1 卒業の春 2 中二の晩秋
1 卒業の春
早川尊は今日、中学校を卒業した。
どうせクソみたいな学校生活だったのだ、卒業してせいせい……なのだが。どうも胸元がすうすうする。春先の冷たい空気のせいだけではなさそうだ。
(寂しい、んか?)
思い付いた言葉にぎょっとし、あわてて意識から追い出す。
式の間中はそんなこと、ちっとも感じなかった。
むしろ、真面目くさって祝辞を述べたり卒業証書を手渡したりしている学校長の様子も、しゃちこばって証書を受け取っている卒業生代表の様子も、尊には滑稽でならなかった。
(チューガク卒業するくらいで、ナニを仰々しいことやっとんねん。アホか)
受け渡しされる卒業証書が、どこか名の通った大学の卒業証書だとでもいうのなら今後もハッタリに使えよう。しかし中学の卒業証書など、ケツふき紙にすら使えない、ゴミだ。少なくとも尊はそう思う。
だからといって卒業式を無意味だと思わないし、まして『派手に暴れて最後のひと花を』とかの、やんちゃで済まない馬鹿をする気などない。『小波中のハヤカワ』といえばちょっとは名の知られた不良だが、そういうのは、なんと言うか尊の美意識に反する。暴れたいのならヤンキー同士で、ヤンキーだけがいる場所で暴れればいい。一般人も沢山いるところでいきがるなど、逆にカッコ悪い。
この辺の感覚はもしかすると、『素人さんには迷惑かけない』としていたらしい昔のやくざの矜持に近いのかもしれない。西暦2000年を越した21世紀の人間としていささかアナクロだと、尊自身思わなくもなかったが、カッコ悪いものはカッコ悪い。
それに……パンピーを巻き込むのは正直、心底うんざりだ。不意に苦いものがこみあげてきたので、尊はあわててその思いに蓋をする。
「ハヤカワ、タケル」
卒業証書を授与される者、として名を呼ばれた。どこか探るような担任の目の色に失笑したくなったがぐっとこらえ、真面目にはいと答えて尊は起立した。
すうすうする胸元を持て余しつつ、尊は、黒い筒に入った『ケツふき紙にすら使えないゴミ』を弄びながら独り帰る。
途中で何処かのゴミ箱へ筒ごとブチ込むつもりだったが、あいにく頃合いのゴミ箱はなかった。別に、適当にその辺へ放り投げれば良さそうなものだが、モノがモノだけにしっかり名前が書かれている。不用意に捨て、お人好しにでも拾われたら戻ってくる公算が高い。そのお人好しに、卒業証書を落としたマヌケと思われるのもムカつく。だから彼は『ケツふき紙にすら使えないゴミ』を、そのまま持って帰る羽目になった。
式に出席してくれた叔父の泰夫は、仕事の都合で会社へ帰った。こんな日であっても尊の日常は大きく変わらない。泰夫が仕事から帰ったらお祝いに何処かで晩飯を食べようという約束はしているが、まあそんなところだ。しかしチューガク卒業など、そのくらいの低いテンションでちょうどいい。
そんなことをつらつら考えながら自宅のボロアパートの近くまで来た時。
人影が動いた。
「ハヤカワさん」
やや上目遣いで、阿るような気弱な笑みを口許に浮かべている少年。根元が黒くなったパサついた金色の髪、一応はスカジャンめいたど派手な刺繍の黒のパーカー。
林だ。直接話をするのはずいぶん久しぶりのような気がする。
「……よう」
やや緊張しながら、尊は曖昧な挨拶でお茶を濁す。林はちらっと尊の手の中の黒い筒を見、笑みを作る。
「ご卒業、おめでとうございます」
そして四十五度にきっちり頭を下げる。
林のそのたたずまいが、尊は妙に懐かしかった。
そう……こいつは行儀がいい。どうしようもないヘタレだが、基本の基本がきっちりしている。おそらく親が、小さい頃からこいつをきちんと躾けてきたのだろう。そこまで思い、尊はふっと小さく息をつくと林へ言った。
「ま。せっかく来たんや。上がっていけや」
そして自宅のドアへ向かう。
