梓馬・不思議な人
生徒会室に集まっていたのは妙な面々だった。
まず第一に、生徒会は5人中1人。その1人、真坂京介と仲の良いらしい千翔が、最近ここに居座っているとは聞いていた。千翔を訪ねたたるとも、ここが居心地よくなってしまったらしい。そして、有里朱音も、たるとと一緒に引き込まれたのだろうと予想がつく。
しかし、そのように線では繋がるが、この4人が一緒にいるのは一見見慣れなかった。
そして、一番気になるのはやはり⋯⋯
「梓馬、聞いてるか?やっぱり合宿といったらバーベキューだろ?」
「あ、ああ、うん」
「ダメだよ梓馬くん、適当に返事しちゃ。やっぱりカレーでしょ?」
午前中の部活が終わり午後も自主練をしていた梓馬は、千翔を練習に誘いに来たはずなのだ。それがいつの間にか、来月の合宿の話になり、食べ物の話になっている。
「どっちも食べるって手はないの?」
「「ない」」
同時に即答されて、苦笑いするしかない。2人はまた口論を始めた。たまに京介が楽しそうに口を挟んでいる。
梓馬はちらりと生徒会室を見回す。やはり、もうあの人の姿はない。
彼はつい先程、一瞬目を離した隙に居なくなっていた。最後に見たのは、ゴミを回収してから朱音に何か耳打ちしている姿だった。梓馬と朱音以外、誰も気づいていなかった。
不思議な人だ。
そもそも、接点のなさそうな1年生に囲まれてこの場にいたことも疑問だ。
「梓馬、合宿といったらやっぱり山だよな」
「いやいや、海だよね」
いつの間にか食べ物の話は終わったらしい。
「どっちも好きだよ」
本当のことを答えただけなのだが、千翔とたるとは同時に口を歪めた。梓馬が肩を竦めると、また2人でよく分からない口論を始める。梓馬は、自分はここで何しているのだろう、と思い、ため息をつく。
斜め前を見ると、朱音が窓の外を見つめていた。先程からずっと、1人でぼーっとしている。
梓馬の他にあの人の行動に気づいていたのは、耳打ちされた彼女だ。あの人のことは、この学校の先輩ということしか知らない。名前さえも。だから、朱音との関係も知らない。
梓馬は、どちらかというと仲良さそうにマシンガントークをしている千翔とたるとを確認して、こっそりと立ち上がった。
「有里さん」
朱音がぱっとこちらを見る。意外そうな顔だ。彼女は、普段の教室でもこういう反応をすることが多い。席が隣なのだから、もっと慣れてくれてもいいものを。普段の彼女の認識のなかに自分がいないことが、嫌でも分かってしまう。
梓馬はコの字型の縦線、朱音の斜め隣に座った。
「有里さんも、よくここに来てるの?」
「よく、でもないんだけど、最近なにかと縁があってね」
朱音は、さっきまでの憂いを帯びた表情を隠し、にこりと笑った。
「そっか。⋯⋯さっきまでいた先輩もよくいるの?」
少し迷った挙句、直接彼の話に触れることにした。先ほどまでここにいた人を話題に出すことは、別に不自然ではないだろう。
朱音の笑顔が僅かに崩れる。
「いや、私もこのあいだ初めてあったよ」
嘘だ。
彼と朱音の密かなやり取りは、昨日や今日あった人同士でできるものではない。朱音は他人に嘘をつけるタイプではないと思っていたが、こんなにもまっすぐに人の目を見て嘘をつくのか。
もう少し彼女の反応を見たくなる。
「俺は数日前の夜も見たよ」
「数日前?」
「うん、ここでね」
朱音は怪訝な顔をした。
そのとき、会話を続けようとした梓馬は、異様なものに意識をとられてしまった。いや、それだけでは特に異様なわけではない。数日前のことがあるから、梓馬の目には不気味に写るのだ。
「梓馬くん?」
表情が固まってしまった梓馬を、朱音が首を傾げて見てくる。
「あれって⋯⋯」
向かいの、出入口に近い席、京介が座っているあたりの床を指さす。そこには、赤黒い染みがあった。
「あ⋯⋯誰かジュースでもこぼしたのかな?」
「あの染み、前からあった?」
「どうだろう。今まで気づかなかっただけかもしれないけど、初めて見たな」
ただのジュースだったらいいが、頭からはどうしてもあの夜の光景が離れない。
「あれがどうかしたの?」
「いや、大した事じゃないんだけどね」
笑って誤魔化す。
しかし、京介が視線を感じたのか、こちらを見る。それから不思議そうに、自分の足元に目をやる。
「んん、誰か飲み物こぼしたのかな?」
赤黒い染みを見て、朱音と同じことを言う。
「あれ、梓馬くんいつの間にそっち行ってたの」
たるとと千翔も会話をやめて、梓馬たちの視線に気づく。
「それ、一昨日からあったよな」
「え、本当!?」
千翔の言葉に、梓馬は思わず身を乗り出す。
「それより前はなかった?」
「ああ。たぶん無かったと思う」
まさか。いや、きっとただの偶然だろう。冷や汗が流れる。
「これがどうかしたか?」
「えっまさか梓馬くんがこぼしたの?」
「まさか。俺は今日初めてここに入ったんだよ」
「え、でも数日前ここで先輩と会ったんじゃ⋯⋯」
しまった。皆が不思議そうにこちらを見ている。しかし、あの日の話をしようとも、あんなことを信じる人がいるかどうか分からない。うまく伝えられるとも思わない。
「先輩と何かあったの?」
朱音が何気なく聞いてくるが、その目は真剣だった。やはり、彼との関係が気になる。朱音の反応が見たくなった梓馬は、頷いて話し出した。




