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運命の鎖  作者: 桔梗
浅葱色の新月
27/63

サロメの口づけ

 ツンデレというのは、やはり千翔ちかくんのような人を指すらしい。彼は、昨日の私のお願いをきいてくれた。


 その日、私はいつもより晴れやかな気持ちで学校へ向かった。喉に刺さった魚の小骨が、やっと取れたような気分だった。そんな私に、梓馬くんが千翔くんからのメールを見せてきた。昼休みに食堂へ来いという内容だった。


 梓馬くんと、気になるというたるとと共に食堂へ向かうと、千翔くんと京介くんが待っていた。人酔いしそうな食堂の中昼食を買ってくると、5人で1つのテーブルを囲む。


「それで、今日はどうしたっていうの?師匠が呼び出すなんて、今日は雪が降るんじゃない?」


「うるさいな、シュガー。俺にも気まぐれというものがあるんだよ」


「千翔の気まぐれは、滅多に見られないよ。雪降るよ、今日は」


「黙れ、京介。このまま何もせず帰ってもいいんだからな」


「まあまあ。そう言うってことは、やってくれるんだね、謎解き」


 みんなにあおられて千翔くんの気が変わる前に、私が慌ててなだめる。彼は、箸で昼食の魚をつついてため息をつく。返事はしないが、否定もしない。


「え、でも朔先輩⋯⋯」


 梓馬くんは私を見て、途中で言葉をとめる。昨日言っていたように、本人に聞けると言いたいのだろう。


「私が千翔くんに、謎解きしてほしいってお願いしたの」


「へぇ」


 意外そうに呟いたのは京介くんだった。興味深いものを見るように私を見て、それから千翔くんを見る。千翔くんは見るなというように、箸を持つ手を振った。


「でも朔先輩、昨日は学校来てたって満先輩が言ってたけどね」


「え!さっくー無事だったんだ」


「うん。本当か分からないけど、風邪だって言ってたらしい。ところで⋯⋯」


 京介くんが、彼の前に座る私と梓馬くんとたるとを見回す。


「どうして水戸くんとたるとちゃんは、朔先輩の話するとき、朱音ちゃんの方を見るの?」


 私は思わず頭を抱えた。2人がちらちらとこちらを見ることには、気づいていた。やめてほしかったが、この場で堂々とやめてほしいとも言えなかったのだ。


「いや、別に特に意味はなくて⋯⋯」


「そう、たまたまだよ!」


 梓馬くんとたるとは口々に言い訳を言う。が、京介くんは納得していないようだった。その様子を見て、千翔くんがくっと笑った。


「知らないのはお前だけだ、京」


「ええ、何を?やだなぁ、みんな何隠してるの?」


「さて、そろそろ本題に入ろう」


 困ったように他の人を見回す京介くんを無視して、千翔くんは話を切り出す。他の3人は、京介くんから目を逸らすばかりだった。私は、千翔くんも梓馬くんもたるとも、朔と私についてそれぞれ違う断片しか知らないと思っているが。


「月に見えた光の話の続きからだ」


 強引に話し始める千翔くんに、京介くんはため息をついて首をすくめる。私も少し身構える。


「白い光は廊下から来たとしたら、懐中電灯とかスマホの光が考えられる。けど、このあいだ言った通り、それは明るすぎて月と思うには無理がある。だとしたらその先の窓の外から入ってくる光が考えられるけど、それも草が生い茂って、光が入ってくる様子はなかった。ただし、草はかき分けることができる」


 千翔くんは水が流れるように、なめらかに言葉を発する。だから私は聴き入ってしまう。それは他の人も同じのようだ。


「そして、かき分けた先には光があった。月のようなやつ」


「月のような⋯⋯」


「そう。俺は実際照らされた光だけ見て間違えたことがある。お前はないかもしれないけどな、梓馬」


 私たちも見間違えうるもの。皆、あまりぴんときていないようだ。


「あんたらは夜に月を楽しむことを知らないのか」


 千翔くんは呆れたように言う。


「えっ、逆に千翔にそんなおもむきを解する心があったなんて」


「あ?」


「それで、それって何?」


 梓馬くんが千翔くんと京介くんの間に割って入り、続きを促す。


「街灯だ。道の脇によくあるやつ」


「ああ!」


 言われて納得する。確かにあの光は上から均等に照らすので、色が白っぽければ月と見間違えてもおかしくない。


「あの家の前、道を挟んだ向こう側にあったよ。ちょうど窓の前の草をかき分けたら見える位置にな。しかも新しそうな街灯だった。最近のはLEDの明るい白いライトだからな。明るい光も距離が遠くなれば丁度良くなる。梓馬が見間違えたのはあれだろうな」


