし、ここ最近の苦しいようなざわめきとは違った。


「さっくーは、昔からあーちゃんのこと大好きだもんね」


 たるとの言葉に朔がふっと笑う気配がする。私は目を開ける。


「君たちの言う通りかもね。僕は昨日まで、僕自身の自然なあり方を忘れていたよ。自分では分からないものなんだ」


「外からの方が分かることもあります。何ものにも染まらない真っ白なあなたは、そう簡単には変わらないみたいですね」


 千翔くんはそう言って、初めて口元に笑みを浮かべた。


 私はそれに見惚みとれる。いつものように、形のいい唇を閉じたまま歯を見せない美しい微笑。しかし、昨日のように珍しく目が柔らかい、温かい笑み。


「君も変わらないね、白うさぎくん」


 からかうような朔の言葉に、千翔くんは一瞬驚いた顔をした。


「覚えてたんですか」


「もちろん」


 朔はにっこりと笑う。千翔くんはわずかに、本当に誰も気づかないくらい僅かに、嬉しそうな顔をした。


 私は、2人は知り合いだったのだと確信していた。だから千翔くんは私のことも知っていた。詳しく聞くなら今だと思った。今を逃したら、2人とも真剣に話してくれないのではないか。


 しかし、はっきりとは聞けないような空気があった。異なる美しさを持った千翔くんと朔が見つめ合う。その間には、誰も入り込めないような気がした。


「でも千翔ちゃん、僕だって何もかも変わらないわけじゃないんだよ。今はもう、黙って見てることしか出来なかったあの時とは違う」


「どういうことですか」


「ほんと、どういうこと?」


 妙にぴりぴりした会話の中に、場違いな声が割り込む。入り込めないと思っていた空気をいとも簡単に破ってみせたのは、たるとだった。


「もう、わけ分からないのは懲りごりだよ」


「ごめん、みんなに関係ないこと話しちゃってたね」


 たるとの声に引っ張られるように、朔にいつものふんわりとした雰囲気が戻る。千翔くんもだるそうな表情に戻っていた。


 私は彼らの空気に惑わされないたるとを見て、妙にほっとしていた。関係ない、と追究を拒まれたように感じるが、ひるまずに聞かなければならない。

 

 しかし時間には限りがある。食堂に、授業の5分前を知らせるチャイムが響いた。周りを見れば、いつのまにか人はちらほらとしか見えなくなっていた。


 私たちは慌てて食器を片付ける。


「後輩たちに囲まれて話すことってあんまりないから、楽しかったよ」


 朔は爽やかに笑ってそう言い、2年生の教室の方へ去っていった。京介くんや千翔くんが懐くのも分かる気がした。


「千翔くん」


 私は教室へ入る直前に、こっそりと千翔くんに声をかける。


「あとで聞きたいことがあるの」


 彼はそう言われることも分かっていたように、頷く。


「部活終わったら、桜の木があるところに来い」


 学校に桜の木があるところはいくつかあるが、私は彼がどこを指しているのか、すぐに分かった。



 昼食後の授業が始まる直前、隣の席に座った梓馬くんが話しかけてきた。彼も、最後にもう1つ聞きたいことがあるのだと。


「朔先輩を生徒会室で見た日が新月だって言った時、どうして笑ったの?」


 一瞬何を言われているのか分からなかったが、すぐに思い当たった。自分では気づかなかったが、無意識に笑っていたようだ。


「別に、たいしたことじゃないよ。朔は新月が嫌いだって話を思い出しただけ」


「どうして嫌いなの?」


「"さく"」


 さすが、梓馬くんはすぐにぴんときたようだ。


「そっか、"朔”って新月のことだね。でも嫌いなんだ」


「うん、らしい。私は好きなんだけどね」


朔が私を好きなのと同じように。今はそう思う自分を肯定できる。朔も、今は新月が好きになっていればいい、と私は思う。


澄み切った瞳でこちらを見る梓馬くんは、神様のように微笑んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