16章 エルフの枷
「早く、弓を持って来いよぉっ。オラぁっ!」
バシぃッ!!
また叩かれた。
何度も棒で叩かれ、私の体は傷だらけだ。
"陽炎"という男の退屈凌ぎとして、私達は買われた。
地下に隠れ、部下を支配し、男は地下の王として君臨している。
この地下で、私は慰み物にされ、あらゆる陵辱を受けた。
時には、男の部下達も加わり、瀕死まで嬲られた。
たとえ死に掛かっても、簡易で粗末な魔法を使い、意図的に半端な治癒で辛うじて一命を取り留める。
そんな経験をすれば、どんな命令にも従う人形になってしまう。
それは仕方のない事…仕方のない事だから…
自由な意思を奪われ、自死すら許されない。
その内に考える事すら出来なくなった。
一緒に買われた、仲間のエルフも同様だ。
服すら着る事を許されず、恥辱と汚辱に塗れ、かつての森の支配者としての誇りは消え失せた。
自分達より下賤の"人間"にここまで汚されたのだ。
分かってる事は一つ。誰も助けには来ない事。
エルフは長寿だ。
人間達に陵辱され尽くされ、仮に人間が寿命で死んでも、次の飼い主が現れるだけだ。
そして繰り返される絶望の日々。
ベトベトな汚液で汚された体は、時間と共に異臭を放ち。男達の相手をする前にだけ、体を洗える。
今日は、先程まで相手をしていたので、全身がヌラヌラと光り湿っていた。
口の周りは、男達の付けた唾液の匂いが漂う。
いつもならこの後、僅かな食事を食べ、狭い部屋に閉じ込められ、眠りに付く筈だった。
しかし、違っていた。
騒がしくなる男達。
私の前では、尊大に威張り散らす奴らが、慌てふためいていた。
…
……
どうやら、この施設に賊が侵入したらしい。
賊の侵入は、たまに起こるアクシデントだが、普通は地下に来る前に解決してしまう。
しかし、今回は違うようだ。
まだ騒がしいのは、賊が生きてる証拠。
飼い主である"陽炎"の隠れた、この施設をすぐ発見し、まっすぐコチラに向かって来る賊など、今まで居なかった。
それだけで期待が膨らむ。
男達が、賊に殺される事を期待している訳じゃない。
そんなのは無理だ。返り討ちにされるだけだ。
しかし、賊の攻撃は、私にも届くかもしれない。
そう。
私を殺してくれるかもしれない。
私を…殺して欲しい。
そう期待してしまう。
私達エルフは、弓を持てば長距離攻撃の名手だ。
さらに、高燃焼魔法を鏃に組み込む事が出来る。
この狭い地下施設で使用すれば、前方は火の海になり賊は瞬殺されるだろう。
それを掻い潜って、男達の"肉壁"である私を斬り裂いて欲しい。
矢を持ち、高燃焼魔法を唱え、鏃に組み込んでいく。
大抵は一本二本と放てば、すぐに決着は着くが"万が一"に備え、数十本の火炎鏃を作る事を強要される。
闘って余った火炎鏃は、武器屋に高く売るのだろう。
高級な武器だ。何本も作れば、それだけでゴッソリと魔力を失う。
体がダルい。
考えるのを止め、扉を注視する。
ギィィィィ!
「面倒です。全く面倒な事になりましたぁぁぁぁ!!」
飛び込んできた男の絶叫に合わせ、矢を打ち込む。
ドォンっ!
激しい炎が上がり、肉が焼け焦げる。
「馬鹿野郎!!ちーがーうー!!違うだろぉ!!後ろの奴だっ!!」
間違って、男達の仲間を燃やしてしまったようだ。
よく見ると、燃えた男に見覚えがある。
私をしつこく何度も陵辱した男だ。
聖職者の服を着て…何度も…何度も…
「くくく」
思わず小声で笑ってしまう。
味方殺しは出来ないようコントロールされているが、今回のような事故は防げない。
本当にラッキーだった。
鼻腔を擽る、焼けた肉の匂い。思わず大きく深呼吸をしてしまう。
あの恐怖に引きつり燃えていく顔を思い出すと、もっと笑いたくなる。
おっと。いけない。仕事をしないと、また殴られる。
燃えた男の後ろに居た、賊に狙いを定める。
「よぉし。今度はちゃんと当てろよ。おい、見ろよ。たった一人だぞ。馬鹿な奴だ。くくくく」
陽炎が後ろで笑う。
振り返れないから分からないが、絶対に"いつもの嫌らしい笑み"を浮かべてるに違いない。
お願い…避けて…そして私を…殺して…
そして…私は…絶望した。
前から来る賊は、武装していない。
武器も持たず、防具すら身に着けていなかった。
期待ハズレね…もういい…
怒りすら感じつつ、賊の胸を目掛けて矢を放つ!
