7 それから④
尊は小学五年生になる頃から、母への殺意を胸に生きていた。
泰夫に、本格的に武術を習うようにもなった。
そんな小学生など、同い年の少年少女の中で異端の空気を醸して当然だ。
尊には元々、特別に仲のいい友達はいなかった。
それでもそれなりにクラスの中へ溶け込み、学校生活を送っていた。
他人の顔色、それも子供の心を読むなど、特殊な環境で苦労して育った彼にとって容易い。ほとんど無意識のうちに彼は、木の葉に擬態する蝶のようにクラスの中へ埋没し、上手くやり過ごしてきた。
しかし同い年のガキ共に気を遣うなど、昏い大望を抱いている彼にとって馬鹿馬鹿しい以外の何物でもなかった。
それより自分のやりたいこと、やるべきことにだけ力を向けることにした。
尊は休み時間になると教室から出て行き、校舎の陰で泰夫に教わった武術の型をさらった。
雨の降る日は仕方なく教室にいるしかないが、窓から外を眺めるふりをして母を殺す手順をぼんやり組み立てたり、疑問点を整理したりした。
「おい」
そんなある日、話しかけてきた者がいた。
五月の半ば、うざったい雨がしょぼしょぼ降る日だった。
うるさいなと思いながら振り返ると、学年の初めに『おうちの都合で』引っ越してきたという少年が怒った様子で立っていた。
怒っているからだけでなく、彼が、やり場のない怒りや不満を押し込めたような、尊と同類の瞳をした少年なのだと、その時初めて気付いた。
「どうでもエエけどお前、係の仕事、ちゃんとせえよ。忘れてるみたいやけどな、お前、黒板消し係やろ?黒板消し係は俺とお前の二人しかおれへんのやで?今まで俺ひとりでやっとったんやぞ」
かなり怒った声でそう言われ、尊は目をむいた。
そう言えば、学年の初めにそんなことを決めた。
給食当番や掃除当番は、動く人数も多いしやらないと速攻で指摘されるから気付けたが、こういう細かい係の仕事は完全に頭から抜けていた。
転校生である彼は、おそらく今まで遠慮していたのだろう。
遠慮して、黙って独りで係の仕事をやっていただろうが……、さすがに堪忍袋の緒が切れたらしい。
尊は本気で申し訳なく思った。
きちんと頭を下げて真面目に彼に謝り、黒板消しを受け取って丁寧に板書を消した。
その少年が田中祥平だった。
両親が離婚したので、年の離れた兄に引き取られる形で小波へ来た、が『おうちの都合』だと程なく知った。
家庭がややこしいという共通点のせいか、尊は少しずつ田中と親しくなっていった。
いつしか二人で一緒に、泰夫に習った武術の型をさらうようになり、そうこうしている二人へ隣のクラスの川野啓という少年が寄ってきた。
面白そうやな教えてくれよ、と、話しかけてきたのだ。
川野は、明るくひょうきんな雰囲気のある少年だったが、やはり瞳に尊や田中と共通の陰がくぐもっていた。
尊にとって田中と川野が、初めて本当の意味で友人と呼べる存在になった。
中学生になった。
なった途端、先輩ヤンキーに尊と田中、川野の三人は目をつけられた。
小六になる頃にはすでに、あの三人は怖いという目で校内で遠巻きにされていた尊たちだ。
別に悪さなど何もしなかったが、尊たち三人がフィジカル的に強いこと、尋常ではないレベルの荒みを抱えていることが、周りにいる子供たちにじわじわと、波動のように伝わっていた。小学校でのその噂が、すでに中学側へと流れていたのだろう。
校門付近でいちゃもんをつけられ、意味もなくシバかれそうになったので、逆に三人で先輩たちをシバきあげておいた。
連中は、とんでもなく偉そうにしていた割には根性がなかった。
以来、尊たちを見かけるとこそこそ逃げるようになったのだから、笑うに笑えない。
ただそのせいで、校外のヤンキーの誰彼に煩わしい興味を持たれてしまった。
散発的に周辺中学のヤンキーたちが、彼らにちょっかいをかけてくるようになったのだ。
尊ひとりあるいは田中や川野と、その馬鹿たちを次々退けているうちに、三人はいつの間にか『近年稀に見るバリバリのヤンキー』と呼ばれるようになっていた。
中二になる頃には尊・田中・川野の三人にかなう中坊など、市内にいなくなっていた。
『小波中のハヤカワ』の誕生だ。
意図する前に尊とツレは、いっぱしのヤンキーとして顔を売ってしまった。
ヤンキーになるしか、道がなかったとも言える。




