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運命の鎖  作者: 桔梗
浅葱色の新月
21/63

寝不足の理由

 前日に約束した通り、私と梓馬くんとたるとは昼休みに生徒会室へ来ていた。


 生徒会室はA棟の東側、B棟側の一番端にある。どの教室も窓は南側にあり、北側に廊下がある構造だ。


 私たちはその暗ったい廊下から生徒会室に入った。来るか怪しかった千翔くんは、既に部屋の中にいた。京介くんが襟首をがっちりと掴んでいたが。


「で、確認したいことって?」


 たるとが大きい窓を全開にしながら言う。平日の昼は基本的に人がいないので、エアコンもついていないのだ。窓が開いた瞬間、生暖かい空気が体を通り抜ける。


「まずは梓馬、状況をもう1回出来る限り思い出せるか?」


 千翔くんは京介くんの手を振り払って梓馬くんに言った。面倒くさがっているようで、案外やる気はあるようだ。


「うん。えっと、俺がいたのが、校門から歩いてきて横見たから⋯⋯ここらへん」


 梓馬くんは、入口から見て窓の右側の方に移動する。中にいると窓枠はお腹らへんの高さだが、外の人は肩から上くらいしか見えないくらいの高低差がある。


「で、朔先輩はちょうど真坂くんがいるあたりだったかな」


 京介くんは彼の定位置、染みのある場所にいた。梓馬くんとはちょうど部屋の対角にいるかたちになる。ドアも京介くん側にあるので、やはり廊下の方から照らされていたようだ。


「机の内側で、俺に背を向けていたかも」


 京介くんがコの字型に並ぶ机の内側へ回る。


「朔先輩はどんな様子だった?」


「えっと、机の方向いて何かを顔の前で持っていて、目をつむってそれに顔を近づけて笑ってた」


 京介くんが梓馬くんの言う通りにやって見せる。私とたるとは教室の端っこで、3人の様子を見ていた。


「手に持っていたものは、人間のさらさらな短い髪の毛のように見えて、でも後ろで縛ってるように見えるところだけ長くて、ポニーテールみたいだったな。人間の首ってことはないんだろうけど⋯⋯それが朔先輩の髪と同じようになびいていたから、人の髪の毛に見えてたのかもしれない」


 梓馬くんはひとつひとつ記憶を辿って言葉にしていく。


「もっと、先輩の格好とか些細なことでも、お前が感じたことは全部思い出せ」


「えーと、服は白い半袖シャツだったと思う。柄が少しだけ入ってたかも。あとは、手に何か液体がたれてて⋯⋯そうだ、朔先輩の髪って結構色素が薄い方だと思うけど、ポニーテールの方はもっと薄いように見えたな。それから、月明かりに見えた光はどちらかというと白っぽかったかも」


「なるほど」


 梓馬くんが一気に言い終えると、千翔くんは何かを考えるように黙り込んだ。私たちとは違う速さで、その頭は回転しているのだろう。


「あっ」


「どうしたのあーちゃん」


 ぼんやりと千翔くんを見ていたら思い出したことがあった。家に残されていた朔の所有物⋯⋯


「その、模様がついた白シャツって、本当に模様だったのかな?」


「どうして?」


「もしかしたら、液体がついたのかも」


 模様ではなくて汚れだったのは、ほぼ確実だろう。家に証拠があるのだから。


「なんでそう思う?」


 千翔くんに怪訝な顔で言われて、慌てる。


「何となく?」


「ふーん」


 私が知っていることを全て教えたら、彼はすぐに結論まで辿り着くのだろうか。


「まあ、手まで汚れてたのなら、服についてもおかしくはないな」


 そう言ってから、千翔くんは廊下に出る。部屋の向かいの窓を開ける。


 廊下の窓の外、A棟の北側には、学校専用の駐車場がある。しかし、東西南北に合わせたような長方形の学校の敷地に対して、A棟は斜めになっている。そのため、駐車場は三角形のような形であり、A棟の東端の窓のすぐ外には住宅街が広がっていた。窓から家と学校を隔てる柵まで、1メートルくらいしかない。しかし、柵の向こう側には草が高く茂っていて、その先の様子はほとんど見えなかった。


 私たちが見守る中で、千翔くんが草の茂みに手を伸ばそうとする。さすがに届かない。彼は生徒会室に戻り、何かを取ってくる。手に持っているのは、掃除に使うほうきだった。


「ちょ、そっち知らない人の家だよね。怒られない?」


 たるとの心配を無視して、千翔くんは窓の外にほうきの柄を伸ばした。草をかき分けると、家が僅かに見えた。古い家だ。茂みから家まではまた少し距離があるようだ。犬の甲高い鳴き声が聞こえた。


