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ヤツカ

「開放系第1段階、ざん……『石折神いはさくのかみ』っ!」

 鋭いミコトの叫びと共に、目に見えるほどに凄まじい斬撃が空を裂いた。

 が、迎え撃つヒノヤギの剣ヤツカは、その斬撃すらも切り裂いてしまう。

「くっ……」

 予期せず反撃に転じられたミコトは、体勢を崩しながらも何とか剣先をかわし、大きくバックステップした。

 一度間合いを置いて、対峙する。

 これまで一度も息を乱したことなどなかったミコトが、ほんの少しの時間しか戦っていないというのに、大きく肩で息をしている。

 見れば、対するヒノヤギも額にうっすら汗をかき、息を乱している。

 それだけ、二人の実力が拮抗しているということだ。

 全力――それを少しでも緩めれば、どちらかが地に伏してしまう。

「あー、イライラするぜぃっ。詠唱なしに開放系なんか使いやがってーよ!」

「言うな、トツカ。詠唱が必要な設定にしたのは俺だ」

「しょーがねぇなあ」

 この緊迫した空気に似合わぬ軽快な会話に、思わず口元を緩めてしまった。

 少しでも気を抜けばやられてしまう相手、それも、トツカは開放系の時に詠唱を必要としている、というハンデがある。

 でも、大丈夫。きっとミコトは負けない。

 あたしは二人から視線を外して、その向こうに佇んでいるナミを視界に捕える。

 ナミもその視線に気づいて、ゆっくりとこちらに向かって歩んできた。

 その瞬間にも、すぐ隣では電撃が爆ぜ、金属音が響き渡るすさまじい戦闘が繰り広げられている。ナミの整った顔が雷の光に照らし出され、ぞくりとするほどの美貌を纏う。

「……それ以上は近寄らないで」

 間合いまであと数歩のところで、あたしはナミにヒルメを突きつけた。

「物騒なことだ」

 ナミが武器を持っているようには見えない。今、あたしが攻撃すれば避けられずに命を落とすことになるだろう。

 彼の生殺与奪権はあたしが握っていた。

 が、そんなことどうでもいいかのようにナミはゆらり、と立ち止まった。

 酷薄な笑みを湛えて。

「君はすべての人を救うと宣言したようだね。カグヤの人間も、タカマハラの一般市民も」

「ええ、言ったわ。でも、それができるのはあなただけ――お願い、ナミ。あたしたちに力を貸して」

「もうそれは何度も断ったはずだが」

「なぜ? 研究者全員にコードを植え付けるのも、タカマハラと街の全員にコードを植え付けるのも何も変わらないんじゃないの?」

 あたしがそう言うと、ナミは笑みを崩さず返した。

「まず、本当にそう思っているとしたら、君はもう一度生物学を学んだ方がいい」

 あたしはぐっと詰まった。

 5歳でタカマハラを後にしたあたしは、ヨミやミコトと違ってほとんど学習過程を経ていない。専門的な生物学どころか、基礎知識を植え付けただけの状態だ。それも、ナギからほぼ口頭で学んだだけ。

 コードがどうとか、細胞とかクローンとか、実はまだまだ分かっていない事が多いのは事実。

「それはこれから勉強するわ。わからない事があるなら教えて欲しい、出来ない事があるならできるようになるまで練習する」

「……戯言を。『努力すれば何も出来ないことなどない』などとというのは子供の幻想だ」

「幻想なんかじゃない。だからナミ、あなたが頑なにコードを植え付けようとしない理由が知りたいの」

 ナミは笑顔を崩さない。

「その幻想が真実ならば、いま、タカマハラなどというものは存在しないよ。放射能の汚染も、カグヤも、何も存在しなかったはずだ。それなのに今、こうしてこの街が存在すること自体が、幻想を打ち砕いているのだよ」

 ナミの言葉は難しい。

 でも、はぐらかされちゃいけない。あたしが聞きたいのは、それこそそんな戯言じゃない。

「ナミ、話を逸らさないで答えて。ツヌミは、あなたなら全員を助けられるって言ったのよ。だから、あなたがあたしたち全員を救う能力を持っているのは事実。だとしたら――」

 ツヌミの泣きそうな顔と、力なく握り返した手を思い出す。

 信じていたナミに裏切られて、それでも命がけであたしたちと共に戦ってくれた姿を見て、勇気づけられないはずはない。

「なぜ、助けようとしないの?」

 ナミは表情を崩さなかった。

「あたしには出来ないの、ツヌミやカノみたいな知識はないし、ミコトやヨミみたいに強くもない。ましてや、あたしたちの持つコードを扱えるのは、ナミ、あなたしかいないのよ」

