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6 輝く星

6 輝く星


 尊はひどい熱を出していた。


 おうおうと泣きながら腕にしがみついてくる尊の身体が異常に熱いことを、泰夫は、状況に困惑しながらもすぐ気付いた。

 泰夫は今日、出張の土産を持ってたまたま寄っただけだった。

 が、どうやらただならぬことになっているらしい。泣きながらがくがくと痙攣し始めた尊を抱え、泰夫は大急ぎで近くの病院へ走った。

 風邪だと診断されたが、軽い栄養失調だとも言われた。

 点滴治療の後、泰夫は尊を、自宅である2DKの賃貸マンションへ連れて帰った。

 熱に浮かされた尊はずっと、ぶっ殺す、ぶっ殺すと物騒なうわ言をつぶやいていたらしい。

「……なるほどな。そりゃ、ぶっ殺したくもなるワ」

 二日ほど経ち、熱が()りた尊から話を聞くと、泰夫は吐き捨てるようにそう言った。

「すまんかった、尊。俺は出張行く前に、お前のかあちゃんには何回も、年明けからしばらく出張や、一ヶ月くらい小波にはおれへんでって()うてたんやけどな。あの人、わかってる、何回もしつこいなぁって嫌そうな顔しとったけど……男に夢中になったらそういうこと、全部ころっと忘れるんやな」

 泰夫の表情は更に苦くなる。

「ホンマにすまんかった。お前のかあちゃんは半分以上、病気や。あの人は自分に都合のエエことしか考えへん人で、全然あてにならへんこと、俺かて知らん訳やなかったのに。すまん、ヤッちゃんがぼーっとしてた。もっとしっかりするべきやったんや」

「なんで?ヤッちゃん(わる)ないやん」

 尊は、自分を激しく責めているらしい泰夫の態度にうろたえる。

「悪いんはおかあちゃんや。ヤッちゃんが出張なんは、俺かて前から知ってたで。忘れてしもたんはおかあちゃんや」

 泰夫は苦く笑う。

「そうやな。それでもヤッちゃんが悪い。俺はお前の叔父や、保護者や。保護者や言うこと安易に考えてた。ホンマにすまんかった」

 頭を下げる泰夫の姿が哀しい。何故か泣けてくる。

「やめて、ヤッちゃんやめて。ヤッちゃん(わる)ない。悪ないやん。どっちか言うたら、悪いのんは俺や」

 頭を上げ、泰夫は怪訝そうに尊の顔を見た。

 涙を呑みながら尊は、一生懸命、言った。

「俺が……俺が生まれてきたんが、そもそも悪いんや。俺が生まれてしもたから、おかあちゃんは結婚したくても出来へんし、ヤッちゃんかってまだ二十八とかやのに、俺の保護者やからって色々考えやなあかんねやろ?ホンマ言うたらヤッちゃんかって自分のお嫁さん探さなあかんのに、そんなんしてる暇もないやん。俺がおるから、ヤッちゃんにまで迷惑かけてしもて……」

「アホッ!」

 今まで聞いたことのない程の大声で泰夫が怒鳴ったので、尊はびっくりして口をつぐんだ。

「アホなこと言うな!お前が生まれてきて、悪い訳がないやろ!」

 泰夫の目が怖いくらい充血していた。声が裏返る。

「お前のとうちゃんの清尊(きよたか)さんは、お前が生まれてくるの、めっちゃ楽しみにしとったんやで!ちゃんと結婚する前にお前が出来てしもたんは問題あるかもしれんけどやな、あの人は本気で姉貴と結婚するつもりやったし、姉貴もその当時は今みたいにふにゃふにゃしてへんかった。清尊さんと結婚して、ちゃんと家庭を作るつもりで真面目に花嫁修業もやっとったんや。あの人が事故で亡くなってしもたせいで、ボタンをかけ(ちご)てしもただけや!」

 息が切れたか、泰夫は一瞬黙る。充血した彼の目にみるみる涙があふれ、ぼたぼたと落ちた。尊は息も忘れ、泰夫の顔をただ見つめた。

「お前は!」

 泰夫は吠える。

「生まれてくるべき、子ォや!」

 気付くと尊は、声を上げて泣いていた。泣きながら泰夫にしがみつき、ごめん、ヤッちゃんごめんと何度も謝っていた。謝るな、謝らんでエエとうめくように言いながら、泰夫も泣いていた。


