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運命の鎖  作者: 桔梗
浅葱色の新月
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媒体の価値

 土曜日の昼、私は学校の食堂で1人ぼーっとしていた。休日とはいえ、部活で来ている生徒で周りは賑やかだった。部活は午前中に終わり、昼食も先ほど適当に済ませた。今は、この後の暇の潰し方をずっと考えている。


 大人しく家に帰れない、いや、帰りたくない理由は、2日前に家にやってきたさくにある。彼は部活もやっておらず、アルバイトも学校が表向き禁止しているのでやっていない。生徒会長だというが、おそらく仕事はしていない。よって、休日の今日は確実に家にいる。朔と2人で半日でもずっと家で過ごすのは嫌なのだ。色々と疲れるのだ。


 朔には、文化祭の準備と言っておいた。夏休み直後の文化祭に向けて、準備を始めているクラスがあることは本当だ。しかし、私たちのクラスはまだ放課後に作業をするくらいで、土曜日に来ている人はいなかった。


 外にいても、結局彼のことを考えてしまう自分に気付いて、ため息をつく。


「あーちゃん、どうしたの?」


 顔を上げると、揺れるツインテールが視界に入った。幼馴染みのたるとだ。食器をのせたトレーを持ち、それを返却しに行く途中のようだ。顔は薄ら赤くなっているが、運動着ではなく制服を着ている。


「たると。部活終わったの?」


「うん。あーちゃんも?」


「うん」


「もう帰っちゃう?」


「そうだね⋯⋯」


「これから生徒会室行こうと思ってるんだけど、あーちゃんも行く?」


「生徒会?」


 驚いて思わず声が大きくなる。


「なんで?」


「涼しいじゃん」


 たるとは、悪戯いたずらを見つけられた子供のように肩を竦めて笑う。見るに、すでに何度か行っているようだ。千翔ちかくん同様、あそこに居座ることに味を占めてしまったのだろう。確かに生徒会室が居心地がいいのは私も認めるが。


「私はやめとくよ」


 満先輩や京介くんは歓迎してくれるものの、本来立ち入り禁止だと、真田先輩に言われているのだ。用もないのに行くのは、少々気が引ける。それに⋯⋯


ああ、そうか。


 一昨日朔に言われたことを無意識に気にしているのだ、と気づく。それはなんだかしゃくだった。


「いや、やっぱ行こうかな」


 悪戯を共有するように、たるとに笑って見せる。関わるなと言われたら関わりたくなるのが人間だ。私はとっくに食べ終えていた食器を持ち、立ち上がった。



 なんとなく予想はしていたが、途中で千翔くんと合流した。彼は暑さにやられたのか、死んだような顔をしていた。先日までの梅雨が嘘のような天気なので、外で部活をするのはきついのだろう。


「師匠、ほんと体力ないよね」


「陸上部なのに?」


「俺は短距離専門」


「長距離はだめだめなんだよ」


 意地悪な顔で私にそうささやくたるとは、おい、と千翔くんにどやされている。性格以外にも弱点があることを知って、私は少しほっとする。


「たのもー」


 たるとが元気よく生徒会室の扉を開ける。いつものように冷気が体を包み込む。意外なことに、扉の先には京介くんが1人でいた。


「あれ、みなさんお揃いで」


 京介くんは定位置らしい、左手前に座っていた。椅子の背もたれにめいいっぱい寄りかかって、携帯を片手で持っている。仕事をしていたわけでもないらしい。案の定、みんなも涼みにきたの?と笑いながら歓迎ムードだ。