 彼が黙ってほうきを引っ込めて振り返る。その顔には、いつか見たような面白がる笑みが浮かんでいた。


「もしかしてもう解決?」


「いや」


 京介くんの言葉に首を振る。


「まあ何があったかは大体。だけどそれは元々本題じゃない」


「どういうこと?」


 千翔くんは肩を竦める。


「俺たちは朔先輩を探しているんだろ?そっちは今のところお手上げだ。そもそも梓馬が見たものと朔先輩の行方不明は、関係ないような気もするけど」


「そうかも⋯⋯」


 もし梓馬くんが見たときもう1人いたのなら、そのもう1人には心当たりがある。先日会った亜季さんだ。しかし、彼女は今朔の居場所を知らない。それならば、行方不明なのはまた別の事情の可能性が高い。


「アリス、何か知っているのか?」


 はっとして顔を上げる。みんなの視線が集まっていた。


「いや、いや、なにも」


 慌てて言うが、たるとが疑うような目で見てくる。千翔くんもじっと見てきて、居心地が悪い。


「お前たち、何している?」


 みんなの視線が私から外れる。助かった、と思いながら、その冷たい声の主を振り返る。


「真田先輩」


「朔先輩が心配で、色々考えていたんです」


 京介くんは生徒会で副会長には慣れているのか、気さくな様子で言う。真田先輩は渋い顔をしてため息をついて、生徒会室に入った。何か用があったのか、いつも彼が座っているところの机の引き出しを開ける。


「何やってるんだかな、あいつは」


「真田先輩は心当たりありますか?」


「さあな、あいつは俺たちとは違う」


 どういうことかと、聞きたくても聞けない。誰もがはっきりとは言わない。なにもかも。もちろん、私も。だから、聞けないのだ。


「どういうことですか」


 臆することなく尋ねた千翔くんに、彼は違うんだ、とはっきりと思う。


 真田先輩は私たちを一瞥する。そしてふっと笑う。


「女遊びが過ぎたのかもな」


 意地悪な声だった。冗談の通じなそうな彼が、冗談を言うように。たるとがに受けていない様子で、なんですかそれ、と笑って言う。


 しかし、私は笑えなかった。真田先輩は知っているのだ。朔が身近すぎて忘れかけていたが、彼のしていることは本来褒められることではない。他人に知られそうになって、初めてそれを自覚する。


 私は自分の表情が不自然にならないようにと、気をつけていた。


「女遊びって⋯⋯」


 困惑したように呟いたのは、疑うことを知らない梓馬くんだ。真田先輩がまた顔を上げる。真顔だった。値踏みしているような目だ。私は唐突に、生徒会が私たちを利用している、という話を思い出した。


 真田先輩は、最初に言った言葉をもう一度繰り返す。


「あいつは俺たちとは違う。容姿のことじゃない。頭が人より回るから、考えすぎて空回って、突拍子のないことをする。ようはバカなんだ。遊びたくて遊んでるんじゃない」


 けなしているのかかばっているのか分からなかった。言いたいことも、分かるようで分からない。私は朔が女性にだらしない理由を知らないからだ。真田先輩は、そこまで知っているのだろうか。


「でも、遊んでるんですか?」


 恐る恐る聞くたるとを見て、真田先輩が笑った。彼も意外と意地悪なようだ。


「朔が昼間でもどこでも寝る理由、寝不足の理由はそういうことだろ」


「じゃあ、今もその⋯⋯恋人のところに?」


 たるとが少し恥ずかしそうに言う。


「その可能性が高いだろうな。そこまで心配することじゃない。そのうち戻って来るだろう」


 真田先輩は、もう話は終わりというように手を振った。私たちは彼に別れを告げて、生徒会室を出る。


「やっぱり朔先輩はモテるんだなあ」


「大人だなぁ」


 梓馬くんとたるとが顔を赤くして言う。


「だらしないだけでしょ」


 言うつもりはなかったのに、声に出ていた。朔の寝不足の理由は知っていた。


「まあアリスは純情だからな」


 真田先輩以上に意地悪く言う千翔くんに、むっとする。


「千翔くんは女心も分からないでしょ」


「あはは、朱音ちゃん言うねぇ。もっと言ってあげて」


 京介くんが笑い出す。やはりこの人は千翔くんに振り回されっぱなしのようで、以外と違うようだ。確かに、千翔くんのむっとした顔は以外で、面白かった。


「そうだよ、千翔だって純情でしょ。あんなに告白されるのに、付き合ったことないんだから」


「あそっか、師匠、私分かりました。師匠が女の子にぶっきらぼうなのは、恥ずかしいからなんですね!」


 梓馬くんとたるとの追い打ちに笑いが抑えられない。


「はあ?女には興味ないんだよ」


 顔を歪めた千翔くんは、歩みを早める。


「まあまあ、千翔くん、先輩に女の子の扱い方を教わったら?」


 追いかけて隣から覗き込んで言ってみる。彼は半眼でこちらを見たが、はっと鼻で笑った。


「そうだな、そしたらアリスに嫌という程実践してやろう」


 にやりと笑ってぐっと顔を近づけてくる。私は反射的に遠ざかった。思わず顔が熱くなっている。


「いやだよ」


 千翔くんは、あははと悪魔の笑いをあげながら歩き去っていく。彼はからかい甲斐があることは分かったが、倍で返ってくることも分かった。

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