「おじゃまします」
そう言うと林はもう一度頭を下げ、尊の後ろへついてきた。
2 中二の晩秋
林と出会ったのは、尊が中二の秋の終わり頃だ。
その日、尊は学校帰りにツレとだらだらとしゃべくった後、買い物がてらの退屈しのぎとでもいうつもりで、普段は行かない大きいスーパーマーケットへ行った。
そしてそこのゲームコーナーで、当時中一だった林と初めて出会った。
出会った、というよりも、見つけたと言う方が正しいのかもしれない。
教科書類の詰め込まれた重そうなリュックを足元に置き、ディスプレイを睨むように見つめている童顔の少年に、尊はまず違和感を持った。
こんな時間(午後七時に近かった。晩秋の午後七時など真っ暗だ。良い子はおウチで晩御飯か、さもなければ学習塾だろう)まで制服でうろついている者は、大抵ワルかワル予備軍だ。でもその少年からはそういう匂いがしなかった。
ゲーム機の前に座り、少年はゲームに集中している。
目はディスプレイを睨んでいたが、肩から下には余計な力が入っていない。尊にはそのたたずまいが、喧嘩の強い奴の立ち姿を連想させた。
その印象はあながち間違いでもなさそうだ。
彼はその時、シューティングゲームの一種をやっていたが、実に的確に弾を撃って的を落としている……らしい。時々ディスプレイが派手に光り、足元でじゃらじゃらじゃら、と音がする。結構コンスタントにメダルを出しているようだ。
(ふええ。コイツ、ゲームの達人やな)
尊には真似できない芸当だ。
たまにだが、尊もこういうゲームで遊ぶ。決して嫌いではない。叔父貴に小遣いをもらった時なんかにいそいそとトライしてみるのだが、それなりの量の百円玉と引き換えたメダルは、瞬くうちに機械の腹の中へと飲み込まれてしまうのが常だった。苛立ちまぎれにゲーム機を蹴っ飛ばしたことも、一度や二度ではない。
しかしこの少年はおそらく引き換えた以上、それもかなりメダルを増やしているだろう。この手のゲームがここまで上手い奴など、尊の周りにはいない。軽い尊敬の念さえ抱いた。
この少年に、寂しいような荒んだような気分があることは、こちらもご同族みたいなもの、肌でわかる。が、ワルの気配というかヤンキーくささというか、そんなのは感じられない。ちょっと変わった奴やな、と、尊は興味を引かれた。
『ゲームの達人』は、目の前のゲームにしか意識がない様子だった。尊は近付く。
「よう。お前、ゲーム上手いな」
声をかけた。
驚いたように『ゲームの達人』は顔を上げた。ブレザーの襟に付いた学年章から一年生だとわかったが、一年生としても幼い顔つきだ。
しかしその童顔は、よく見ると可愛らしい。有名なアイドルグループの、イケメンではなく愛嬌がウリのナントカという男に、ちょっと似ているような気がした。
尊が誰だか、一瞬後に『ゲームの達人』は気付いたらしい。鋭い怯えが閃き、慌てたように左手をブレザーのポケットへ突っ込んだ。おそらく、小銭か何かを隠したのだろう。
パンピーの下級生にとって自分がどういう存在なのか、尊とて知らない訳ではない。
近年稀に見るバリバリのヤンキー。
他校のヤンキーと喧嘩ばかりしている狂犬。病院送りにしたヤンキーは二ケタを軽く超えている。
それでも警察に捕まらないのは、ヤクザの幹部がウシロにいるかららしい。
そんな、あきれるほどバカバカしく肥大した噂が流れていることも(警察に捕まらないのは、単に捕まるほどのことなど何もしていないからだ)一応知っている。不本意だが、ヤンキーをやっている以上はそういうことをあれこれ言われても仕方がない。
が、別に尊はこの少年をいたぶりにきたのでもカツアゲしにきたのでもない。他人は信じないだろうが、尊はカツアゲなどしたことない。何と言うか……そもそも、美意識、とでもいうものに反する。
