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トツカ

 刃が宙に舞う。

「……っ!」

 甲高い音を立てて、折れたヤツカが床に転がった。

 荒い息を整えたミコトはトツカを床に突き刺し、両の拳を握った。

「ヒノヤギぃーっ」

 ばきっ、と鈍い音。

 ヒノヤギの体は後ろ向きに吹っ飛んだ。

 剣の柄もヒノヤギの手を離れ、遠くに飛んでいった。

「……少し、寝てろ」

「言うねぇ」

「うるさい、トツカ」

 仰向けに転がったヒノヤギはぴくりとも動かなかった。

 ミコトはもう一度ナミを睨みつけた。

「拘束する」

 ナミはヒノヤギを一瞥し、笑顔を崩さずにミコトを見た。

「とうとう、私も追い詰められてしまったね」

「タカマハラは、始祖の支配を離れた。タカミは消滅した。ムスヒもヨミが……ミナカヌシも、すぐに俺達が押さえる」

 ミコトはコートを脱いで床にばさりと落とした。

 剥き出しになった肩に、胸元に、そして両腕に多くの傷跡が見える。中にはつい今しがた受けたのだろう、血が滴る傷も多い。致命傷となるような傷は見あたらなかったが、深い傷がいくつも見受けられた。

 その姿に、胸がぎゅっと掴まれる。

 どうして……こんなにまでして……

「話は全部後だ……ミナカヌシの処へ案内しろ、ナミ」

 ミコトの言葉で、ナミは初めて笑顔を崩した。

 ミナカヌシ、という名がそうさせていた。

「テラスちゃん、そんな顔しないでーよっ、かーわいぃ顔がもったいないぜぃっ」

 床に突き刺されたままのトツカが言う。

「トツカ」

「泣かないでくれーよ。そーんな顔してっと、ミコトもかーなしぃんだぜ?」

 本当に、この電子頭脳は規格外だ。

 あたしは、トツカの柄にこつり、と額を当てた。

「……ありがとう、トツカ」

「へへっ、照れるねぃ」

 以前、どうやったらトツカがこんな風に育ったのか、と不思議に思った事がある。

 が、今、あたしは確かに、この剣はミコトが育てた剣である事を実感した。

「テラスちゃん、すっごく辛くて悲しいと思うんだけどーさ、もうちょっとだけ頑張ってくれたりしないかな?」

「うん、だいじょうぶよ、トツカ」

 滲んだ涙を腕で拭い、くすりと笑った。

 トツカは、いつもの軽口をおさめ、ゆっくりと言った。

「辛いかもしんねーし、泣きたいかもしんねーけど、それでも、ミコトがついてるからーさ」

 ああ、そうだね。そうなんだよね――

「生きてくれーよ」

 あたしはその言葉ではっとした。

 最初にトツカの声を聞いてから、これまでずっと引っかかっていた事だった。

 いつも軽口ばかりだから、全然気づけなかった。

「やっと分かったわ、トツカ……あなたの声、ずっとどこかで聞いたことがあると思ってたの」

 そう言うと、トツカは一瞬の沈黙の後、それでも軽い口調で返した。

「なーんだ、気づいちまったーの?」

「ふふ、あなたも知ってたのね、トツカ」

「ヒルメもハクマユミもそうだからーな」

「え?」

「ゼロから電子頭脳は作らねぇーよ。一応のモデルがいるんだーな、これが。神剣トツカは始祖イザナギモデルってーわけさ」

「そうだったの……」

 じゃあ、あたしの持つ梓弓ヒルメにも、ヨミの聖槍ハクマユミにもモデルが?

