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運命の鎖  作者: 桔梗
浅葱色の新月
24/63

見透かす瞳

 亜季さんと会った2日後の月曜日、私は、彼女や家に残された荷物のことを、千翔ちかくんに話すべきかを考えていた。彼に情報を与えれば、梓馬くんが見たものの謎を解いてくれると思ったからだ。


 それに、今日1日ずっと、梓馬くんが物言いたげにこちらを見ていた。たるとは、女性絡みかもしれないと分かって追究できなくなっているようだったが。


 梓馬くんはまだ気になっているのだろう。そして、私が何か知っていると勘づいている。


 とうとう、話したいことがあると呼び止められたのは、放課後だった。部活に行こうとしていた私は振り返る。部活は、先生の話が長かったと言えば、多少の遅れは許される。梓馬くんもそれを分かって呼び止めたのだろう。


 肩にかけた鞄を下ろして、私は話をするように促す。


「朔先輩のことなんだけど、有里さん何か知っているんじゃないかと思って」


「何も知らないよ」


 千翔くんにも梓馬くんにも話さない。それが、今日考えて私が出した結論だ。


 話すということは、自分たちの関係を彼らに教えるということだ。そこまでして謎を解きたいとは思わない。朔の女癖のことを知られた後では、なおさら関係あると思われたくない。


 私は鞄に再び手を伸ばしかける。


「本当に?」


 思わず手を止めてしまった。梓馬くんを見る。純粋な目がそこにあった。純粋で、神様に向けるのに相応しい、澄み切った瞳。


「どういうこと?」


「有里さんは、朔先輩のことをよく知ってるように見えたから」


「どうして?」


 表情が硬くならないようにと努めながら、首を傾げる。


 梓馬くんはうーん、と返事につまって頭に手をやる。迷うように斜め上を見ていたが、ふとその目が何かを捉えたように一点を見つめた。思わず横目でその視線を追ってしまう。だが、その先には、無愛想な教室の天井しか見えない。


