11 十五歳の厳冬Ⅱ②
絶句、という言葉を体現した状態で硬直しているツレたちの顔を見渡し、尊はかすかに苦笑した。
さぞ思いがけなかったのだろう。
当然だ。
尊自身が一番、思いがけないのだから。
小波中入学以来、喧嘩で無敗を誇っている尊であるが、実は自分から仕掛けたことはない。
そもそも尊は生まれつき、誰かと揉めたり喧嘩したりするのは嫌いだった。
弱い相手をいたぶって喜ぶ心理状態は、母を殴ったり金をせびったりする最低男たちと同じだと、本能的に知ってもいた。
あんな連中と同じことをするなど反吐が出る。
それに、泰夫に武術を教わった最初の頃からずっと言われ続けてきた戒めが、いつの間にか尊の心身にしみついてもいた。
泰夫はよくこう言う。
エエか、お前に教えるのはあくまで『護身術』や。
これは身を守るための技で、他人を傷めつける為のモンやない。
要するに勝つ為の技やない、負けへん為の技や、忘れるな。
俺は強いから弱い連中なんぞいてこましたったらエエねんとか、絶対に勘違いすんなよ。
最初の頃、泰夫が何故くり返しこんなことを言うのか、よくわからなかった。
が、皮肉なことに、他校のヤンキーどもから何度も喧嘩を仕掛けられうんざりする過程で、尊は、おぼろげながらも泰夫が言わんとしていることがわかってきた。
喧嘩や暴力など、結局は憂さ晴らしなのだ。
憂さ晴らしで馬鹿みたいに殴り合い、たとえ勝っても虚しいだけ。
ましてや、喧嘩する為の心得も基本の技術もない一般人をいたぶるなど、イジメ以外のなにものでもない。
イジメなど、相手はもちろんこちらも気分が悪い。
だから尊は『気に入らない』『ムカつく』などという下らない理由で、パンピーのだれかれをシメるなど思い付きもしなかった……今の今までは。
その辺の機微は、尊に近しいツレほどわかっている筈だ。
ここにいる後輩たちにも、尊がだれかれかまわず安易に絡んだり暴力をふるったりするような『兄貴』ではない、という信頼があろう。
その尊の口から『シメる』などという穏やかでない言葉が出てくれば、驚いて当然というものだ。
実際、田中も川野も目をまんまるに見開いている。
「あー……その。シメるっちゅうても。別に死ぬほどどつきまわして、再起不能にする訳やないで」
硬直しているみなを見渡し、少し困ったような笑みを作って尊は言った。
「まずは埴生に、自分がどんだけ林に対して失礼な態度を取ったのか、よーくお話してわかってもらうつもりや。それでも理解しやがれへん場合はまあ、ちょっとは痛い目に合うてもらうかもしれんけど。その辺は、埴生の態度と自覚次第やな」
「おい」
不意にぼそっと、呼びかけてくる者がいた。
田中だ。
「お前。それ、一人で行くつもりか?」
それこそ思いがけない問いに、尊はキョトンとする。
「は?いや、パンピーの後輩とお話するだけやし、俺ひとりで十分やろ?……ああ」
視界の隅で不安そうな目で畏まって座っている林に気付いた。
「林は連れて行く。コケにされた本人抜きで、勝手に話するんもナンやしな。……それでエエな、林」
おびえたように瞳をゆらした後、林は
「はい」
と、小さく答えた。
「俺も行く」
突然田中が決定事項のようにそう言うので、尊は驚いた。
「要は、埴生とか言うヤツの鼻っ柱へし折って、ハンセイさせるんやろ?ほしたら、林のウシロで怒ってるヤツはハヤカワだけやないでっちゅう圧をかけた方が、そいつもスムーズにハンセイするんやないか?」
据わった目でそう言う田中が、尊と同程度以上このことに怒っているらしいと、初めて尊は気付いた。
「ああ?あー、いやでもそこまで……」
「ほんなら俺も付き合う」
尊の言葉をさえぎるように、川野が言った。
こういうヤヤコシイことをするからには、最初からツレにも後輩にも状況を説明して話を通しておいた方が面倒がないと思い、連中を呼んだだけなのだが。何だか、予想以上に大ごとめいてきたではないか。
川野は不意にニヤッとした。
「お前らだけやとナンか、危なっかしいからな。この川野啓サマが調停係兼ねて、埴生なんちゃらとかゆうボクちゃんとのお話し合いに、参加さしてもらうで」
あきれた気分で尊は、小学生時代からの親友たちの顔を見た。
むっつりとした昏い目をした田中、ヘラヘラした態度を装いつつも目は笑っていない川野を見ているうち、一緒に行くしかないかとでもいうあきらめの気分が湧いてきた。
埴生次第とはいえ、五分五分以上で暴力沙汰になると思っている。
というか、二、三発どつかなければ尊の気がおさまらない。
ただパンピーをシメるのだ、今までのような不良同士の喧嘩とは違ってくる。
問題になる可能性が高い。
その場合、自分だけが泥を被ればいいと思い、尊は一人で行くつもりだったのだが……。
(いや。こいつらにも来てもらった方がエエかもしれんな)
我を忘れて埴生をシバき上げる危険があるのを、尊自身、胸の底でうっすら自覚している。
ツレがそばにいた方が、自制が利くかもしれない。
「……わかった。ほんならお前らにも一緒に来てもらう」
尊は言い、新しい煙草に火を点けて深く吸った。
後輩たちは皆、こわばった顔で互いを見ていた。




