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ヤマト

 次の日、目覚めるとツヌミがあたしを迎えにきた。

 完全に回復した体は軽く、これまでにないくらいに体調も万全だった。これもすべて、あたしに刻まれた、細胞を増殖させるというコードのおかげなんだろうか?

「さあ、行きましょうか」

 ツヌミが道を指し示す。

「第5層、研究室ヤマトでナミが待っています」

 ついにここまできた。

 生きなさい、という育て親ナギの言葉だけを頼りに、あたしは自分の中に刻まれたコードを知った。

 街の外に蔓延する『放射能』の存在と太陽を知った。

 目の前の扉が開く。

「遅かったな、テラス。待ち侘びた」

 そこには育て親のナギと同じ容姿をした男性が佇んでいた。


 『研究室』と呼ばれるそこは、人々が住む層とも、研究者が住む層ともまた違う、どこか蒼っぽい不思議な色合いの光に包まれていた。

 棚が整然と並び、そのすべてに所狭しと紙の資料が積まれている。両側の壁が迫ってくるような圧迫感に襲われ、思わず左手首に手をやるが、クロスボウを収納したリストバンドは取り上げられてしまっていた。

 ナミは、待ちわびていたかのようにあたしとツヌミを出迎えた。

 その背後には、見た事のない青年が一人、音もなく控えていた。

 まるで炎を思わせる朱金の髪と、同色の瞳。鋭い眼は敵意を持ってあたしたちを貫いていた。羽織って腰帯で止めるタイプの、あまり見たことのない不思議な服に身を包んでいる。

 その視線の鋭さにぞわりと総毛立った。

 この敵意は、いったい何?

 ナミは背後の青年の視線など意に介していないようで、そのままあたしたちを奥まで案内した。

「ここは私の研究室だ。元はナギと共同で使っていたのだがね、彼が街へ逃げだしてからは私一人で使っている」

「ナギはここにいたの?!」

「そうだよ、彼は君たちに埋められたコードの生みの親だ。どう狂ったのか、君を連れて街へと逃げだしたがね」

 忌々しげに言い放つナミの横顔は、どう見てもナギと同じ顔。

 あたしの最後の記憶にあるナギよりも少し若いけれど、顔のパーツは完全に同じだ。声も、体型も、髪の色も瞳の色も。

「ナミ、あなたは何者? どうしてナギとそんなにもよく似ているの?」

「私とナギはある種、兄弟なのだよ。君とミコトがある意味で兄弟と呼ばれるように、ナギは私と同じ遺伝子配列を与えられたのだ」

「!」

 だから、これほど容姿が似通っている……?

 ナミは資料がうず高く積まれた棚の間を抜け、狭い部屋に入った。

「私の最終的な目的は、君とミコト、もしくはヨミのコードを取り出し、それを他の人間にも植えつけることだ。だが、その前に君のコードがどれほどのものか、発現性や限定条件をすべて洗い出さなくてはいけない。効能のしれないコードを安易に使用するわけにはいかないからね」

 部屋の中央に、ちょうど人間が一人、横たわれる大きさのカプセルが一つ。様々な色の線がつながれたそれは、これから起こる実験がいかに複雑で危険なものかを暗示しているようだった。

「これは様々な強さの放射能、光量、化学物質や気圧、気温などに至るまでの条件を変えられる装置だ。君にはここに入ってもらい、何百通りの条件下で実験に参加してもらう」

「何百……?!」

異形オズ化を止めたいんだろう?」

 この人はあたしの弱みを全部分かっている。

 あたしが何を求めるのか、何と言えば断らないかを完全に把握している。

「分かったわ。あたしは実験体になる」

 それを聞いたナミは、再び唇の端をあげる――この酷薄な笑みには、いつまで経っても慣れる事が出来ない。

 が、それを聞いたツヌミが慌てる。

「待ってください、ナミ。今のテラスは岩戸プログラムが働いています。それをどう解除するおつもりですか?」

「大丈夫、所詮感情など電気信号によるパルスにすぎない。どうにでもなるよ」

「……本当ですか」

「無論だ。私とヒノヤギの見解が気にくわないのか」

 ナミは、背後に佇む朱金の髪の青年を示して言った。

 どうやら鋭い目つきの彼はナミと同じ研究者の『ヒノヤギ』というらしい。

「いえ、そういうわけではありません」

 ツヌミは慌てて取り繕うが、まだ納得したわけではないようだ。

 切れ長の眼をさらにいくらか細め、何かを思案している風だった。

「ナミ、岩戸プログラムって何?」

「ナギが亡くなる時、君にかけておいた抑制プログラムだ。記憶と共に、かなり多くの細胞においてコードの活性を抑える働きを持つものだ」

「記憶と……コードの抑制?」

「君は5歳までタカマハラにいた。ミコトとヨミも共にこの場所で暮らしていたのだよ、岩戸プログラムのせいで覚えていないだろうがね。記憶を、ナギの死によって封印し、コード自体の活性も押さえてしまうというプログラムだよ」