同時に放たれた矢は二本。
頭と胸を狙い、真っ直ぐ飛んでいく。
終わった。
そう思った。
パシぃ!!
ええええええっ!!???
賊は、曲線を描くように二本の矢を手で掴み、私達の前に投げ返した。
ゴォっ!!
10メートル前に巨大な炎柱が立ち登る。
エルフの放った矢を、掴んで投げ返した!?
人間にそんな事出来るなんて…ありえない。
もし本当に出来るなら、賊は人間じゃ無い。
だとしたら、賊は何?
心当たりは…ある。
もしかして…神…様…?
その時、頭の中に美しい旋律が流れた。
♪~♪~
コレは何?
この天国から流れるような旋律は…
「愛する者の居ない、地球を捨てた…
違う宇宙の下で、もう一度生きよう」
この、頭に直接訴えかける言葉は…?
神からのメッセージ?
伝えたいのは…
大事な物を捨てて、新たに生きようとする意思だ。
「灼熱の風、切り裂く拳、幻影と踊る
触れた唇の冷たさが、君の弱さを知った」
これは分かる。今の闘いの事だ。
神からみればこの闘いは踊りと同じだ。
そして私達エルフが、心まで冷たい弱い存在と知っているんだ。
「自らに枷、重き大地、身動き取れず
足掻く、足掻く、足掻く」
枷…動けない…足掻く…私達の事だ。
神が私達の事を歌っている。
「血と涙混じり合い、泥にまみれ、
目を閉じると…」
血と汚液に塗れた体の事か…汚れてると神は言いたいのか?
私達は…汚い存在なのか?
「君は言った」
神は何と言った??
「貴方が居ないと寂しい」
ぶわっ!!
両目から涙が溢れた。
今…神は言った。
どんなに私達が汚れようと、私達が必要だと。
そう!
私達に死ぬなと言った!!
そう理解した。
「自らの枷、絡み合って、体に溶ける
壊す、壊す、壊す」
神は言った。枷を壊せと。
炎の中、賊…いや、神が立っていた。
その姿は威風堂々としている。
凄まじい熱風が、肌を焼いてる筈なのに、微動だにしない。
神は、片手を上げた。
天空で固く、"拳"を作り、ゆっくりと胸に下げる。
そして両手を開き…
「変身!!」
おぉぉぉぉ。現世に顕現なさるのか!
あぁ。神よ…
天井から光が舞い、神を包む。
エルフの動体視力でやっと捕らえられるぐらいの一瞬。
神は、本当の姿を現した。
漆黒の騎士。
「ブラックナイツ!推参!」
黒き騎士の姿で、神はついに顕現した。
漆黒鳥のように、凛々しく混じりけのない黒。
炎のように立ち登る"赤き布"。
ゆっくりと周りの炎が、神を取り巻き、火粉を巻き上げる。
なんと…
なんと美しく、力強いのだろう。
膝まづき、頭を垂れる。
弓など地に捨てよう。
カランカラン。
手放せない筈の"弓"が地に落ちる。
あぁ、強制魔力が打ち消されている。
これも神の力か…
とめどなく涙が溢れ、視界が歪む。
間違いない。私は救われるんだ。
後ろの汚い豚が叫ぶ。
「弓を拾え。早く殺せ!!」
ブーブーと鳴いてる。ふふふ。
何と愚かしい。
神を相手に闘える訳がないだろう?
神は怒ったように、両拳をガチンと当てた。
美しい火花が散る。
おぉぉぉ。神よ。その火花のなんと力強く美しいこと。
火の使い手である私達に"祝福"を下さっている。
…
……
変身シーンをエルフ側から見たら、こんな感じです。
長寿のエルフでも、ヒーローは初めてだったのでしょう。
しかも圧倒的な絶望の中現れた黒き騎士。
神に見えるのも仕方ないと思います。
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