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運命の鎖  作者: 桔梗
浅葱色の新月
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惹かれる気持ち

 千翔くんは最初に自分で言ったように、何もかもを知っているようだった。しかし、彼には何も話した覚えはない。朔が話すとも思えない。思えば、加藤優樹さんの件でも意味深な発言をしていた。やはり彼はよく分からない。


 梓馬くんも同じことを疑問に思ったようだった。


「さっきから思ってたんだけど、2人は以前からの知り合い?」


「ううん。高校で初めて会った、はず⋯⋯」


 千翔くんはまだそっぽを向いていて、答える気はなさそうだ。


「そっか。まぁ、千翔も不器用だからきつい言い方しか出来ないけど、たぶん有里さんのこと心配してるんだと思うよ」


「心配?」


「うん。理由は分からないけど、有里さんに入れ込んでいるんだなってのは見てて感じる。千翔がこんなに人のことに興味持つのも、口出すのも珍しいもん」


 思わず千翔くんを見る。彼は否定するように眉を寄せて、口をへの字型にしていた。


「人が黙って聞いてれば、何勝手なこと言ってんだ梓馬」


 梓馬くんは笑って、さらにからかうような言葉を口にしている。2人が仲良いのが不思議だった。どうして梓馬くんはこんな良い人なのに、千翔くんなんかと一緒にいるのだろう、と。


 しかし、千翔くんがただの興味本位で口を出してきたわけではないことは、私も感じていた。何を知っているのかは分からないが、核心をついてくる。的確に。図星なのだ。だから反発したくなる。


 彼の言葉と、悲しい浅葱色の瞳が頭をよぎる。


 彼は、以前の私と朔の関係は違かったと言った。そんな当たり前のことは分かっている。しかし、いつからだろう。あの綺麗な瞳が悲しみで満たされてしまったのは。いつからだろう。その奥の色を知ってるはずなのに、見ないふりをし始めたは。


「大丈夫?有里さん」


 梓馬くんに顔を覗かれて、自分が心臓のあたりを押さえていることに気づいた。握りしめていた手を開くと、シャツの胸元がシワになっている。


 朔のことを考えていると、時々心臓が締め付けられるような感覚になるのだ。亜季さんと話をしてからは特に。


「千翔くん、朔のことどう思うかって聞いたよね。梓馬くんも前に。さっき話した亜季さんにも、同じこと聞かれた」


 千翔くんと梓馬くんがこちらを見るのが分かる。


「正直分からないんだ、自分の気持ちが。朔の気持ちも。千翔くんの言う通り、前は仲良くて、一緒にいるのが嬉しくて⋯⋯でも、今は一緒にいるのがなんでか辛い。一緒に居たいのに一緒に居たくない」


 言葉にしながら、探っていく。精一杯、感情的になったつもりだった。それでもまだ、後少し足りない。


 不意に梓馬くんが笑った。


「それってさ、朔先輩のことが好きなんじゃないかな」


「好き!?」


 素っ頓狂な声が出てしまう。視界の端で、千翔くんが吹き出すのが見えた。しかし、私は意味を深く考えないようにと、必死だった。考えてしまったら、気持ち悪いものが込み上げてきてしまう。