「生き返るー」


 そう言いながら千翔くんが、死んだように机に突っ伏す。彼も定位置になっているようで、右手前に座った。私たちは少し迷って、千翔くんの奥にいく。


「土曜日はいつも人いないの?」


「いや、割といるよ。仕事あってもなくてもね。結局みんな暇で、考えることは同じなんだよ」


 京介くんは肩を竦めて答える。真面目そうな真田先輩が仕事もせずここにいる様子は、想像できなかった。


「そういえば、このあいだ朔先輩と会ったんだってね」


 嫌な話題を振ってくれる。それを考えたくなくて、ここに来たというのに。しかし、そう思っていることは顔に出さずに頷く。


「やっぱ朱音あかねちゃんは面白いよね。あの朔先輩相手に、対等に言い返したって」


「あの時は、ちょっと機嫌悪くて」


 はは、と笑って誤魔化す。


「さく先輩?」


 たるとが首を傾げる。彼女は知らなかったらしい。


「うちの会長。すごく綺麗な人で有名だから、顔は知ってるかも」


「会長って?」


「生徒会長。本当のね。これ秘密だから言っちゃだめだよ」


 京介くんは、驚くたるとに先日私が聞いたような説明をしている。


 私は、秘密と言いつつも彼があっさり明かしたことに驚いていた。既にここにいる部外者3人が知っていることになる。本当に隠す気があるのか怪しい。


 そう指摘すると、京介くんは首をすくめて笑った。


「誰にでもは教えないよ。この3人だけ」


 噂というのは、ここだけの秘密、と話したことが広まっていくのだ。軽い笑顔の京介くんに、広められたくないことはこの人には言うまい、と思う。


「秘密を守れるやつ、守れないやつ。秘密を明かした方がいいやつ、隠した方がいいやつ。そういうのは全部判断できる人が生徒会には揃ってる」


 それまで黙っていた千翔くんが、上体を起こしてこちらを見ていた。思ったことを見透かされたようだった。彼は相変わらず謎めいた言い方をする。


「もちろん、ここに居座っていいやつ、だめなやつもな」


「それは、本来みんなだめなんじゃないの」


「俺たちは部外者目線で生徒を見る媒体として、利用する価値があると判断された。だから、ここにいる許可を出されている」


「何それ、私たち利用されてるの?」


 たるとが眉を寄せて言う。仕事の利害で見られていたとは、誰も思わない。もちろん、私もそうだ。淡々と言う千翔くんの言葉に、少しだけ怖さを覚える。一昨日の朔の話を思い出す。


「そうだろう、京介」


「ここにいる以上、生徒会長が誰かは知っていた方がやりやすいからね」


 京介くんははっきりとは言わないが、その笑顔が千翔くんの言葉を肯定していた。


「でも、媒体は3人も必要?」


 わずかな抵抗を込めて、私は言う。


「千翔は頭が良くて洞察力もあるけど、その分ひねくれてるところがある。それも面白いけど、もっと普通の視点も必要なんだ。たるとちゃんみたいなね。で、目に見える言動以外の情報、生徒たちの感情について教えてくれる朱音ちゃんも、僕たちには貴重な情報源だ」


 京介くんはよどみなくそう言う。彼らの言葉は嘘ではなかった。本当に、私たちは利用されていたのだ。


 しかし、もやもやとした気持ち悪さを感じたのも束の間、なんとなく納得できた。最初から歓迎ムードの京介くんと満先輩。口では冷たいことを言っていても、追い出す気のなさそうな副会長。生徒会全員に感じていた緩さは、ここから来ていたのだ。


 そして、生徒会には関わるなという朔。利用されると知っていて、そう忠告したのだろう。


「普通に歓迎されているのかと思ってたのに」


 たるとが口を尖らせる。私も、千翔くんに言われなければ気づかなかっただろう。


 ふと、なぜ千翔くんはわざわざ生徒会の意図を私たちに聞かせたのだろう、と思う。ビジネスライクだと知ってしまったら、私たちは生徒会と関わりづらくなる。生徒会の意図を知っていたら、緩く情報を漏らしづらくもなる。


利用される側としての、生徒会に対する抵抗なのか。しかし、千翔くんは全て分かった上で、今までここに居座っていたのだ。利用されていることを気にする素振りもない。


「もちろん、賑やかになって楽しいのは本当だよ。まともに喋ることできるのは、満先輩とたまに来る朔先輩くらいだしね」


 ほんと、と嬉しそうに笑うたるとが、すでに懐柔されていることに気づく。私ははっとする。


 逆なのだ。暗黙の許可が出されていれば、私たちはここに居やすくなる。そして、生徒会の意図を知っていれば、容易に生徒会以外に情報を漏らすこともなくなる。


千翔くんは生徒会のために⋯⋯?


 視線に気づいたような千翔くんは、考え込む私を見て意外そうに口を僅かに開けた。私が深く考えるとは思っていなかったのだろう。しかし彼は、にやりと表現するのにふさわしい笑みを浮かべる。


「朔先輩の言うこと聞いてた方がよかっただろ」


 ずるい。私が朔に対して反抗的であることを知っているのだ。そして、朔に生徒会に関わるなと言われた私は、生徒会には関わりたくなる。しかし、今は千翔くんにも反抗的な気分だった。


「そうかもね」


 半ば千翔くんを睨んで言う。ただでさえ朔のことでぴりぴりしている今の私は、たるとのように純粋になれなかった。


 険悪な空気を感じたのか、京介くんが私の方を見た。


「千翔は、俺たちが困る顔を見たいだけだよ」


 私は少し驚いて京介くんを見る。その言葉は、京介くんが利用する側であることを認めると同時に、千翔くんが利用される側であることを示していた。


 不満そうに京介くんを見る千翔くんを見て、私は少し拍子抜けする。この2人は、お互いを庇っているだけなのかもしれない。口が軽そうに見られる京介くんと、利用する側に見られる千翔くんを。


 私はため息をついて、2人から目を逸らした。やはり、疲れている。普段は何とも思わず笑っていられる場面でも、そうできない。要らぬことまで考えてしまう。その元凶はきっと、朔なのだ。


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