再会
私を疲れさせる元凶は、どうしても私を疲れさせたいらしい。
生徒会室でたると、千翔くん、京介くんと雑談していると、明るい挨拶とともに扉が開いた。
「こんにちは」
「あ、朔先輩、こんにちは」
「どーも」
私は、当然のように入ってきた朔に唖然とする。名ばかりの生徒会長が、仕事をしに来たとは思えない。文化祭の準備と嘘をついていたことは、バレていたのだ。
「うわぁ、あれが朔先輩?確かに綺麗な人だね」
頭を抱えたい気持ちの私に、たるとが囁いてくる。
「でも、なんか見たことあるような⋯⋯」
「今日は1年生しかいないんだ。僕も混ざっていい?」
「いいですよ。先輩と会えるのは貴重なんで」
「あはは、これからはもう少し来るようにするよ。文化祭近いしね」
そう言いながら、朔は京介くんの隣、私たちの前に座る。
「あれ⋯⋯?」
「?」
朔とたるとは、お互いの顔を見ると同時に首を傾げた。それぞれの顔をじっと見ている。やがて、2人同時にはっとして相手を指さした。
「たるちゃん!」
「さっくー!」
千翔くんと京介くんが何事かと振り向く。
「わぁ、久しぶりだね!高校一緒とは聞いてたけど会ったことなかったから、どうしてるかなとは思ってたんだよねぇ」
「僕も、まさかまたたるちゃんに会えるなんて嬉しいよ。大きくなったなぁ。圭ちゃんも元気?」
「うん、変わらず元気だよ。元気すぎて困ってるの」
2人は、相手が小さい頃からの知り合いだと気づいたようだった。私と朔は小さい頃よく一緒にいたため、同じくよく遊ぶことがあったたるとは、当然朔とも会っていた。
「2人は知り合いだったの?」
京介くんが口をはさむ。
「うん、昔家が近くてね。よく遊んでたんだ」
「なるほど、以外な縁があるものですね」
「うんうん、あーちゃ⋯⋯」
「先輩、その袋なんですか?」
話を振られそうになったので、慌てて話題を逸らす。朔と知り合いだとは、なるべくバレたくない。現在同じ家で寝泊まりしていることまで知られたら、たまったものではないからだ。目立つことは避けたい。
たるとは無言で疑問を投げかけてくるが、私も横目で何も言うなと牽制する。
朔は私のよそよそしい態度に、今更避けられていることに気づいたらしい。首を傾げて見てくるが、こちらは完全に無視。
「これは、アイス買ってきたんだ。誰かいるかなと思って」
朔は無反応の私を諦めて、手に持っていた袋を机の上に出す。”誰か”と言うところで、こちらをちらりと見ていた。やはり私がいると分かっていたのだ。
「やった、さすがですね先輩」
「ちょうど5人分あるよ。思ってたメンバーと違ったけど。ここは生徒会室だよね?」
「俺たちは生徒会みたいなものですよ」
「へへへ、休日だから良しとしてよ、さっくー」
「千翔は平日でもいるけどね」
「千翔くんはまず部活出てよ」
「めんどい」
軽口をたたいている間に、朔がアイスを配ってくれる。こちらに渡すとき、物言いたげに顔を覗いてきたが、また無視した。
「そういえば、先輩はなんで今日来たんですか?部活入ってないですよね?」
京介くんが際どい話題を出してくる。
「うん。家に誰もいないから、つまらなくてね」
「今1人で暮らしてるんですか?」
千翔くんの言葉にどきっとする。千翔くんが他人に関心を持つことにも意外だったが、朔が何と答えるのかが怖い。
「まあ、そんなとこ」
曖昧に笑う朔に、ほっとする。
「先輩はあんまりプライベートなこと話しませんよね。満先輩が、”この学校で唯一把握出来ないのが朔ちゃんだよ”って、この間言ってました」
「そうかなぁ」
朔は苦笑いする。それは言えないだろう。女性の家を転々としています、などと。
「そうなの?さっくーそんなミステリアスキャラになったの?」
「そんなつもりはないんだけどね」
「存在自体が謎なところはありますよ」
「まあ神出鬼没の眠り姫ですしね」
京介くんと千翔くんが、揃ってからかう。千翔くんがいつもより積極的に会話に入っていることも驚きだが、京介くんも、愛想よく朔に話しかけていることが少し意外だった。京介くんも万人に好かれる人だが、自分からは近づいていくイメージがなかったのだ。
朔にはどうも、人を緩ませる雰囲気があるのだ。はたから見ていて、単純に千翔くんと京介くんは朔に懐いていた。
そうやって女性の警戒も緩ませるのだろう、と考えてしまい、慌てて首を振る。
「眠り姫⋯⋯」
考えを追い払いたくて、思いついたことを口にする。
「っていうのは?」
「確かにさっくー、昔から女の子より綺麗だけどね」
昨日の朔の寝顔を思い出す。とてもとても美しい、西洋絵画の中にいるような人。眠り姫と呼ばれるのに相応しいほどの。
「朔先輩はどこで見かけても寝ているんだよ。この間なんか、校庭で寝てるの見たな」
「えっ」