「先々週の土曜日、朔先輩いつの間にかいなくなっちゃったよね」


 彼の言葉に、視線を戻す。


「そうだね」


「有里さんは朔先輩がいつ出ていったか気づいた?」


「気づいたよ。梓馬くんも気づいたの?」


「うん。出た瞬間は見てないけど⋯⋯朔先輩、有里さんに話し掛けていったよね?」


 梓馬くんの純粋さは時々怖い。必要と判断した嘘をつくのは得意な方だが、彼の前では何も隠せないような気がした。


 小さくため息をつく。


「梓馬くんはよく見てるね。でも、今どうしてるかは本当に知らないよ」


「でも、その他は知ってる?」


「どうして、梓馬くんはそんなに朔のことが気になるの?」


 朔、と呼んだ時、彼は僅かに目を見開いた。


「なんでかな、好奇心?」


 困ったように笑う彼は、嘘をついているようには見えなかった。しかし好奇心などとは、千翔くんならありえそうだが、梓馬くんはそんなもので動くような人には見えない。


 だが、むしろそんな彼がわざわざ聞いてきているのなら、私も適当には返せない。


「なんかさ、自分で思っている以上に、あの時の光景を強烈に覚えてるんだ」


「あの時って、夜に学校来た時?」


「うん。怖いとか、そういうのではなくて。非現実的で、不思議な感じ。惹かれてるって、いうのかな」


 彼は少し恥ずかしそうに笑った。その顔を見て、同じなのだ、と思う。彼も亜季さんも、私も。みんな、朔に魅了されてしまう。


「その話、俺にも聞かせろ」


 声に驚いて振り返ると、ほとんど人がいなくなった3組の教室のドアに、千翔くんが寄りかかっていた。あの不敵な笑みを浮かべて。


「千翔くん。どこから聞いていたの?」


 嫌な予感しかしないが。


「何も知らないよってとこ」


 やはり最初からだ。


 千翔くんはこちらへ近づいてくる。


「大丈夫。俺は知ってたから」


「何を?」


「ん?ああでも、朔先輩の女癖は知らなかったけど」


 いつの間にか強く握っていた手に汗が滲む。いつもは見とれてしまう千翔くんの自信たっぷりな笑顔が、今日はなんだか近寄って欲しくなかった。


「なあアリス、やっぱりあの人のことになるとあんたは平常じゃいられないんだな」


 伸ばされた手を、思わずぱしりと叩く。何を知っていて、これから何を言われるのかが怖かった。触れてほしくない心の奥底に、彼は容易たやすく踏み込んでいける人なのだ。


 梓馬くんよりもっと深くまで見透かされて、吸い込まれてしまいそうな黒い瞳がそこにある。


「そんな怖い顔するなよ、アリス」


「なんでアリスって呼ぶの?」


「有里さん?」


 心臓の鼓動がいつもより速かった。千翔くんの言う通り、今の自分は平常ではないのだと自覚する。


「アリス」


「その名前で呼ばないで」


 ほとんど喧嘩腰だった。こちらの態度を気にしていないように笑みを浮かべている彼を睨む。


朱音あかね


 彼の言葉に、頭がさっと冷えていく。


(あれ⋯⋯?)


「こう呼べばいいか?」


 知らない人の名前のように聞こえた。なんだか拍子抜けして、真顔になった彼を見る。千翔くんには呼ばれ慣れていないからなのか、と考える。


「アリス、俺はあんたがお兄さんと仲良かった頃を覚えてる」


「え⋯⋯」


 幻覚が見えるようだ。千翔くんが笑っている。いつもの面白がる笑みではなく、少し眉を下げた暖かい笑顔で。けれど、それは瞬きすると同時に元の無表情に戻った。しかし、そこに冷たい色はない。


 今、兄と言った。それは、私の一番大切なもの。朔に惹かれ、離れようとした代償に、見失っていたもの。


「比べる必要はないんじゃないか」


 何と何を。


 千翔くんは、兄のことを知っている?


「知ってることを教えろ。俺が朔先輩を見つけてやる」


 呆然としてる私に、千翔くんはまた手を伸ばす。今度は拒まなかった。肩に垂れたポニーテールの髪を壊れもののようにすくって、すぐに離す。


 私が落ち着いたのを見て、梓馬くんが椅子に座るよう促してくれる。3人で1つの机を囲むように座る。


 私はもう何も隠す気にはならなかった。その気力も残っていなかった。


「有里さんと朔先輩って、どういう関係⋯⋯?」


 しかし、梓馬にいざそう聞かれると、困ってしまう。


 関係。私たちを繋ぐものはなんだろう。


「さあ⋯⋯」


 私の曖昧な返事に、梓馬くんは深く追究しようとはしなかった。しかし、梓馬くんも千翔くんも、私が口を開くのを待っている。


 だから、私は少しずつ話し始める。残っている荷物など不思議に思ったこと、亜季さんのこと、彼女から聞いた話、今分かっていることは全て話した。千翔くんと梓馬くんは黙って真剣に聞いていた。私が最初から朔を知っていたこと、朔が私の家に来ることがあることなどには、2人とも触れなかった。


 朔が散歩に行っていたのは8時頃だそうだと言うと、梓馬くんも、自分が学校行ったのは8時頃だったと言った。


「なるほどね。もうほとんど分かってるじゃないか」


 全て聞き終えたあと、千翔くんは特に面白そうでもなく、半ば投げやりに言う。


「ほんと?」


「さすが千翔」


「まあ、後は気持ちの問題だな。アリス、朔先輩のことどう思ってる?」


 答えに詰まる。これは何度目の質問だろう。誰もが意味のない質問ばかりする。


「どうって、別に⋯⋯」


「ふーん。じゃあ先輩の方はどうだろう?」


 なぜそんなことを聞くのだろうか。考えたくないのに。


 私は浅葱色の瞳を思い出す。奥に隠れる明るい色を隠すように、いつも朔の目は悲しみで溢れているのだ。


「そんなの、朔に聞けばいいじゃない」


 思わず尖った声で言ってしまう。千翔くんが分からない。なぜ全て知っているとでもいうように話すのか。興味本位だとしても、梓馬くんのそれとは全然違う。


「そうだな。そうする」


「千翔⋯⋯!」


 梓馬くんが咎めるように千翔くんを睨む。


「梓馬、お前は黙ってろ。アリスとあの人がこんな状態でいいわけないんだ」


 さっきまで冷静に話していた千翔くんが、言葉に感情を含ませていた。私はそれに驚く。


「そんなこと⋯⋯」


「俺には関係ないって?ああそうだな。でも、あんたらの微妙な距離見てると、うざったいんだよ。前はもっと真っ直ぐにお互いを見ていたはずだ」


 彼は吐き捨てるようにそう言うと、そっぽを向いてしまった。

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