弱そうなパンピーから金品を巻き上げる『カツアゲ』など、ただのゴートー、犯罪だ。校則を破るとか授業をさぼるとか、ヤンキー同士で喧嘩をするとかとは、何かが絶対的に違う。少なくとも尊はそう思う。
しかし、この少年のようなパンピーが自分に声をかけられれば、そんな類いの警戒をして当然だ。尊は軽く苦笑いをしつつ、近くにあった椅子を引きずってきてやや強引に彼の近くに座る。少年は無意識に身体を引いた。目に落ち着きがない。逃げる隙をうかがっていること、モロバレである。
(そんなに怖がんなや)
内心でつぶやき、尊は笑顔を作る。怖いヤンキーがにこっとして意外だったらしい、彼の目に驚いたような色が浮かぶ。
「いやな、俺はゲーム、下手くそやねん、キライやないねんけどな。上手い奴のプレイ、見てる方が気ィ楽やし好きやねん。邪魔せえへんから、見ててもエエかな?」
出来るだけ穏やかに尊は言った。少年はさらに驚いたように目を見張り、
「ど、どうぞ」
と、もごもご答え、再びディスプレイへ目を落とした。
最初はそばにいる尊の気配を気にしていたものの、彼は『ゲームの達人』だ。次第に集中が戻ってくる。感情が消えたような据わった目で、的確にボタンやスティックを操る。デカい的を鋭く撃ち抜き、呆気にとられるほど大量のメダルを機械の口から吐き出させる、それも何度も。
「おお……スゲ」
神業やん。
尊は本気で、この気の弱そうなパンピーの少年を尊敬した。
それが林邦彦だった。
あの時、俺が林に話しかけたんが……そもそもの間違いやったんかもしれん。
尊はこのところちょいちょいそう思う。自分にとってと言うより、林にとって。ヤンキーをやる必要のない者をヤンキーへと引きずり込んでしまった責任、みたいなものを感じる。
その道を選んだのは林自身だろうが、きっかけを作ってしまったのは尊だ。あの日のあの時、尊が林に話しかけなければ……林はヤンキーをやることはなかったのかもしれない。
そして心に不要な傷を受けることもなかったのかもしれない。そんな気がする。
もちろん、今となっては言っても仕方がないことではあるが。
その日以降、尊はゲームコーナーへ行くことが増えた。
林は大抵、いた。
何度か会っているうち、林は懐いてきた。『ヤンキー』であろうがなかろうが、尊が人間であり、同世代の少年だという当然のことがわかったのだろう。
そうなると林は急激に懐いてきた、ほとんどすがりつくように。この少年がひどく寂しかったのだろうことが、尊にも察せられた。なんだか昔の自分を見ているようで、胸が痛くなった。
林は尊と目が合うと、ちぎれるほど尻尾を振って飼い主を迎える子犬のように
「こんにちは、ハヤカワさん」
と、満面の笑みで挨拶した。
ゲームの腕前を別にすれば、林は小学生のような男だった。中一も後半になれば、大概みな中学生らしい小生意気なツラになるものだが、林は違う。意識の何処かが小学生のままで止まっているような印象がある。その屈託のない幼さは、年上の者から見れば確かに可愛らしいのだが、そこはかとなく危うい。
そんな印象も同時に、尊は漠然と持っていた。
かと言ってもその頃は、二人で親しくくっちゃべるというほどでもなかった。ちょっとはしゃべるが、林はゲームへ戻るし、尊は林の『神業』を、ジュースやコーラなんぞを飲みながら拝見させていただく、そんな感じだった。
島田が現れたのはそんな頃だ。
少しばかり前の話だ。
尊が小学生時代からのツレであるワル仲間と、津田町のはずれのショボい繁華街で遊んでいた時、小波北中の井関と不本意ながら軽くやり合った。
井関はちょいとばかり、イカレている。
シンナーやら軽めのドラックやらに手を出しているらしく、いつも、どこか虚ろな感じのアブナい目をしている男だ。
こちらは普段井関らを無視しているし、向こうから絡んでくることもない。お互いにそれとなく牽制しながら静かに行き合う、今までそんな感じだった。
