サロメの口づけ
ツンデレというのは、やはり千翔くんのような人を指すらしい。彼は、昨日の私のお願いをきいてくれた。
その日、私はいつもより晴れやかな気持ちで学校へ向かった。喉に刺さった魚の小骨が、やっと取れたような気分だった。そんな私に、梓馬くんが千翔くんからのメールを見せてきた。昼休みに食堂へ来いという内容だった。
梓馬くんと、気になるというたるとと共に食堂へ向かうと、千翔くんと京介くんが待っていた。人酔いしそうな食堂の中昼食を買ってくると、5人で1つのテーブルを囲む。
「それで、今日はどうしたっていうの?師匠が呼び出すなんて、今日は雪が降るんじゃない?」
「うるさいな、シュガー。俺にも気まぐれというものがあるんだよ」
「千翔の気まぐれは、滅多に見られないよ。雪降るよ、今日は」
「黙れ、京介。このまま何もせず帰ってもいいんだからな」
「まあまあ。そう言うってことは、やってくれるんだね、謎解き」
みんなに煽られて千翔くんの気が変わる前に、私が慌ててなだめる。彼は、箸で昼食の魚をつついてため息をつく。返事はしないが、否定もしない。
「え、でも朔先輩⋯⋯」
梓馬くんは私を見て、途中で言葉をとめる。昨日言っていたように、本人に聞けると言いたいのだろう。
「私が千翔くんに、謎解きしてほしいってお願いしたの」
「へぇ」
意外そうに呟いたのは京介くんだった。興味深いものを見るように私を見て、それから千翔くんを見る。千翔くんは見るなというように、箸を持つ手を振った。
「でも朔先輩、昨日は学校来てたって満先輩が言ってたけどね」
「え!さっくー無事だったんだ」
「うん。本当か分からないけど、風邪だって言ってたらしい。ところで⋯⋯」
京介くんが、彼の前に座る私と梓馬くんとたるとを見回す。
「どうして水戸くんとたるとちゃんは、朔先輩の話するとき、朱音ちゃんの方を見るの?」
私は思わず頭を抱えた。2人がちらちらとこちらを見ることには、気づいていた。やめてほしかったが、この場で堂々とやめてほしいとも言えなかったのだ。
「いや、別に特に意味はなくて⋯⋯」
「そう、たまたまだよ!」
梓馬くんとたるとは口々に言い訳を言う。が、京介くんは納得していないようだった。その様子を見て、千翔くんがくっと笑った。
「知らないのはお前だけだ、京」
「ええ、何を?やだなぁ、みんな何隠してるの?」
「さて、そろそろ本題に入ろう」
困ったように他の人を見回す京介くんを無視して、千翔くんは話を切り出す。他の3人は、京介くんから目を逸らすばかりだった。私は、千翔くんも梓馬くんもたるとも、朔と私についてそれぞれ違う断片しか知らないと思っているが。
「月に見えた光の話の続きからだ」
強引に話し始める千翔くんに、京介くんはため息をついて首を竦める。私も少し身構える。
「白い光は廊下から来たとしたら、懐中電灯とかスマホの光が考えられる。けど、このあいだ言った通り、それは明るすぎて月と思うには無理がある。だとしたらその先の窓の外から入ってくる光が考えられるけど、それも草が生い茂って、光が入ってくる様子はなかった。ただし、草はかき分けることができる」
千翔くんは水が流れるように、なめらかに言葉を発する。だから私は聴き入ってしまう。それは他の人も同じのようだ。
「そして、かき分けた先には光があった。月のようなやつ」
「月のような⋯⋯」
「そう。俺は実際照らされた光だけ見て間違えたことがある。お前はないかもしれないけどな、梓馬」
私たちも見間違えうるもの。皆、あまりぴんときていないようだ。
「あんたらは夜に月を楽しむことを知らないのか」
千翔くんは呆れたように言う。
「えっ、逆に千翔にそんな趣を解する心があったなんて」
「あ?」
「それで、それって何?」
梓馬くんが千翔くんと京介くんの間に割って入り、続きを促す。
「街灯だ。道の脇によくあるやつ」
「ああ!」
言われて納得する。確かにあの光は上から均等に照らすので、色が白っぽければ月と見間違えてもおかしくない。
「あの家の前、道を挟んだ向こう側にあったよ。ちょうど窓の前の草をかき分けたら見える位置にな。しかも新しそうな街灯だった。最近のはLEDの明るい白いライトだからな。明るい光も距離が遠くなれば丁度良くなる。梓馬が見間違えたのはあれだろうな」
「てことはやっぱり人がいたってこと?」
「そう。でも、何もないのにわざわざ草をかき分ける人はいないよな。あるとしたらなんだと思う?」
千翔くんが珍しく私たちに振ってきた。考えないわけにはいかない。
「千翔くんみたいに何か気になるものがあったとか?」
「その気になるものが何かって聞いてるんだよ」
態度は相変わらず悪い。
「あ、例えば、向こうの家の子供がボール遊びとかしてて、こっちに入っちゃったとか、よくあるよね」
「そうだな。あんなに近くて窓が開いてたらそういうトラブルはある。でもあの家に住んでいるのは爺さん婆さんだったけど?」