「それは……解けるの?」

「いくつかの手順を踏めば解けるようになっている。大丈夫だ、私を信じて欲しい」

「……」

 あたしの記憶。

 久しぶり、と言ったヨミ。俺がどれだけ、と呟いたミコト。

 それをすべてナギが封印した……?

「いいね、私にすべて一任するという事で納得してもらえるかな」

 抵抗しても、あたしには何も出来ないのだ。そのプログラムを解除する事も、コードを誰かに渡す事だって。

「……はい」

 そう答えるしかない。今は、信じるも何も、ナミに任せるしかないのだ。

「では、その前に君がタカマハラに帰ってきた事を祝おう。すでに準備はできているだろうね、ツヌミ」

「はい、研究員全員と街の有力者を第4層のホールに集めてあります」

「すぐ行く。テラス、君もだ」

 促されてしぶしぶ足を前へ進める。

 なんだろう、すごく気持ち悪い。全部うまく進んでいるはずなのに、なぜか不安が消えない。危険だと、何かが叫んでいる。

 ナギがタカマハラを警戒したわけ。あたしの記憶を封印した理由。

 岩戸プログラムの解除。

 このままナミについて行って、本当に大丈夫なの?

 不安を抱えたまま、あたしはナミの後に続いた。


 一人でタカマハラに放り出されたら、とてもじゃないけれど行きたい場所にたどり着くことなどできはしないだろう。ナミの背を見失わないように必死で足を進めた。

 ツヌミが後ろからついて来るが、唇を横真一文字に結んだままだった。

 ナミの背後に控える青年は、とうとう一言もしゃべらず、いつの間にか姿が消えていた。

 彼はいったい何者だろう。

 あたしやツヌミに向かって凄まじい敵意を放っていたが――鋭い視線を思い出してぶるりと震えた。

 大丈夫。あたしはまだ、がんばれるから。

 そう心の中で呟いて、通路の先を見据えた。

「これが終われば、君にも武器を与えねば」

「武器?」

「ミコトには剣のトツカ、ヨミには槍のハクマユミを与えてある。いずれも独立した思考プログラムを持つ電子武器だ。分子分解で君自身に収納する事が出来、他にも多くの機能が付いている」

 するとツヌミが静かに奏上した。

「すでに梓弓のヒルメが完成しています」

「ではヒルメをテラスに。後でヒノヤギをもう一度、私の部屋へ。テラスの実験計画は後ほどサーバーにあげておく。各自確認するようにと全員に通達を」

「御意」

 簡単な指示にツヌミは頷き、いったん姿を消した。

 やはり、この建物のそこかしこに転送装置が付随しているとしか思えない。

「テラスはこちらへ。タカマハラの研究者と街の有力者が集まっている。君がこの場に到着した事を皆に通達する」

 ナミはぞっとするほど美しい笑みを湛えた。

「さあ、カノとウズメにはいくらか罰を与えないといけないね。ヨミも来ているかな? 彼にもそろそろタカマハラに戻ってきてもらおう」

「えっ?!」

 どうしてその名が、しかも罰を与えるとは……?!

 聞こうとしたがその前に、目の前の扉が開き、眩い光が眼前を覆った。



 これまでの光とは比べ物にならない。カグヤで見た太陽と同じくらいに明るいその場所には、人間が敷き詰められていた。それほど広くない空間に100人を超す人々が溢れ返っている。

 あたしとナミは、空間の中で一段高まっているステージに上がった。

 すると、それまでざわめいていた人々がしん、と静まり返った。

 いったいどこから光が漏れているのか分からないが、とにかく明るい。壁も天井も床も、すべてが発光しているようだ。

「誰も求めていない長々しい挨拶は抜きにしよう。本日集まってもらった理由はすでにツヌミから聞いているはずだ」

 静まり返った空間に、ナミの声が響き渡る。

「この度、前総長イザナギと共に行方不明になっていたアマテラス・コードが発見された」

 前総長イザナギ? アマテラス?

