8 中三の初夏④
腕をかばう為、尊は出来るだけ脚を使う。
最初にひっくり返った男のようにはいかないが、むこうずねを蹴って悶絶させるくらいは、あと二人ほど出来た。
わめきながら覆いかぶさってくる相手に、尊は舌打ちする。
低くなっていた姿勢から、尊は素早く身体を起こす。
起き上がりざまに身体をひねり、大振りをかましてくる相手の攻撃を避けて、肩や背中を使った体当たりで攻撃した。
そういう動きを予想していなかったのか、兄さん達の動きが怯んだよう鈍くなる。
(……こいつら、とことんシロートやな)
胸ぐらをつかんで凄む以上の実戦経験はなさそうだ。見た目通り『パシリ』レベルの半端者らしい。
それでも連中は、こちらよりずっと身体がでかいし力もある。捕まると面倒だ。
敏捷なのはこちらだから、そう簡単に捕まる訳ないが。
田中や川野もいい感じに踊っている。
特に田中の動きはいい。
こいつには生まれつき武術のセンスがあるのだろう。
鍛錬の見様見真似だけで田中は、尊が習った護身術をある程度以上身に付けてしまい、おそらく今では尊より強い。
一見、面倒くさそうな緩慢な動きに見える田中の身のこなしだが、最小限の動きで確実に相手へ、致命ではないキツイ痛みを落としている。
本気で鍛えればすごい使い手になりそうだと思い、尊は何度か、真面目に武術をやったらどうかと田中へ勧めたが、本人にその気はない。
川野ももちろん悪くない。
こいつは、口で挑発したり油断させたりしながら不意打ちする、というようなトリッキーな戦い方が得意だ。
ある程度以上レベルの高い相手には通用しにくいが、今回レベルの兄さん達を翻弄するにはちょうどいい。
頭に血をのぼらせた馬鹿どもが、いいように川野に遊ばれている。
兄さん達にダメージが蓄積しているのがわかる。
ついには全員、よろめいて座り込んでしまった。
「お前ら……」
ギラギラした目でリーダー格の男がにらむ。
「お前らホンマ、ナニモンやねん。マジで中坊か?強すぎやろがっ」
情けないことを言う兄さんへ、苦笑まじりに尊は言う。
「マジで中坊やで。小波中3年D組のハヤカワや」
「……ハヤカワ?」
兄さんの一人が、ハッとしたようにこちらを見た。
「ハヤカワてお前、ひょっとして津田興発の早川泰夫の親戚か?」
思いがけない人間から思いがけなく泰夫の名を、勤め先込みフルネームで呼ばれてさすがに驚く。
「早川泰夫は俺の叔父や。アンタ、ナンデ知ってんねん」
げ、マジか、とでもいう声が出て、兄さん達の目の色が変わった。
「マズいぞ。こいつ、あの早川泰夫の関係者やで。あの男は野崎のジジイの子飼いの犬や、これ以上関わったらメンドクサイことになるぞ」
連中は怯えたようにそう言い合い、慌てて立ち上がると蹴つまずきそうになりながらも、よろよろと逃げていった。
尊たちは茫然と、連中の後姿を見送った。
(……ヤッちゃん。『あの』早川泰夫、とか言われとるぞ)
チーマーくずれに名ァ売ってて、本気でビビられてるって……一体どういうこっちゃねん。
ひょっとして『津田興発』って……。
「おい」
怪訝そうな顔で田中が声をかけてきた。
「ナンやようワカランけど。お前の叔父さん、ここら辺のワル共にメッチャ名前売ってるみたいやな?」
川野も首をひねって言う。
「津田興発って、確かこの辺に事務所あるはずやけど。おいハヤカワ、ひょっとして……」
「知らん」
尊はぶっきらぼうにツレの言葉をさえぎる。
ひょっとして堅気の会社でないのか?
要するに、やーさんなのか?
川野の言いたい疑問は尊の疑問でもあるが、少なくとも今、そこから目をそらせたい。
最低限、泰夫から直接話を聞いてから判断したいではないか。
(……なるほど。俺のウシロにヤクザの幹部がおるとか何とか、しょうもない噂があるのんはこのせいなんやな?)
事の真偽はともかく。
知る人ぞ知る『あの』早川泰夫の甥となると、物騒なコネ持ちだと思われても仕方ない……のかもしれない。
(おいおいカンベンしてくれや。やーさんとか、シャレで済まんぞ)
げんなりした気分で尊は思う。
泰夫が若い頃、ちょっとヤンチャしていたという話は尊も聞いたことがある。が、只今現役のヤクザだったとしたら、『ヤンチャ』などという可愛らしい話では済まない。
「……ハヤカワさん」
殴り合いが始まったと同時に、とんで逃げていた後輩たちがそろそろと戻ってきたようだ。
声に振り返る。
林が異様にキラキラとした目で尊を見ていて、ちょっとたじろいだ。
「ハヤカワさんも先輩方も、メチャメチャ強くてメチャメチャ格好いいですね!俺、今まで以上にハヤカワさんに惚れました!俺はこれから一生、ハヤカワさんについて行きます!永遠にハヤカワさんの舎弟です!」
ナニしょーもないこと言うてるねんと苦笑いしつつ、尊は、根元が少し黒くなり始めている林の茶髪の頭を軽くはつった。




