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12 信頼⑤

「まず、尊。さっきお前は俺に謝ったけど、謝る相手、完全に間違ってるど」

 冷ややかなほど静かな声で、泰夫はそう言った。

「お前が一番迷惑かけてしもたんは、誰や?」

「それは……埴生、やと思うけど」

 泰夫はうなずく。

「そうやろうな。じゃあ埴生くんとおんなじくらいか、少なくともその次くらいに迷惑かけたんは?」

「俺の、ツレ……田中と川野」

 ふん、と軽く息をつき、泰夫は目をすがめた。

「まあ……間違いとも言えんか。特に川野くんには、迷惑と世話をかけたみたいやし。……でもな。お前、大事な人間を忘れとるみたいやな」

 泰夫は真っ直ぐ、尊の目を見た。

「林くんや」


 尊は一瞬、言われた意味がわからなかった。

 この件で林は、尊の次に罪深い気が漠然としていたが、ヤツに迷惑をかけたとは正直思っていなかった。

 いや。

 ヤツをキレさせ、埴生を蹴る原因を作ったのは自分なのだから、そういう意味では迷惑をかけたかと思い直す。


 泰夫は軽く目をつぶり、小さなため息をひとつ落とした後、再び真っ直ぐ尊の目を見た。

「頭冷やして、ようよう考えてみい。そもそも……林くんは。お前に、是非とも埴生をシメてくれと頼んだか?」

「……え?」

「仮にそうやったとしても。これは、そもそも林くんと埴生くんの揉め事や。当事者同士で何とかせえ、言うのが普通やろ?少なくとも普段のお前やったら、そうするやろうな。百歩譲って、揉め事の仲裁をお前がすることになったとしても。お前とお前のツレの、合計三人の三年生が出張(でば)って行くようなことか?出張って行った上に埴生くんどつかなアカン、大義名分が欠片でもあるか?」

 尊は絶句したまま、泰夫の、やや青ざめた額の辺りを凝視した。

「ようよう考えてみい。お前は埴生くんをどつく必要……いや」

 泰夫は小さく首を振る。

「埴生くんなんか、そもそもどうでもよかったんやろうな。お前は多分、お前自身の怒りやら苛立ちやらを、誰かにぶつけたかっただけなんや」

「ち、違う」

「違うことあるかい。お前は自分の憂さ晴らしの為に、林くんと埴生くんのトラブルを利用したんや」

「違う、絶対違う!俺はカネでトモダチの面叩くような、思い上がったアイツの態度に腹が立って……」

「そのこと自体は否定せーへん。そんな態度とるようなヤツ、俺でもムカつくワ。せやけどな」

 泰夫は恐ろしいくらい真っ直ぐ、尊の目を見ていた。故のわからない後ろめたさが萌し、尊は思わず目を伏せる。

「お前は、自分的には義憤に駆られてそうしたつもりなんかもしれへん。でも本当の本気で、林くんのこと考えて行動したか?本当に林くんの望みに沿うて、行動したか?『林の為』に行動したつもり、になってないか?」

 すさまじい否定が尊の胸で荒れ狂った。が……何も言えなかった。

 感情は全力で泰夫の言葉を否定したが、頭の隅にわずかに残る理性が『林の為』などお為ごかしではないかという泰夫の指摘を、完全に否定しきれなかった。


 困ったようにオドオドしていた林の姿が、不意に思い浮かぶ。

 昨日の放課後、夕闇の中で怯えたように尊を見ていた林の目。

 埴生への復讐心どころか、すでに苛立ちも腹立ちも消えていたかもしれない……。


「ちょっとは……気ィ付いたみたいやな」

 少し疲れたような、優しい声で泰夫は言った。

「お前はとんでもない間違いをしでかした。そのことについてはお前なりに、反省の気持ちや今後の誠意を迷惑かけた人らみんなに見せなアカン。俺もお前の保護者として一緒に謝罪するし、誠意ある対応もしてゆくつもりや。それで許してもらえるかどうかは別として、やるべきことはやってゆこう」

「……はい」

 うなだれて答える尊の頭を、泰夫は、ポンポン、とてのひらで柔らかく叩いた。

「俺ももっと、ちゃんと保護者になるワ。お前に、困った時には頼ってもらえるようにな」

 止まっていた涙が、何故か再びあふれ出た。



 その後。

 尊の気持ちが落ち着いた頃に、泰夫と一緒に病院内の食堂へ行って早めの昼飯を食べることになった。

 歩行器、とでも呼ぶのだろうか。

 下にコマがついた、スチールパイプで組まれたサークル状の器具に身体を預け、泰夫はゆっくり歩く。

 こうして病院内を歩くのもリハビリになるので推奨されているのだそうだが……地下の食堂まで行くのはさすがに初めてだと言って、泰夫は笑った。


 尊がなにげなく頼んだ焼き鮭の和定食は、身体中に沁みるような感じがするくらい、美味かった。

 こんな健康的なと言うか、バランスのいい食事は本当に久しぶりだと尊は思う。

 泰夫の方は軽めに、コーヒーとホットドッグだ。

 尊とは逆に、久しぶりのジャンクフード美味すぎ、などと唸っている。

 病院の食事は健康的やけど、人間、健康的なだけで生きてゆくんは辛いねんで、とかなり本気でぼやいていたのが、妙に可笑しかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] まぁ、温かい叔父さんがいて良かったです。 二人でおいしい食事が出来て幸せですね。 最後の数行の描写がお気に入りです~♪
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