14 ケモノたちの静かなたたかい③
埴生の家は、いつか林が言っていた通りのささやかな建て売り住宅だった。
俗に言う『マッチ箱のような家』だろうが、表札ひとつにしろさり気なく置かれた鉢植えや小さな植木にしろ、どこかしら垢抜けた感じがあり、埴生のたたずまいに似つかわしい。
飛び抜けて金持ちではないが、やはり埴生は広い意味で『お坊ちゃん』なのだ、と、尊は改めて思う。
尊とツレ、それぞれの保護者(田中の兄貴と川野の母親)、そして泰夫から頼まれた大楠が、埴生家の玄関で頭を下げる。
「もうよろしです。校長先生から一通り話は聞きましたし、ウチの息子の鳩尾を蹴った林くんの親御さんから、お医者代含めて償いはしてもらいましたし」
歳の割に綺麗と言える、埴生によく似たおばさんがやや険のある表情で、鬱陶しそうにそう言った。
『ヤンキー』などという下衆な連中と、心底関わりたくないのだろう。
「埴生くんのお加減はいかがでしょうか」
スーツを着た生真面目そうな熊、とでもいう雰囲気の大楠が、静かな声で問う。
「ご心配いただくことはありません。皆さんが今後、ウチの息子に関わらんといてくれはったらそれでいいです。……それでお互い、もう終わりにしましょう。ほんなら」
性急に話を終わらせようとする埴生の母親を制し、持ってきた菓子折りの入った紙袋を半ば強引に渡す。
袋の中には、『見舞金』としてそれぞれがそれなりの金を包んで同封している。
取りあえずこれで、形式上は謝罪が済んだことになろう。
尊たちガキ共は、保護者に連れられ帰宅する。
「ヨシアキ先生。今日は本当にスミマセンでした」
自宅へ帰る道々尊は大楠に謝ったが、大楠は笑って首を振る。
「なんも。気にしやんでエエで」
「せやけど。ヨシアキ先生は何にも関係あらへんのに、俺の為に頭下げるような、メンドくさいっちゅうか不愉快な目ェに合うことに……」
「尊くん」
大楠は足を止め、明らかに窘める声で尊の名を呼んだ。
「私は尊くんと『関係あらへん』ことはないで。君が六歳の、ほんの短い期間やったけど。君は私の教え子やった。君は、正式には『寺子屋 くすのき』の生徒やなかったかもしれんけど、私にとって印象深い、優秀な生徒やったと思ってるで」
大楠が昔から『寺子屋 くすのき』という名で、ボランティアに近いフリースクールをやっているという話は、中学生になる頃くらいに泰夫から聞いた。
地域の不登校児のサポートや、子供の頃学びたくても学べなかった老人に簡単な読み書きを教えたりなど、広い意味での学習支援を行っているらしい。
神社の神主のかたわら……だったこの活動が、今ではフリースクールの主宰のかたわら神主をやっている感じだと、そういえばいつか泰夫は笑っていた。
「教え子の為に一肌脱ぐくらい、どうっちゅうことないで。ナンやったらもっと頼ってくれてもかまわんくらいや。君は、あんまりヒトに頼らん子ォみたいやけど、必要な時はちゃんと頼りなさいよ。その為に大人はおるんやくらいに思てて、君の場合はちょうどええ」
そう言い、彼はふわっと笑った。
尊が六歳の頃から変わらない……本物の大人の、懐の深い笑みだ。
尊は無言で頭を下げた。
笑む気配と共に、下げた尊の頭の上へ大きく温かいてのひらが乗った。
「……機会があったら、君自身から埴生くんへ、直接謝罪した方がエエかもしれへんし、君自身そう思ってるやろうけど。こればっかりは、埴生くん次第やな。彼が望んでへんのやったら、埴生くんのお母さんが言うてはったように関わらん方がエエ場合もある。その辺の見極めがつかんうちには、動かん方がエエかもしれへんな。悩むようやったら、いつでも相談においで」
歪む視界の中で、尊は何度もうなずいた。
次の週いっぱい、埴生は学校へ出てこなかった。
だが、その次の週。
別人のように痩せ、どこか昏いオーラをまとった埴生が、2-Bの教室へ姿を見せた……と、倉田から報告があった。




