11 十五歳の厳冬Ⅱ⑤
教科書がぎっしり詰まっていそうな鞄を下げ、埴生はのんびり歩いている。
背が高くて手足が長い。
さながら、ジュニア向けのファッション誌に出てくる少年モデルのような、どこかあか抜けたたたずまいだ。
図書室通いを習慣にしているくらいだから、勉強だけ出来る青瓢箪かと思っていたが、歩き方を見る限り体幹がしっかりしていそうだ。
部活動はしていないという話だったが、過去に何か、継続的にスポーツをしていたのかもしれない。
(おいおい、天は二物も三物もこいつに与えよったって訳か?)
なるほど傲慢にもなるはずだ。
思い、尊は薄く笑んだ。
鈍い怒りが胃の辺りにくぐもる。
やはりこいつはあの『ユウさん』と同類の、恵まれた環境でのうのうと暮らすお坊ちゃまなのだ。
「行こか」
尊が言うや否や、二人のツレは動いた。
打ち合わせは特に必要ない。
目と目で役割を決め、散開する。
尊は校門へ向かう埴生の左から、田中は正面、川野は後ろ、三方向からじりじりと近付く。
埴生の右側はグラウンドで、金網の塀があるので逃げ込みにくい。
「おい」
尊が声をかけると、怪訝そうに埴生は立ち止まった。
「お前、2-Bの埴生やな?」
誰だこいつと言いたげな目が、一瞬後にギョッとしたように見開かれる。
狂犬と噂されている『最凶トリオ』№1『小波中のハヤカワ』だと気付いたらしい。
あわてて校門へと駆け出した埴生の行く手を、殺気をひそめた田中が阻む。
「まあまあ、そんなビビんなよ」
行く手を阻んだのが『最凶トリオ』№2の田中、後ろから弄るように声をかけてきたのが№3の川野だと気付き、埴生の顔に一瞬、絶望が過る。周囲を探るが助けてくれそうな者はいない上、『最凶トリオ』たちが単に遊び半分に声をかけてきたのではないたたずまいであるのを、埴生は本能的に覚ったようだ。
たたらを踏むように立ち止まると彼は、ひとつ大きくため息をつき、不穏な気配を漂わせながら薄く笑んでいる物騒な先輩を見渡した。
「あの。ナンか用ですか?」
ややビビりながらも真っ直ぐ尊の目を見て、埴生は言った。
一般人の優等生にしては、なかなか肝が据わっている。
尊はほくそ笑んだ。このくらい鼻っ柱が強くなければ、シメ甲斐がないというものだ。
「用というほどでもないねんけど、ちょーっとお前に訊きたいことがあってな。手間取らせへんし、付き合うてんか」
尊は穏やかにそう言う。
穏やかさの中に剣呑さを潜めるのは、当然お約束だ。
埴生は顔をひきつらせる。
「オレ、僕の方には話なんかないです。急いでますから失礼します」
そう言って駆け出そうとした埴生の向こう脛を、田中が軽く蹴った。
痛みと不意を突かれたことで、埴生はよろめく。
尊はすかさず胸ぐらをつかみ、まあコッチ来いやと言いながら、埴生を体育館の裏へ引きずっていった。
『最凶トリオ』は三人とも、体格でいうなら並みか並みより華奢だった。
それもあって他校のヤンキーにナメられ、絡まれることが多かったのかもしれない。
今だって埴生の方が上背もある。
だが、こちらが三人いるからだけでなく、尊たちは、醸し出す雰囲気で完全に埴生を圧倒していた。
青ざめた顔で、埴生は胸ぐらをつかむ尊を見ていた。
怯えているのだろう、目が泳いでいる。
「そう手間は取らせへん。二、三質問するから正直に答えてくれや」
「は、はあ……」
「昨日お前は、図書室で会うた林と、一緒に帰ったんやてな?」
その刹那、埴生の目の色が変わった。
「ええ……まあ。せやけど、それが何か?」
冷え冷えとした声で埴生は言う。憎々し気にこちらを見る目には、さっきまでの怯えはない。
(はあ?ナンやねんこいつ。急に雰囲気変わりよったな)
一瞬違和感を覚えたが、キッとにらんでくる埴生に、良くも悪くも手ごたえを感じた。
そちらがその気なら、こちらも遠慮しない。
「一緒に帰ったこと自体はどうでもエエねん。ただお前、林を家の前まで呼びつけて五千円札渡して、もう関わってくんなとか何とか、言うたらしいやんけ」
埴生は大きく息をついた。
瞳には怯え以上に、強い怒りが見える。
「ええ。言いました。こういうメンドくさいことに巻き込まれたなかったからですよ、先輩」
言いながら埴生は、尊の手を振りほどこうとした。
すかさず田中が埴生の脇腹を小突いた。
大して力など入れていないが、ソコソコ痛いであろう絶妙な加減の小突きだ。
身体をくねらせ、埴生はひるむ。
「メンドくさいこと巻き込まれたなかったら、クチでそう言うたらエエねん。金でトモダチの面はたく、イヤラシ大人みたいな真似しくさって……、おい林」
少し離れたところで硬直している、ヘタレな後輩ヤンキーに尊は声をかける。
「林、お前もナンか言うたれ」
「林!」
不意に埴生が叫ぶ。
「昨日関わってくんなって言うたやろが!関わってくるんやったら五千円返せ!お前のソンケーする先輩は所詮、こうやって脅して金取るような……」
尊の頭がガッと沸騰した。
「この、クソガキィ!」
一瞬、理性が飛んだらしい。
尊は埴生を引きずり倒し、肩甲骨の辺りに体重をかけて肘を落とす。
ヤツはヒッと息を呑み、うめき声も立てられずうずくまった。
尊はほくそ笑んだ。
背徳にも似た隠微な悦びに、背筋がゾクゾクする。
「おい、やり過ぎやぞ」
川野の苦い声に、尊はふと我に返った。
一度深呼吸してから頭を振る。冷静になれと自分に言い聞かせた。