「しっかし、こーんな口きくようになったのはそのせいなんだぜぃ? テラスちゃんが気づいて惚れちまったら困るだろー? ミコトが強制したってーわけ」

「惚れたら困るって……ナギはあたしの育て親よ?」

「それだけ警戒してたってことさーね。テラスちゃんの気が他に向くのが嫌でしょうがないんだーぜ、あいつ」

 けっけっけ、と笑うトツカがナギと同じ声というのがひどく不思議だった。

 一度気付いてしまうと、もうその感覚は拭えなかった。

「ねえ、トツカ。一つだけ、お願いしていい?」

「んー? 何かーな?」

「あのね」

 あたしがひっそりとお願いすると、トツカは、同じようにこっそりと返答してくれた。

「ひひひ、ファザコンっていうんだーぜ、それ」

「いいじゃない」

「仕方ないねえ、ミコトが警戒するわけだーな」

 あたしが膨れると、トツカはもう一度笑い、そして、落ち着いた声で呟いた。

「生きなさい、アマテラス」

 懐かしい、ナギの声で。

「未来のため、生きなさい――」

 大丈夫、あたしはまだ、頑張れる。

 ナギの言葉がある限り、戦える。

 もう一度心にその言葉を刻みつけ、あたしは立ち上がる。

「ありがとう、トツカ」

 だいじょうぶ、あたしはまだ、戦える――



 コツリ、コツリと靴音を響かせながら、ナミはゆっくりと階段を下りていく。あたしは、傷だらけのミコトの後ろからついて行った。

 ナミはもう、何も言わなかった。表情を殺し、ただ足を進めている。

 誰も、一言も云わずにただ歩を進める。

「ここへ入ったらもう戻れないが、後悔はないね、二人とも」

 ナミは、扉の前で一度だけ確認した。

「ない」

「ないわ」

 ミコトとあたしは、間髪入れず同時に即答した。

 こんな緊迫した時だというのに、思わず顔を見合わせてしまう。思いがけず目が合ってしまい、一瞬照れたようなミコトの顔を見てあたしも困惑する。

 金色の瞳に見た事のない光を見て、動揺した。

 ああ、頬が火照っていくのが分かる。

 金色から目が離せない。

「近縁種は惹かれ合う、と言っただろう?」

 ナミの声ではっとした。

 ぱっと視線を外したけれど、まだ火照りは取れない。

 近縁種は惹かれ合う――?

「私にはもう、関係がない事だがね」

 扉は、開かれた。

 足が竦みそうになる。

「行くぞ、テラス」

 ミコトが手を差し出す。掌は血で汚れていて、いくつか切傷も見受けられた。

 あたしは、おそるおそるその手を取る。

 こちらを見ようとしないミコトの頬が赤いのは、気のせいかもしれないけれど。

 握り返してくれた手の温かさだけは最初から変わらなかったから。

「うん」

 差し出された手を握り返して、あたしは一歩、踏み出した。


 そこは、ひどく静かな部屋だった。

 うるさいくらいの静寂が耳につく。淡い光が周囲を取り巻いていたけれど、ほとんど何も見えなかった。ツヌミがタカミとたたかった部屋と同じだ、部屋の広がりも分からない、何があるのかも分からない。