 あたしは――

「彼女がアマテラス。私たちに太陽をもたらすコードを持つ少女だ」

 人々がざわめく。

 その中に、見知った顔がいくらか認識できた。

「……ヨミ」

 蒼白な顔をした灰白色の瞳の美少年は、真っ直ぐにこちらを見ていた。

 もちろん隣にいたナミが、ヨミの存在に気づかぬはずもない。

「ツクヨミ、君もこちらへ」

 ヨミの表情が強張る。全員の視線が一斉に彼に向けられたからだ。

 隣にいたカノが息を呑む。止めようとしただが、ヨミは心を決めたように一歩、一歩と足を前に踏み出した。

 あたしの方へ向かって、人ごみがざっと別れて道を作る。

 明るい光のもとで見ると、ヨミの瞳は明るい銀色だった。オレンジに近い茶の髪は、黄金色に輝いている。颯爽とした身のこなし、凛とした眼差しが人目を惹きつけてやまない。

 ゆっくりとステージに上がってきたヨミは、ミコトと対峙した時と同じ、ぴりぴりと緊張した空気を纏っていた。刺すような視線がナミに注がれている。

「ナミ、これは何のつもり?」

「これは保険だよ。テラスを逃がさないための、ね」

「下衆」

 吐き捨てるように口汚くナミを罵ったヨミは、あたしを庇うように立ちはだかった。

「本当によく出来た弟たちだ」

「ミコトはどうしたの? ミコトがいれば僕を手に入れる理由がないはずだけど」

「ああ、彼ならカグヤにいるよ。昨日の昼からずっとだから、そろそろ瀕死かもしれないな」

 刹那、ヨミの空気が豹変した。

 目の前に電撃が走り、ヨミの手に『ハクマユミ』と呼ばれる黒槍が召喚される。

 その切っ先をナミに突きつけ、極寒の敵意を叩きつけた。

 人の波から悲鳴と驚きの声が上がる。

「もう、許さないよ。テラスだけでなくミコトまで……」

「ツクヨミ、君はよく出来た弟だ。そして、よく出来た兄でもあるようだ……詰めが甘いがね」

 キィン、と甲高い音がしてハクマユミが跳ね上がる。

「ナミに刃を向けないでください。例え相手が貴方でも容赦はしません」

 両手にクナイを構えたツヌミがナミの前に立ちはだかっていた。

 先ほどまで何処にもいなかったのに、いつの間に?

 それより、いったんヨミを抑えないと、素手でナミに殴りかからん勢いだ。

「ヨミ、落ち着いて。お願い」

 ミコトはすでにあたしとツヌミが助け出している。今もおそらくツヌミの居室で眠っているはずだ。

 それを伝えないと。

 あたしはヨミの腕を強くひき、自分の方へ引き寄せた。

「落ち着いて。ミコトはもう助けたから」

 耳元で一瞬。

 ひそりと呟いた言葉はヨミに届いただろうか。

 あたしの手の中からヨミはするりと抜け出して、素手でツヌミに向かって行く。

「ヨミっ!」

 あたしの叫びも届かない。

 緩く纏めた漆黒の髪を靡かせ、ツヌミのクナイが翻る。

 間合いを近くとったヨミはその攻撃を掻い潜って鋭い拳を繰り出す。

「やめて、ヨミ……ツヌミも止めて!」

 が、ヨミは凄まじい攻防の合間、一瞬だけあたしの方を見てにこりと笑った。

 他の誰も気づかなかっただろう。

 でも、その次の瞬間にはツヌミの蹴りがヨミの腹を貫いていた。


 後ろ向きに吹っ飛んだヨミの体を支え切れず、あたしも一緒に床に沈んだ。

「テラス!」

 ツヌミの悲鳴が響く。

「少しパフォーマンスが過ぎた。そこまでだ……テラスももう戻りなさい。ヨミの処理も頼んだよ、ツヌミ」

「御意」

 ヨミの下に押しつぶされたあたしを助け起こしながら、ツヌミはナミの命令を得る。

 やっぱりツヌミはナミに逆らわないの? タカマハラの人間なの?

 信じないと誓った心が、忘れたはずの心が震える。

「テラス、私と一緒に来てください」

 ぐったりとしたヨミを担ぎあげ、ツヌミがあたしを促す。

 集まった人の間にカノの心配そうな顔が見えたが、どうする事も出来なかった。


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