「校庭で寝てたの⋯⋯」
「ま、まって、そんな顔しないで、アリス」
慌てる朔に、さらにしかめ面をしてみせる。
「”アリス”って、朱音ちゃんのあだ名、もう知ってるんですか?」
私はどきりとして朔と顔を見合わせる。
「知ってるって⋯⋯」
朔は何か言いかけるが、続きは言わない。私が睨んだからだ。
朔に朱音と呼ばれた記憶はない。"アリス"とは本来、朔に呼ばれていた名前だ。みんな、千翔くんが付けたあだ名だと思っているが、私は千翔くんがそう呼ぶことの方が不思議で仕方ない。
「俺が教えた」
静かな声が、私を記憶の中から現実へ呼び戻す。驚いて千翔くんを見る。千翔くんは平然と、何事にも興味なさそうに頬杖をついている。彼は何食わぬ顔で嘘がつける人だ。
京介くんはなるほど、と言って納得したようだった。
私は千翔くんをじっと見るが、視線は返ってこない。何を考えているのか、私の何を知っているのか、何故今助け舟を出したのか。千翔くんのことは、まだ何も分からない。
「まあ、どこでも寝るのはやめた方がいいよ」
たるとが私の気持ちを知ってか知らずか言う。彼女も、千翔くんがつけたあだ名ではないと知っているはずだ。小さい頃から呼ばれていたのだから。
私は曖昧に笑う朔に目を向ける。少なくとも千翔くんよりは、分かっていることが多い。昔はどこでも寝るようなことは無かったことも、寝不足の理由も。
私の思考を遮るように、不意にトントンと生徒会室のドアが叩かれた。
私たちは一斉にそちらへ顔を向ける。生徒会員で律儀にドアを叩く人を見たことがない。
「すいません、千翔いますか?」
遠慮がちに顔を覗かせたのは、同じクラスの水戸梓馬くんだった。体操着で顔には汗が流れている。たるとと千翔くんと同じ陸上部の彼は、先程まで走っていたようだ。
「あ、すいません、お仕事中でしたか?」
人が思ったより多くいるのを見てか、恐縮そうに言う。最近周りに図々しい人が多かったため、これが普通の反応かと思い出す。
「いいや、なんと生徒会は俺だけ。千翔ならそこにいるから連れてって」
京介くんは笑顔で、たるとの後ろに隠れた千翔くんを指差す。
「京、酷いぞ。将来を誓った親友じゃなかったのか」
「そうだっけ。どっちにしても親友は将来を誓わないよ」
「ちっ」
千翔くんは舌打ちして、元座っていたところに戻る。ドアのところに立ったままの梓馬くんをだるそうに見た。
「何の用?今日は午前中部活に出てやっただろ」
「何の用って⋯⋯もう1回一緒に走りたいと思ったから、誘いに来たんだよ。それに部活に出るのは普通だよ、千翔ちゃん」
梓馬くんは呆れたように言う。
「ちゃん付けするな。お前に言われるとウザい。今日はもう走らないからな」
「大会もうすぐなのに?」
「⋯⋯はぁ、だるい」
千翔くんは机に突っ伏して、そのまま動かなくなる。
「梓馬くん、今回の大会で絶対千翔くんに勝ってね」
たるとも呆れたように千翔くんを見て言う。
「うん、もちろん。って⋯⋯あれ、佐藤さん、と有里さんもいたんだ」
梓馬くんは、生徒会ではない私たちがいることに驚いたようだ。私は笑みを浮べて軽く手を振る。梓馬くんとは最近の席替えで隣になったので、クラスではよく喋るほうだと思っている。
「うん、ここ涼しくてね。千翔くんが居座るのもちょっと分かるよ」
たるとは決まり悪そうに言った。たるとは梓馬くんとクラスも部活も同じなので、割と親しいようだ。
結局、梓馬くんも涼んでいけば、とたるとが誘い、彼も部屋の中に引き込まれる。京介くんと朔の間に座ると、一息ついてリラックスモードになっていた。生徒会室は涼しさと椅子の座り心地の良さのせいか、そういう魔性のようなものがある。
そのうち、たるとと梓馬くんと京介くんで、だるそうな千翔くんをあれこれいじり始める。アイスを食べ終えた私は混じる気も起きず、暇になる。
ふと、朔の横顔に目がいった。
彼も1人だけ上級生で入りづらいのか、上の空で外を見ている。浅葱色を浮かべたその瞳が、ふと見開かれた。それからおもむろに立ち上がる。
「アイスのゴミ回収しまーす」
それほど大きな声ではなかったので、みんなに聞こえていたかは分からない。しかし朔は、京介くん、千翔くんの方からゴミを勝手に取っていき、私の方に来た。私の脇に置いてあったゴミを取るために、少し屈む。
「ごめんアリス、またしばらく会えないかも。知らない人が来てもむやみに情報を与えちゃだめだよ」
そっと耳元で囁かれた声に驚いたが、すぐに小さく頷く。言っている意味はよく分からないが、どうせ女性絡みのことなのだろうから、深く考えようとも思わない。それに、私の家にいるのは少しの間だと分かっていた。
私は何も聞かずに、私以外の誰にも気づかれずにそっと部屋を出ていく朔を、横目で見送った。