 しかし、そこには確かに何かが存在する。

 警戒を緩めず、あたしは周囲を見渡した。

「待ってくれるかな? 僕も入れてもらえる?」

 静寂に割り込んだ、声。

 振り向けば、そこにはもう一人のあたしの弟が立っていた。

「ヨミ!」

「遅くなってごめんね、テラス。ちょっと手間取っちゃってさ」

 そう言ったヨミの服もぼろぼろだった。もちろん、体の方も無事でない事はすぐに分かる。きっと、始祖のムスヒと激しく争ったんだろう

 笑ってはいたけれど、なぜだか少し悲しそうに見えるヨミに、いったい何があったのか知る術はないけれど。

「ヒノヤギ、倒したみたいだね、ミコト」

「ああ」

「ここが最後ってわけだね」

「……ああ」

「ついでに言うと……」

 ヨミの視線の先を見て、あたしは硬直する。

 しっかりとミコトの手を握りしめたままだったのだ。

 気が動転して忘れてたけど、こんな所でヨミとミコトが喧嘩を始めたらとんでもない事になってしまう気がする。

「とりあえず放してね、テラス」

 ヨミの笑顔につられ、あたしはぱっとミコトの手を振りほどいた。

 その瞬間に、ちょっとばかり悲しそうな顔をしたミコトがかわいいなと思ってしまったのは、気のせい、うん、きっと気のせい。

 ヨミはミコトの肩に手を置き、にやにやと覗き込むように言った。

「テラスが怖がってるのをいい事に、何? これ以上近づいたら許さないよ?」

「……」

「そんなにへとへとになっちゃって、いいざまだね」

「……お前ももうふらふらだろうが」

「何、死にたいの?」

 いつものように仲良くじゃれ合う二人を見て、何故だかほっとした。

 予想以上にあたしは緊張していたらしい。

 さらに、そこに割り込む声。

「やめなさい、ヨミ、ミコト。そんな場合ではないでしょう」

「テラス、無事ですか?」

 ああ、彼も無事だったんだ。

「何を喧嘩しているんですか、そんな場合じゃないでしょう?」

「何しに来たのさ、このストーカー」

 ヨミがばっさりと切り捨てる。

「とりあえず3人とも落ち着きなさい。ツヌミも、まだ万全ではないのですから」

 カノが眼鏡の奥の温和な瞳を細めながら諌めた。

 ああ、あたしにはまだ仲間がいた。

 ミコトとヨミはカノの言葉にしぶしぶ引きさがり、ツヌミも一つため息をついただけで矛を収めた。

 ミコトとヨミ、それにカノとツヌミ。

 あたしには頼もしい仲間がたくさんいるのだ。恐れる事なんて何もない。

「ありがとう、みんな」

 小さく呟いてあたしは自分の両手をぎゅっと握りしめた。

「ナミ」

 長い金の髪を靡かせている始祖の名を呼ぶ。

 彼は、ずっと表情を変えない。先ほどまで張り付けていた笑みはどこへ消えたのか、整った顔立ちに何の表情も見られない。

「ミナカヌシはどこ?」

 でも、退かない。

 どれだけ反応がなくたって、どれだけ叫んでも声が届かなくたって、あたしは負けない。絶対に折れたりしないから。

 この仲間がいる限り。

「あたしは始祖イザナギの娘アマテラスよ。イザナミ、ミナカヌシと話をさせて」

 真っ直ぐにナミを見据えてそう宣言しても、彼の表情は変わらなかった。

 ただ、ゆっくりと右手を頭上に掲げた。

「イ……ザ……ナミ……」

 唐突に何処からか漏れた声に、あたしは思わず両手を握りしめた。

 聞き覚えのない声。

 おそらく――ミナカヌシ。

 あたしを守る様に、左側にヨミが立ち、右側にミコトが立つ。よく出来た弟たちだ、と言ったのは確かナミだったろう。

 無意識に二人の手を握った。握り返してくれた二人の手の温かさが嬉しかった。

「……ヨウ……ヤク……」

 電子音に近いその声は、上とも下ともつかない、あらゆる方向から響いてきた。

「イザナギの娘アマテラス、そして私、イザナミが息子ツクヨミとスサノオ――」

 ナミは静かな声で告げた。

「いずれもイザナギの創りだしたコードを刻んでいる」

「マッテ……イタ」

 全身に響く声。

 あたしは、両手を、二人の手を握りしめた。

「アマテラス……ツクヨミ……スサノオ……」

 最初は途切れ途切れだった声が、少しずつ明瞭になっていく。

「イザナギ……イザナミ……ああ……そうデシたか」

 まるで覚醒するかのように、意志を持った声へと変化していった。

「長イ間……眠ってイタらしいデスね」

「やっと目が覚めたようだね、ミナカヌシ」

「イザナミ、遅かったデスね」

「それはイザナギに言って欲しいね。まさか開発に100年以上もかかるとは思わなかったのだから」

 ナミは淡々と会話する。その、何処からともなく聞こえる声と。

「それで、結論はでタのデスか」

「……出さざるを得なかったよ、ミナカヌシ。現状を早く把握した方がいい」

「アア……全体ガ混乱シテいるようデスけれど」

 ちかちか、と漆黒の闇の中で何かが瞬いている。

 カノがすっと進み出た。

「すでに、タカマハラ全体に通達を出しました。ウズメは今頃街の方に知らせています。現在の支配体勢はすぐに崩れるでしょう」

「――君もそうだったね、カノ……オモイカネ。君は始祖の直子だ。素晴らしい事だ、ミナカヌシ。これほどまでに揃うと壮観だろう?」

「結論を出さザルを得なかッタ理由、それは彼らデスね」

「ああ……そうだよ、私が出る幕もなかった。呆気ないものだよ」

 何……? いったい、何の話?

「イザナギを犠牲にしてまで阻止したというのに、全く無意味だった……これこそが、『進化』だとでも言うのだろうね」

「そうデスか……」

 しばらくの、沈黙。

 タカマハラを創った始祖のミナカヌシがいったいどういう結論を出すのか分からない。

 あたしはただ、待った。

「では仕方ないデスね」

 ミナカヌシの声が無情に響いた。

 何が来る?

 ミコトとヨミがそれぞれの武器を召喚する。

 あたしも二人の手を解いてヒルメを手にした。

 もう、余力などどこにも残っていない。しかし、何らかの攻撃を受けるかもしれない今、武器を手にする事に躊躇はなかった。

 緊迫した空気が辺りを包み込む。

 ところが――

「ワタシを破壊するのデス」

 ミナカヌシから帰ってきたのは、思いもしない言葉だった。



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