 いつの間にか眠り込んでいたらしい。近くでした身じろぎの気配に、尊ははっとする。

「まだ早いど。寝とれ」

 泰夫だ。添い寝をしてくれていたらしい。半身を起こし、腫れぼったい顔で笑みを作る。

「朝めし作るだけや。お粥か?おじやか?どっちがエエ?」

「どっちでもエエけど……」

 しかし、ちゃんと答えた方が泰夫が安心するだろうことは察せられた。

「おじや、かな」

 わかった、と、泰夫は短く答えてきちんと起き上がる。

 キッチンへ向かう前に彼は、部屋のカーテンを開け、窓も開ける。冷たいが、よどんだ室内の空気よりずっと清々しく澄んだ空気が流れ込む。尊は思わず深呼吸をする。

「お、今日は明けの明星が綺麗やど。見てみい」

 わざとのように明るい泰夫の声に導かれ、尊は空を見る。明け初めた東の空で、はっとするほど明るい星が一つだけ、輝いていた。

 ふと泰夫の顔が真面目になる。

「ヤッちゃんは昔から、明けの明星が好きやねん。こんな風に朝になっても、最後の最後まで光ることをやめへんのが、格好ええなって思っててな」

 そこでちょっと照れくさそうに口許を歪めたが、真顔に戻る。窓に軽くもたれて尊を見る。

「尊。思うんやけど、お前は明けの明星になれや」

 言われた意味がよくわからず、尊は泰夫の顔をまじまじと見る。少し考え、泰夫は言葉を続ける。

「あのな。お前のかあちゃんのことやけど。今回のことは、もう全面的にお前のかあちゃんが悪い。でもかあちゃんがあんなふにゃふにゃした女になったんは、ひとつはお前のとうちゃんが事故で死んでしもたんが原因でな。お前が腹におる時に、一番そばにおって欲しい男に急に死なれて、お前のかあちゃんは多分、めちゃくちゃ辛くてシンドかったんやと思う」

 泰夫はふっと息をついた。

「せやから言うて未だにあんな状態なんは、かあちゃんにだけ責任がある。お前には何の責任もない。多分お前のかあちゃんは、お前のとうちゃんに死なれて以来、頼れる男をずっと探してるのかもしれへんな。男に頼って、自分を輝かせてもらおうって……そんなことしてても虚しいって、あの人が自分で気付くまで俺らは待ったることしか出来へん。……尊」

 一瞬唇をかみ、ためらうように目を泳がせたが、泰夫は言った。

「お前のかあちゃんは……残念ながらあてにならん。まだ子供のお前には可哀相やけど、あの人に頼るんはあきらめた方がエエ。あの人自身が誰かに頼ろうとしかしてへんねんから、誰かを支えるのはそもそも無理や」

「……うん」

 わかっていたが、こうして言葉に出して他人に言われると、目頭が熱くうるんでくる。

「せやから……お前は自分で輝けるようになれ。あの、明けの明星みたいにな」

 泰夫は明るい声を出す。

「お日さん出てくる直前まで、自分ひとりになっても輝くんや。明けの明星は金星って星でな、夕方に出る一番星でもあるんやで。一番最初やろうと一番最後やろうと、バチっと光りよるねん、あの星は。尊、他の星の顔色窺うみたいに、みんなが光り出してからこそっと光るようなことはすんなや。最初やろうが最後やろうが、自分が光りたい時には堂々と光る。そういう男になれ。そういう男になれるよう、ヤッちゃんはお前をサポートしてゆく」

 覚悟せえ。にやっとしながら泰夫が言った。


 尊は改めて窓の外を見た。

 星は輝いていた。

 朝焼けの空にも負けず、凍てつく空気の中で孤高に輝いていた。

(輝く、星……)

 生まれて以来、薄暗がりの中を闇雲に歩いていたような尊にとって、それは初めて見つけた目標……目指すべき輝きだった。

「うん……うん。わかった。わかった、ヤッちゃん」

 久しぶりに尊の頬に、ほほ笑みが浮かんでいた。

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