14 ケモノたちの静かなたたかい①
「……ほんで。林のボケは、埴生に無心したって認めよったんか?」
田中はボソッとそう問うた。
尊はその後、暗くなる頃には自宅へ帰った。
ツレ二人は勝手知ったる他人の家とばかりに自分たちでコーヒーを淹れ、途中で買い込んできたらしい菓子をつまんだりしながら、尊が帰るのをじっと待ってくれていた。
「……おかえり」
困ったように眉を寄せた川野が、扉を開けて尊を迎えた。
「顔色悪いなぁ。疲れた~って、感じや」
尊は川野へ苦笑いを返すと、コタツに入って煙草の箱に手を伸ばした。
学校にいた時から、タバコが吸いたくてたまらなかった。
火を点けて深く吸い込むと、ようやく少し落ち着いてきた。
煙の行方をぼんやり追っている尊へ、
「……ほんで。林のボケは、埴生に無心したって認めよったんか?」
田中が前後の脈絡なく、ぼそっとそう問う。
尊は灰皿にタバコを置くと、情けなく笑った。
「結論言うなら、そういうことになるのかなァ。あいつ自身に、無心したって自覚は薄かったみたいやけど。ナンちゅうのか……昔のトモダチに、カネ貸してもらえたら超ラッキー、程度のノリで話を持って行ったみたいやな」
唐突に田中が、ぬうっと立ち上がったのに尊も川野も驚く。
「お、おい。ナンやねんどないしてん」
川野の声に
「林をシメてくる」
と、怒気のこもった声で田中は返した。尊はあわてて立ち上がる。
「アホ、ナニ言うてるねん!」
「だってそやろが!」
田中はぎろっと尊をにらみつけた。
「この件のソモソモの始まりは、あいつが埴生にしょーもない無心をした揚げ句、被害者面して俺らに泣きついてきたせいやないか。あいつの言うこと信じて埴生シメた俺らは、エエ面の皮、アホみたいやないか!」
「それはそうやけど!ここまで事が大きィなったんは、あいつのせいというよりは俺のせいやし!」
そう言う尊へ、田中は更ににらむ。
「ナンデそこまで林を庇うねん。あんなボケ、つるし上げてボコボコにしたらな目ェ覚めるか!」
一瞬、尊も田中の言葉に同調しそうになった。
疲れや虚しさが先にきていただけで、林への怒りは尊だって腹の底にくぐもっている。
だが。
「あいつにはもう、関わらん方がお互いの為やと思うで。…ってゆうか、正直、俺は関りたァない」
どうしても吐き捨てるような口調になる。田中もさすがに口をつぐみ、尊を見た。
「この件は、あいつだけのせいでここまで大きなったんやない。かなりの割合で俺のせいや、俺が悪い。でも、それでもあいつが無意識でやらかしてしもたアレコレのせいで、どえらい数の人間が振り回されて、迷惑かけられたんも確かや」
引き返すチャンスはあった。
翌日(つまり事件当日)でもいい、頭が冷えてから自覚したであろう、埴生にカツアゲと誤解された可能性を、ほんのひとことでも言ってくれていれば。
ずいぶんとその後の流れが変わったのではないかと、尊もやはり思ってしまう。
しかし林は言わなかった。
ひたすらオドオドしているだけで、だんまりを決め込んだ。
先輩たちや仲間の盛り上がった空気に遠慮した、あるいは、今更誤解でしたと言って仲間内から呆れられるのを恐れた、のかもしれない。
埴生の鳩尾を思い切り蹴り上げたのも自分の保身の為だったのだろうと、尊は今、思う。
あの直前、埴生は地面に倒れたまま、林へ何か言おうとしていた。
おそらく林は、埴生に余計なことを言われそうだと覚り、パニック状態に陥ったのだろう。
だからシメるのだと言いたそうな目をしている田中を、尊は首を振って制する。
「俺はさっきあいつに、ヤンキーやめろって引導渡してきた。お前はヤンキー向いてないって。ほしたらアイツ、死んだ魚みたいな目ェになって、黙って頭下げて帰って行きよった。あいつにしたら、多分、俺にヤンキーやめろって言われることの方が……どつきまわされるより、辛いことやと思うで」
「つまり、アイツへの一番キツイ制裁は。我々からの、永遠の追放……という訳か?」
川野が、妙にロマンティックな表現でまとめた。
尊は苦笑いをしながら再び座り、灰皿で冷たくなっている吸いかけのタバコを一瞥した後、新しい煙草に火を点けた。
「そんなカッコええ話やないけど。まあそう言うことかな」
深く煙を吸い、尊は、むっつりと押し黙って所在なく立ったままの田中へ笑みを向ける。
「なあ田中。もう林には関わるなよ、な?関わるだけの……値打ちもない男や、あいつは」
納得はしていなさそうだったが、田中は静かに座った。
そして、自分の分の冷めきったコーヒーを、ひと息に飲み干した。