「無知の知とはよく言ったものだが、認めたところで君の無力は変わらないよ」

「答えなさい、ナミ」

 ヒルメを握る手に力を込める。

 スタンバイオーケイ、いつでも射出可能。

「君の問いには以前にも答えたと思っていたが……仕方がない、もう一度だけ繰り返そう」

 ナミはやれやれ、と肩を竦めた。

「コードはそれ相応の人間に与えられるべきだ」

「相応って、何?」

「より、『生き残ることができる』人類の事だよ」

「『生き残る』?」

「ああ、そうだ。あの時、あの地獄の中で生きる術を見出したのは、他でもない、私たち研究者だった。テラス、君の中にあるコードを生み出したのもナギだ。そして、これから先、コードを手に入れた人類が直面した課題を取り去っていくのはいつだって私たちだろう」

 ナミはさも当然といったように言葉を繋いでいく。

「それが出来ない人間が生き残ってどうなる? 私たちの成果に縋って生きていくのは、彼らにとってもいいことだと思うのかな?」

 背後で戦う二人の斬音が遠くに聞こえる。

 あたしはナミの言葉一つ一つを絶対に聞き逃さないよう、集中していた。

「自ら生き延びることができる能力を持たない者たちを永らえさせていくのは、自然の摂理に反するよ。この大地が出来た時から、生命は能力の高いものを選択することで『進化』を繰り返してきた。それは、この危機において例外ではない」

――進化

 聞き慣れない単語に、あたしは少し首を傾げる。

「人類自身が作り出した最終的な進化段階だ。それを生き延びた者たちが新たな大地を踏む事を許されるのだよ。これは壮大な選別作業さ!」

 話すうち、だんだんと興奮していくナミにあたしは恐怖を感じていた。

 得体の知れないモノ、理解できないモノへの恐怖。

「世界中に、街がこれ一つだけだと思っていたのかい? だとしたら考えを改めた方がいい。このような施設は世界中に点在する。もはや100年、通信手段もなくどの施設がどうなったか知る術などないが、どの街の研究者もこのコードを切望していたよ。もしかすると、似たようなものを既に別の街は作り出しているかもしれないな。だが、その街もおそらく選別を開始したはずだ。世界は、すでに動き始めた」

 もう、分からない。

 ナミが何を言っているのか分からない。

「新たな世界の創造! 素晴らしい話じゃないか、私たちは神に等しい存在になるのだよ!」

 怖い。今すぐにでもこの場を逃げ出したい。

 そんなあたしの感情が伝わってしまったのか、ナミは一歩、一歩とあたしに近づいてきた。極上の笑みをたたえ、両手をあたしに差し出して。

 あたしはそれにつれて一歩、また一歩と後ろに下がっていく。

 ヒルメをナミに突き付けたまま、一歩、また一歩。

「嫌……っ」

「アマテラス、君は外の世界に興味はないのかな……?」

「近寄らないでっ……!」

 怖い。怖い。怖い。怖い。

 嫌だっ!

 全身の血がざぁっとひく。

「テラス、気をつけて、このままだとあと2歩でトツカとヤツカの攻撃圏内に入ってしまう」

 ヒルメの冷静な声で、あたしはなんとか足をとめた。

 が、ナミはその間にも歩みを止めない。

 いつしか、斬撃音が近付いていた。

「君はナギの遺伝子を受け継いだサラブレッドだ。ミコトとヨミが、図らずも私の遺伝子を持つように、ね」

「……!」

 もう驚かない、と思っていたのに――あたしは、心臓が止まりそうなショックを受けた。

 ミコトとヨミが、ナミの遺伝子を継いでいる。

「君たち3人には生き延びる権利があった。始祖の直子は少ないからね……だが、ミコトはあまりに母親の遺伝子が強すぎたようだ。彼には、邪魔になる前にもう消えてもらおうと思ってね」

 ああ、ナミがミコトとヨミの親だなんて。

 もう何が何だか分からない。

「驚いた顔をしているね、おそらく彼ら自身は知っていたよ。私を親と知っていて反抗しているんだ。ああ、そうそう。ヒノヤギはミコトと同じ母を持っているよ。そして、その片親は、ナギだ」