「孫が遊びに来てたとか」
「夜の暗い時間に?」
京介くんは即座に言い返されて悔しがっているが、何も言えなくなってしまった。
「動くものならあの家に他にあった。先輩の髪より明るい茶色で、しかもボールよりよっぽど動きが読めない」
「犬!」
たるとが叫ぶ。千翔くんがにやりとして頷く。私もはっとした。千翔くんが窓から向こうを覗いた時、犬の泣き声が聞こえた。
「それじゃあ、犬が学校に入り込んじゃったってこと?草をかき分けてたのは、犬を探してた向こうの家の人?」
「そうだろうな。犬がたまたま戸締りを忘れていた窓から学校に迷い込み、その時散歩していた朔先輩が犬探しを手伝ったってとこか。朔先輩が帰ってきた時に着ていた年季の入った上着っていうのは、その家の爺さんのだろ。服が汚れたのを見て貸してくれたんじゃないか」
確かに、あの上着は年配の男性のものと言われれば納得する。
「何?年季の入った上着って」
「先輩の恋人、当時の恋人の証言だ。説明はめんどい」
「恋人⋯⋯」
京介くんは驚いたように目を見開く。そして、はっとしたように私を見た。私は慌てて首を横に振る。
「ということは、ポニーテールの生首に見えたものって⋯⋯」
私たちの様子に気づかずに、梓馬くんが言う。
「犬だろうな。ちなみに、向こうの家覗いた時、身軽そうな茶色いポメラニアンが見えた。尻尾がふさふさのポニーテールみたいなやつ」
朔は猫より犬派だ。学校に迷い込んだポメラニアンを抱き上げて微笑む様子が、目に浮かぶ。サロメのような光景は、確かに朔に似合うかもしれないが、現実的ではない。生首なんてホラーより、犬の方がよほど納得できる。
「じゃあ、液体は何?」
「それはたぶん酒だ」
「お酒!?」
「ふつうのジュースじゃなくて?」
「ああ。赤い液体のうえに香水が振りまかれていただろう。ジュースだと香水の説明がつかないんだ。零れてしまったことは染みで隠しようがないし、ジュースの匂いは1日くらいで消えるから、匂い消しとして振りまく必要もない。だから、もっと隠したいものだ」
隠したいもの。お酒、アルコールの匂いか、と思いつく。
「それに、先輩がそのあと会った恋人は、先輩は顔が赤かったと言ったそうだ。年上とよく交流があったみたいだし、お酒の味を知っていても別に不思議じゃない。ま、どちらにせよ血ではないな。先輩も犬も怪我した痕跡はなかったし、それこそ香水を振りまく必要はない」
千翔くんはなんでもないことのように一気に言って、驚く私たちを涼しい顔で見返した。
朔がお酒を飲むということは、少なからずショックだった。
「違いますか、朔先輩」
千翔くんの口から唐突に出た名前に驚いて、彼を見る。彼は私を真っ直ぐに見ていた。いや⋯⋯。
「うん、さすが千翔ちゃん」
千翔くんよりも柔らかい声にどきりとして、ぱっと後ろを振り返る。後ろの席に背中合わせに座っていた1人が、こちらを振り返っていた。
「さっくー!」
朔は驚く私たちに、やあ、と手を上げる。そして、立ち上がってこちらのテーブルに移動してきた。
「先に訂正しておくけど、千翔ちゃんひとつ間違えてるよ」
千翔くんはぴくりと眉を動かして、隣に座った朔を見る。
「僕はまだお酒の味を知らない」
「なんだ。よかったぁ、さっくーが不良になってなくて」
私も、たるとと同じくらいほっとしていた。未成年で女癖が悪いことに加えて飲酒もしているとなったら、兄妹と知られたくないどころか、知り合いだとも思われたくない。
「亜季ちゃんち戻ったときに顔赤かったのも、ただ単に上着が暑かっただけだよ」
「まあ朔先輩が飲酒してたら大問題ですね」
京介くんが苦笑いして呟く。本当は、”生徒会長の”と入れたかったのだろう。
「じゃあやっぱりジュース?」
朔はたるとの言葉に頷く。
「うん、ノンアルコールのね。裏のおじいさんの家に捨てさせてもらったから、聞けば証拠があるよ」
「ゴミか⋯⋯」
千翔くんが少し悔しそうに呟く。前回は、謎解きの前に当事者の加藤さんに答えを確認していた。今回もそうしなかったことを悔やんでいるのかもしれない。
「なぜ、香水を?」
朔はその質問に、少し言い淀む。千翔くんを見て薄く笑みを浮かべる。浮かんだのが私の知らない色な気がして、まじまじと見てしまう。
「血に見えて⋯⋯消したかったんだ」
千翔くんの顔が歪む。それもまた、私の知らない表情。しかし、彼らは何か同じものを見ている。そして、隠し事が上手いことも2人の共通点だった。すぐに千翔くんは無表情に戻り、朔はあっけらかんと笑う。
「少し驚いてね、消せないことは分かってたけど、ポケットに入ってた香水を思わず」
「そうですか。すいません、先輩」
千翔くんが珍しく、きまり悪そうに謝った。私は、彼が間違えたことに驚いていた。全てが見えているかのような彼も、完璧ではなかったのだ。