「てことはやっぱり人がいたってこと?」


「そう。でも、何もないのにわざわざ草をかき分ける人はいないよな。あるとしたらなんだと思う?」


 千翔くんが珍しく私たちに振ってきた。考えないわけにはいかない。


「千翔くんみたいに何か気になるものがあったとか?」


「その気になるものが何かって聞いてるんだよ」


態度は相変わらず悪い。


「あ、例えば、向こうの家の子供がボール遊びとかしてて、こっちに入っちゃったとか、よくあるよね」


「そうだな。あんなに近くて窓が開いてたらそういうトラブルはある。でもあの家に住んでいるのは爺さん婆さんだったけど?」


「孫が遊びに来てたとか」


「夜の暗い時間に?」


 京介くんは即座に言い返されて悔しがっているが、何も言えなくなってしまった。


「動くものならあの家に他にあった。先輩の髪より明るい茶色で、しかもボールよりよっぽど動きが読めない」


「犬!」


 たるとが叫ぶ。千翔くんがにやりとして頷く。私もはっとした。千翔くんが窓から向こうを覗いた時、犬の泣き声が聞こえた。


「それじゃあ、犬が学校に入り込んじゃったってこと?草をかき分けてたのは、犬を探してた向こうの家の人?」


「そうだろうな。犬がたまたま戸締りを忘れていた窓から学校に迷い込み、その時散歩していた朔先輩が犬探しを手伝ったってとこか。朔先輩が帰ってきた時に着ていた年季の入った上着っていうのは、その家の爺さんのだろ。服が汚れたのを見て貸してくれたんじゃないか」


 確かに、あの上着は年配の男性のものと言われれば納得する。


「何?年季の入った上着って」


「先輩の恋人、当時の恋人の証言だ。説明はめんどい」


「恋人⋯⋯」


 京介くんは驚いたように目を見開く。そして、はっとしたように私を見た。私は慌てて首を横に振る。


「ということは、ポニーテールの生首に見えたものって⋯⋯」


 私たちの様子に気づかずに、梓馬くんが言う。


「犬だろうな。ちなみに、向こうの家覗いた時、身軽そうな茶色いポメラニアンが見えた。尻尾がふさふさのポニーテールみたいなやつ」


 朔は猫より犬派だ。学校に迷い込んだポメラニアンを抱き上げて微笑む様子が、目に浮かぶ。サロメのような光景は、確かに朔に似合うかもしれないが、現実的ではない。生首なんてホラーより、犬の方がよほど納得できる。


「じゃあ、液体は何?」


「それはたぶん酒だ」


「お酒!?」


「ふつうのジュースじゃなくて?」


「ああ。赤い液体のうえに香水が振りまかれていただろう。ジュースだと香水の説明がつかないんだ。こぼれてしまったことは染みで隠しようがないし、ジュースの匂いは1日くらいで消えるから、匂い消しとして振りまく必要もない。だから、もっと隠したいものだ」


 隠したいもの。お酒、アルコールの匂いか、と思いつく。


「それに、先輩がそのあと会った恋人は、先輩は顔が赤かったと言ったそうだ。年上とよく交流があったみたいだし、お酒の味を知っていても別に不思議じゃない。ま、どちらにせよ血ではないな。先輩も犬も怪我した痕跡はなかったし、それこそ香水を振りまく必要はない」


 千翔くんはなんでもないことのように一気に言って、驚く私たちを涼しい顔で見返した。


 朔がお酒を飲むということは、少なからずショックだった。


「違いますか、朔先輩」


 千翔くんの口から唐突に出た名前に驚いて、彼を見る。彼は私を真っ直ぐに見ていた。いや⋯⋯。


「うん、さすが千翔ちゃん」


 千翔くんよりも柔らかい声にどきりとして、ぱっと後ろを振り返る。後ろの席に背中合わせに座っていた1人が、こちらを振り返っていた。


「さっくー!」


 朔は驚く私たちに、やあ、と手を上げる。そして、立ち上がってこちらのテーブルに移動してきた。


「先に訂正しておくけど、千翔ちゃんひとつ間違えてるよ」


 千翔くんはぴくりと眉を動かして、隣に座った朔を見る。


「僕はまだお酒の味を知らない」


「なんだ。よかったぁ、さっくーが不良になってなくて」


 私も、たるとと同じくらいほっとしていた。未成年で女癖が悪いことに加えて飲酒もしているとなったら、兄妹と知られたくないどころか、知り合いだとも思われたくない。


「亜季ちゃんち戻ったときに顔赤かったのも、ただ単に上着が暑かっただけだよ」


「まあ朔先輩が飲酒してたら大問題ですね」


 京介くんが苦笑いして呟く。本当は、”生徒会長の”と入れたかったのだろう。


「じゃあやっぱりジュース?」


朔はたるとの言葉に頷く。


「うん、ノンアルコールのね。裏のおじいさんの家に捨てさせてもらったから、聞けば証拠があるよ」


「ゴミか⋯⋯」


千翔くんが少し悔しそうに呟く。前回は、謎解きの前に当事者の加藤さんに答えを確認していた。今回もそうしなかったことを悔やんでいるのかもしれない。


「なぜ、香水を?」


 朔はその質問に、少し言い淀む。千翔くんを見て薄く笑みを浮かべる。浮かんだのが私の知らない色な気がして、まじまじと見てしまう。


「血に見えて⋯⋯消したかったんだ」


 千翔くんの顔が歪む。それもまた、私の知らない表情。しかし、彼らは何か同じものを見ている。そして、隠し事が上手いことも2人の共通点だった。すぐに千翔くんは無表情に戻り、朔はあっけらかんと笑う。


「少し驚いてね、消せないことは分かってたけど、ポケットに入ってた香水を思わず」


「そうですか。すいません、先輩」


千翔くんが珍しく、きまり悪そうに謝った。私は、彼が間違えたことに驚いていた。全てが見えているかのような彼も、完璧ではなかったのだ。

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