しかしその日、井関は虫の居所が悪かったのか新しく試したクスリが思いのほかキツかったのか、いつも以上にイッた目をしていた。ベルトに仕込んだ細いチェーンをいきなり引き抜き、奇声を上げて飛びかかってきたのだ。きっかけも理由も何もない。それこそ狂犬が飛びかかってきたようなものだった。
チェーンだから当たると相当痛い。切れると血が出る。万一目に当たったりすれば最悪失明する。ヒュンヒュンと空を切る音も恐ろし気で、威嚇効果抜群の武器でもある。井関が得意そうに振り回しているのを、尊も今まで何度か見かけたことがある。
が。この手の武器にも弱点がある。いったん敵に、懐へ入られてしまうと……。
「なに、すんねん、離せやっ」
よだれを垂らし、苦しそうに井関はわめく。いわゆる『関節を決められた』状態だ。チェーンを躱して懐に飛び込んできた尊に、井関は素早く身動きを封じられてしまった。思うように腕が動かなければ、せっかくのチェーンも意味をなさない。
「やかましワ。先に突っかかってきたのん、ソッチやんけ」
言い捨て、尊は力を込める。鈍い嫌な音がした。
井関は絶叫する。利き腕の肩を脱臼させた。異様に腕をだらりとさせ、井関は道の上に転がる。井関のツレたちは凍りついたような顔で固まっていた。
「畜生!」
泡をふいて井関はわめく。
「島田さんが……島田さんが、黙ってへんからなっ」
負け犬の遠吠えを聞きながら、尊はツレを促して帰った。ああクソ、メンドくさいことになったなとは思った。
島田の名は知らなくもない。当然……いい噂ではない。が、井関に大人しくいたぶられる気も喧嘩ごっこに付き合う気もないのだから、仕方がない。戦闘不能にしなくては、あのバカはおそらく今日、しつこくこちらへ絡んでくるだろう。
そんな目をしていた。
ぬるくなってしまった桃のジュースをちびちびと飲みながら、その日も尊は林の『神業』を見学していた。
『見学』『拝見』……どうしてもそんな感じになる。林の手さばきを見ていると、自分にはこの手の才能がないということが嫌というほどわかる。
不意に、ちりっとした。
皮膚というか毛穴というかが、何とも言えない違和感をとらえる。熱のような気配のようなものが近付いてくる。本能的にわかる、剣呑な相手だ。己れの気を殺さず、むしろ殺気を発してこちらを威圧する意思を持った者が近付いてくる。
(島田、か?)
すうっと背を伸ばし、呼吸を調える。
気配のする方向に人影が見えてきた。十八、九ほどの男だ。
薄汚い、白いパーカーに破れたジーンズ。
パーカーの身ごろと袖には黒と金でフレア模様が入っている。
傷んだ茶髪は束ね、無造作に後ろに垂らしている。
元の色もよくわからないデッキシューズを履き、たらたらと歩いてこちらへ近付いてくる。
見るからに、趣味の悪いヤンキーファッションのチンピラという感じだが、見かけ以上に剣呑な相手だ。
この目、この殺気、ハッタリではない。
「よう」
パーカーのポケットへ両手を突っ込んだ傲慢な態度で、男は尊の前へ立つ。圧力のある冷ややかさ、とでもいうようなものを発している相手を、尊は静かに見やる。視線を外す訳にはいかない。外した瞬間やられる。
林が息を呑んで固まったのが、背中で感じられた。
男は口を開く。
「お前、ハヤカワやろ?小波中の。ナンや、今日はお取り巻きがたったの一人か?ショボいな」
男はちらっと林に目をやり、冷笑めいた感じに頬をゆがめる。林の気配がさらに強張ったのが伝わってくる。
「こいつは俺の取り巻きなんかやあれへん。俺のゲームの師匠や」
尊は静かに答えた。
林を巻き込む訳にはいかない。
林が戦力外のパンピーなのは島田にもわかるだろう。が、そこを逆手に取られ、人質にでもされたらまずい。尊は目に力を込め、わざと軽く挑発する。