 私は首を傾げ、努めて軽く笑ってみせる。


「どうして?」


「何が理由か分からないけど、朔先輩と一緒にいるのが嬉しいって気持ちを抑え込んじゃっているように見えるよ」


「抑え込んでる⋯⋯」


 そうだ、矛盾が生じるのだ。私たちは兄弟が一番大事。それは未だに変わらない。少なくとも私は。


 だから、抑え込む必要がある。


「もし俺の言う事が当たっているのなら、有里さんはもっと素直になっていいと思う」


 私は梓馬くんの顔をまじまじと見てしまう。安心した。彼にはまだ見えていないものがある。私の一番大切なものが何なのかを、彼は知らない。


 頬杖をついて口の端を上げている千翔くんは、分かっているのかもしれないが。


「間違ってたらごめん」


 黙っていると、梓馬くんは自信なさそうに眉を下げる。私は取り戻した余裕で笑顔を浮かべ、首を横に振る。


「ありがとう、梓馬くん。自分がどうしたいのかを、再確認できたよ」


 神様に守られたような梓馬くんの真っ直ぐな言葉は、私の心をさらに歪めるのだ。


 素直になってはいけない。抑え込まなければならない。ただし、今やるべきことはある。


   ***


 結局、私たちは3人揃って部活をサボってしまった。気づいた時にはもう、最終下校時間に近づいていたからだ。


 私は、部活の人から連絡が来ているかもしれないと、携帯を開く。そこには、心配するような部活の仲間のメールが入っていたが、もう1つの通知に気づく。


『今日帰るよ』


 5文字の本文で、すぐに誰か分かった。私は携帯を胸に抱えて、長いため息をつく。自分がここまでほっとするとは思わなかった。以前、連絡は入れてと言ったのを、彼は律儀に守ったらしい。


 私は慌てて、校門へ向かっている千翔くんと梓馬くんを呼び止め、携帯の画面を見せる。


「無事だったんだね、朔先輩。よかった」


 自分のことのように喜んでくれる梓馬くんに対し、千翔くんは無表情でふぅん、と言っただけだった。


「それじゃあ、もう、何があったか全部本人に聞けるね」


 確かにそうだ。今日2人に、意を決して自分たちの事情を話したというのに。呆気ないものだ。騒いでいたことが馬鹿らしくなる。


「まあでも、やっぱり有里さんの家が帰る場所なんだね」


 1人だけ家が反対方向の梓馬くんは、最後にそう言って、校門で別れを告げた。


「あいつは純粋ゆえに、何も分かってないのに鋭いんだな」


 梓馬くんの背中を隣で見送る千翔くんが、呟いた。見上げると、薄く笑みを浮かべた顔がこちらを見ている。


「千翔くんは、ひねくれてるから全部見えちゃうんだ」


 私は笑い返し、くるりと自分たちが向かう方向を向く。教室というのは、人がいてもいなくても息苦しいものらしい。外にいる今は、いくらか息がしやすく、私にも余裕がある。


 梓馬くんの言葉をどう受け取ろうとも、何かが変わるわけではない。何かを動かしたいのなら、自分から動かなければならない。私が今やるべきことは、そういうことだ。


 後ろから足音がついてくる。音の間隔で、嫌でも足の長さの違いが分かってしまう。私は歩みを速めた。


「アリス」


「なに?」


「美しいものに理由はないんだ」


 名前を呼ばれても落とさなかったスピードを緩める。どこかで聞いたセリフ。それに思い当たったとき、思わず振り返って足を止める。真夏だというのに、目の奥に桜がちらついた。


「だから、それに惹かれることにも、理由はない」


 逆光で千翔くんの顔はよく見えないが、その目には私は写っていないのだろう。


 彼も美しい人だ。朔と同じ、人を惹きつける。


 しかし、同じ美しいと言っても、種類が全く異なる。本当は手の届かないところにいて、うっかり触れたら壊れてしまいそうなはかなさがある朔。対して、冷たい海の底に落とされてしまいそうな、あるいは深い瞳に吸い込まれてしまいそうな千翔くん。


 これに理由がないと言われれば、そうなのかもしれない⋯⋯


 ふと、泣きたい気分になる。


 おそらく、言われていることの意味は、梓馬くんに言われたことと同じなのだろう。しかし、彼は全てを知っている上で言っている気がする。私が惹かれていることを抑え込みたいのだと、分かっていて言っているような気がするのだ。


「千翔くん」


「ん」


「明日、謎解きしてよ」


「なんで?あの人帰ってくるんだろ。直接聞けよ」


「ううん。千翔くんが考えたこと最初に言って。それで、答え合わせしてもらうの」


 千翔くんは肩を竦めて歩き出す。興味なさそうな無表情。それでも明日になったら、彼は耳に心地いいその声で、すらすらと謎を謎でなくしてみせるのだろう。


 真っ直ぐに前を見つめる目が、少し楽しそうに細められているから。そのくらいの変化は見えるようになってきていた。

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