10 十五歳の厳冬③
市立病院から戻った頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
駐輪所に自転車を止め、街灯を斜め上から浴びながら尊は、自宅であるアパートの一室へと移動する。
泰夫が入院して以来、ツレたちは遠慮もあって尊の部屋へ来なくなった。
尊自身が放課後は泰夫の見舞いに行く毎日だから、そもそも部屋にいる時間も少ない。
最初の頃は、泰夫の怪我がひたすら心配だったからか、連中が部屋へ来なくても何も感じなかった。
が、こうして一月ほど経つと少し気分も変わってくる。
泰夫がゆるゆると治ってきているのを実感し始めて、気持ちが落ち着いてきたのかもしれない。若干煩わしいほど毎日来ていたツレや後輩が、一人も来ない日々が寂しいというか、侘しくなってきた。
しばらくは来やんといてくれ、と言ったのは自分なのに、わがままな話だ。
思い、苦笑を含みながら尊は鍵を回した。
パーン、という間の抜けた音がして、尊は鍵を回していた手を止める。
こらえ切れないような笑声が響き、近くの建物の陰から数人の少年たちが小走りに出て来て、わらわらと尊のそばへ寄ってきた。
「……なんや、お前らか」
一瞬、他校の不良どもかとぎくっとしたが、寄って来る面々はツレや後輩たちなので脱力した。
「メリークリスマス!」
左手に持った空っぽのクラッカーを振り回しながら川野が言うと、後輩たちが
「メリークリスマス!」
と唱和して、油とスパイスの香りがプンとする箱を差し出した。
フライドチキンだ。
そうか、そう言えばクリスマスシーズンだったなと、尊はぼんやり思った。
「小波中学のサンタクロースのにーさん達が、早川尊くんにクリスマスプレゼントや!まあ、俺らの分も買うきてるから、ホンマ言うたらプレゼントとは言い切れんねんけどな」
川野が言うと、田中がぶっきら棒に白い封筒を差し出す。
「ホンマのプレゼントはこっちの方かもしれんな」
意味がよくわからないまま、尊は封筒を受け取る。
「俺らからの気持ちや」
やはりよくわからないまま封筒の中を覗き、尊は慌てて突き返す。
「おい、こんなん貰う訳にいかんぞ!」
封筒の中身は、それなりの枚数の千円札だった。
「まあそう言うなよ」
ふっと川野が真顔になる。
「俺、親戚に医者がおるから知らんでもないんや。入院中ってのは、細かい金がチマチマ必要になってくるもんやろ?洗濯ひとつでもコインランドリー使わなならんし、お茶やらミネラルウォーターやらも欲しい。シャンプーやら石けんやら、歯ブラシや歯磨きも。大金はいらんけど小銭はいる、そやけど小銭ゆうてもチリツモで、結構馬鹿にならん。お前も見舞い行くたんびに、バス代やらタクシー代やら、最低でも駐輪場代くらいはかかるやん?……馬鹿にならんやろ?現金て、ナンか、いやらしいかもしれんけどやな。今、お前にとって一番役に立つのは現金や。俺らそない思てん」
「最初は俺ら、ハヤカワさんの叔父さんに何かお見舞いをって考えたんですけど」
林が言う。
「何がエエか、全然わからんで。ほんで先輩方に相談したらカワノさんが、現金でエエんちゃうかって。元々俺ら、小遣い出し合ってナンか買うつもりやったんですけど、それをそのままお渡しした方がエエんちゃうかって……」
「そう言うこっちゃ」
田中はぼそっと言うと再び封筒を差し出し、半ば強引に尊にそれを握らせる。
「非常時やねんから、遠慮すんな」
絶句するしかなかった。
たとえ田中や川野のような親しいツレであったとしても、尊は金のことなど言うつもりは無かったし、実際一言も言っていない。
それでもこいつらはなんとなく、尊の、金銭的に追い詰められている気分を察しているのかもしれない。
そして『クリスマスプレゼント』あるいは『泰夫への見舞い』という名目にすれば、尊も金を受け取りやすいと考えたのだろう。
母への情けなさで浮かんできた涙とはまったく違う、熱い涙が浮いてきたが照れくさいので、あわてて瞬きをして散らす。
鼻をすすり、尊は笑みを作った。
「……そっか。ほんなら遠慮せんと貰うワ。ありがとう。マジで助かる」
後輩たちがほっとしたように笑った。
尊の『マジで助かる』には万感が籠っていたが、それをわずかなりとも察していたのはおそらく、田中と川野だけだろう。二人は一瞬、心配そうに顔を曇らせたがすぐに笑みを作った。
「よっし!それはそれとして、はよウチ入ってみんなでチキン食お!コッチは寒い中、すきっ腹でお前を待っとったんやで。ちょっと早いクリスマスパーティや!」
明るい声でそう言う川野へ尊もうなずき、鍵を回して扉を開けた。