 ナギ、という言葉に、あたしは即座に反応した。

 そして、はっと後ろを振り向く。

 そこには、肩で息をしながら向かい合う、二人の青年の姿があった。どこか楽しそうに見えてしまうのは、気のせいなんだろうか。

「ヒノヤギは君と腹違いの兄弟ということになるね」

 もう、頭がパンクしそう。

 誰と誰が兄弟で、血の繋がりだか同じ遺伝子だとか……難しすぎる。

「おかしな話だね、近縁種は惹かれあう。その先に待つのが遺伝子の弱体化だと分かっていても」

 背後で二人の打ち合う音がする。

「近縁種は反発しあう。直系ならば保護の対象となるにも関わらず」

 ナミの問答はもう聞き飽きた。

「そんな曖昧な言葉は聞き飽きたわ、ナミ」

 またはぐらかされてしまうところだった。

「あたしには『進化』とここでカグヤを見捨てることの整合性が理解できないの。どうして、多くの人を見捨てようとするの?」

 そう言うと、ナミは少し驚いた顔をした。

「アマテラス、君は不思議な感性をしている。あんな廃れた街で、生きていくのも精いっぱいだったはずのあの街で育ったというのに、なぜ他人を見捨てるということを知らない? それは非常に興味深いことだ」

 ナミの不思議そうな声。

 でも、それに対する答えは簡単だ。

――生きなさい

 頭の中でナギの、声がする。

「ナギはあたしに『生きなさい』って言ったわ。それは、あたしに生きて欲しいと言っていたの。だから、あたしは『生きたい』と願ったわ」

 あたしの中の制御は外れた。岩戸プログラムは解除され、太陽を取り戻すコードと過去の記憶はあたしのものとなった。

「カグヤの人たちも、同じ願いを持っていたわ。だから、あたしは共に同じ目標に向かって全員が進む道を選んだの」

 同じ母親から生まれたのなら、なぜミコトとヒノヤギは争っているの?

 どうして同じ方角を見て、同じ目標に向かって努力する事が出来ないの?

 あたしの中に疑問が膨れ上がっていく。

「願いは誓いになり、力となる。そしてそれはいつか『真実』へと変貌する」

 これは、ミコトが繰り返したこと。

「だから、みんなの願いが一つなら、全員が一緒に生き残るのは道理よ。誰も、そこに線を引くことなんて出来ないわ」

「理想論だね。幻想を抱く子供の理論だ」

「そんな事ないわ。あなたみたいに進化とか選別とか自然とか、勝手な言葉を使って切り捨てようとするよりずっといいわ!」

「それを、ずっと異形オズ狩りをしてきた君が言うのかい?」

「……!」

 あたしの中の、いちばん深い傷。

 人間だった異形を葬ってきた罪。

 ナミは一瞬でそれをえぐり出した。

 思わず、ヒルメを持つ手に力が入った。が、それと反してあたしの両手はヒルメの照準をナミから外していた。


――マタ 殺スノ?


「……嫌」


――本当ハ アレモ 救イヲ 求メテイタノニ


 ナミの笑顔が近付いてくる。

 あたしの両手が動く気配はない。じっとりと染みでた汗で滑るほどになっても、ナミに矢を向けることが出来なかった。

「いい子だ、アマテラス。これで自分がどうすべきか、分かっただろう?」

 あたしはずっと、人を殺してきた。

 生きるためとはいえ、何十何百の異形を葬ってきた。

 そのあたしが、生きたいと願うことなんて、赦されない。同じように生きたいと願っていた人たちの想いを踏みにじってきたあたしが生きていく事なんて赦されるはずがない。

 全身が震えだす。

――生きなさい

 やっと、答えを見つけたと思ったのに。

 あたしの生きる意味が知れたと思ったのに。

 太陽を見つけ出すコードを持っているだけだったあたしが、生きていたいと初めて願ったのに。

 何かをこいねがうかのように差し出された骨格を、あたしは蹂躙してきた。放射能に侵され、二度と元に戻れないモノを葬り去ってきた。

 その行為と、これからナミがしようとしている行為の、いったい何が違うというのだろう?

「分かるだろう、君が罪だと思っていることも含め、すべてが『選別』の一部なのだ」

 聞きたくない。

「だから、私は私のすべき事を実行するだけだよ」

 最初に言った台詞をもう一度繰り返し、ナミは微笑んだ。


 背後で、ミコトがレベル2を解除した声が聞こえた。



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