「そもそも俺に取り巻きなんかおらへんで。大体、取り巻きおらんと困るんはアンタの方やろ?島田さん」
ほう、と島田はつぶやく。さすがにこの程度の挑発で逆上するほどバカではないが、林からは完全に、島田の意識はそれた。
「俺の名前、知ってるんや」
「井関が言うてた、捨て台詞みたいにな。島田さんが黙ってへんぞって。
どうでもエエけど島田さん。舎弟の躾はちゃんとしといた方がエエで。あのアホ、そのうちしょーもないことしでかしてケーサツの世話になりよるで」
「へ、お前が言うなや」
島田は言い捨て、失笑した。が、そこで何故か彼は表情を引き締めた。
「まあ。今回に関しては。井関がお前を煩わせたらしいこと、コッチも承知してる。それに関しては詫びを言う。すまんかった」
どうやら井関は、島田に言いつけて逆にシメられた様子だ。尊は少し安心し、身体からも若干力が抜けた。
しかし、島田の目がにわかに鋭く光った。
「でもな、あんまり……エエ気にはなるなよ。調子こいてウロチョロされると、コッチも黙ってる訳にはいかんようになるからな」
そうきたか、と尊は思う。釘は差す、という訳だ。
しかしそこで、島田の目が何故か急に、ふっと柔らかくなった。
「お前……ガキのくせになかなかエエ面構えやんけ。井関やのうてお前が舎弟やったら良かったってちょっと思うワ、いや、マジで。俺は……お前とは喧嘩したないねん」
かすかな親近感、だが甘えや増長は決して許さないという緊張感。島田の目と言葉にはそれがあった。同じものを込めるつもりで尊も応えた。
「俺かってそうですよ、島田さん」
刹那、二人の間に火花が散る。互いの真意を確かめる目の応酬。
やがて島田はきびすを返した。
島田を見送り、尊は息をつく。振り返ると、林は未だに固まっていた。
「スマンな林。びっくりしたやろ?」
尊が声をかけると、ようやく林は我に返ったような顔になり、ちゃんとこちらを見た。
「今の奴。この前ちょっとやり合った、小波北中のヤンキーの先輩でな。半グレっちゅうかナンちゅうか……結構ヤバそうな男らしいんやけど。まあ、今の感じやったら誰彼構わずシバきあげるような狂犬でもなさそうや。せやからお前は心配せんでも大丈夫やで」
出来るだけ安心させるように尊は言ってやる。絶対、とまでは言い切れないが、あの雰囲気なら少なくとも島田本人は、パンピーの林を巻き込むようなセコい真似はしなさそうだ。また、尊の個人的な知り合いでしかない林へ、井関がちょっかいを出してくるのも考えにくい。井関はそもそも、林の存在そのものを知らないだろう。
「ハヤカワさん」
つぶやく林の目が軽く涙ぐむ。おいおい女の子やあるまいし、そこまで怖かったんか?と尊が一瞬呆れた時。林は思いがけないことを言った。
「俺は……ゲームの師匠なんですか?ハヤカワさん」
思わぬところを突っ込まれ、尊は軽く目をむく。
半分は本気だったが、半分は口から出まかせだった。つい決まりの悪いごまかし笑いがもれる。
「え?あ……いやまあ。俺が勝手にそう思ってるだけやけど。すまんな、迷惑か?せやけどお前のゲームの腕前、マジで師匠級やで。俺なんか死んでもかなわへんから、だだ見てるだけのヘボ弟子や……」
「俺はっ」
言葉の途中で林は口をはさむ、ほとんど叫ぶように。基本行儀のいいコイツには珍しい。尊は驚いて口をつぐむ。
「俺はハヤカワさんのゲームの師匠なんかやないです。ハヤカワさんの、舎弟のつもりです」
尊は呆気にとられて絶句する。意味ちゃんとわかって言うとるのんかコイツ、と心の中でつぶやく。林自身、言った次の瞬間戸惑ったように瞳を揺らしたので、ほらみてみいと尊は思った。
が。林の揺れた瞳はすぐに定まった。
顔を上げ、尊を見つめ、この上なく真面目に林はこう言った。
「俺は……ハヤカワさんの舎弟です」
さながら、愛の告白のように。