テラス
※注意書き※
これは
・少女マンガみたいなストーリー書いてみたい。
・ついでだからSFっぽいものの練習をしよう。
などという適当な構想のもとに始まった、非常に中途半端なものです。
ロボットもアンドロイドも宇宙ステーションも出てきません。
(というか、アンドロイドって何? という作者が書いたものです)
本格的なSFや本格的な恋愛小説をお求めの方は、ご容赦ください。
ごく稀にだけれど、泣きながら目覚める事がある。
そんな時はベッドから起き上がるのも億劫で、このままコンクリートむき出しの天井を見上げていたくなってしまう。
しかし、固いマットを敷いただけの寝床はひんやりとして、みるみる眠気を奪っていった。
また目が覚めてしまった。
太陽を忘れたこの街において、いつ眠りいつ起きるかは自由であるし、何よりあたしの職業は、誰かに時間を左右されるというわけではないのに。
もう少し眠ろうかと逡巡していると、目の前を大きな漆黒の翼が横切った。
あたしは寝転がったまま、その翼に向かって手を伸ばした。
「おはよう、ツヌミ」
伸ばした指に降りてくる艶やかな、まさに文字通り濡れ羽色の翼――いつしか共同生活を営むようになった鴉のツヌミだった。羽色と大きな眼が自慢のこの子は、あたしの唯一の味方。
そのツヌミが何かを急かすように喉を鳴らした。
仕方ない。
部屋の隅から辛うじて光を供給する青白い電灯を頼りにして、ようやく寝床から起き上がり、のろのろと着替えを始めた。履き慣れたショートブーツに汚れたジャケット、そして左手首には見た目の割にずしりと重いバンドを固定した。
色素の抜けた白髪に近いほど薄い金髪を高い位置に括り、あたしは唇を噛み締める。
「行きましょう、ツヌミ」
額にあった暗視スコープをぐい、と顔におろして。
――生きなさい
体中の細胞が、そう叫んでいるから。
この街が、太陽を忘れ闇に包まれた絶望の世界だとしても、今日を生きなくちゃいけない。
たとえそれが、何か他のモノの命を奪う行為と同等だったとしても。
軋みのひどい鉄扉を押し開けて外に出ると、スコープ越しに見慣れた景色が広がっていた。
元は建物だったはずのコンクリート塊がそこかしこに転がっている。道と呼べるモノはなく、あたしは身長近くもあるコンクリート塊の間を縫うようにして進んで行った。
この街が太陽の光を捨てたのは、今から百年以上も前だという。
光を通さない強固な防御壁で街を覆ったのが誰なのかは知らないが、それは外界の恐怖から身を守るために作られたものらしい。
街の外、防御壁を隔てた向こう側には、ヒトにあらざる形をした者達が溢れ返っているという。
『異形』と呼ばれるソレは、時に防御壁を越えて街へと侵入してくる。そして、防御壁により辛うじて生き残った人間たちに危害を加えるようになる。
あたしの仕事は、それを退治する事。時に人間のような形で入り込んでくる彼らを、情け容赦なく滅する事だった。
と、その時、ほとんど視界の利かない真っ暗な街の中で、ツヌミが上空から警戒音を落とした。
異形が近い。
とっさに近くのコンクリートブロックに背をぴったりと寄せ、暗視スコープを付けた視界で辺りを確認しながら、あたしは左手首のバンドに手を添えた。すると、ぶぅん、と低音が響いてリストバンドから光が漏れる。
「どっち?」
小さい声で問うと、ツヌミはあたしの元に戻ってきた。
リストバンドに分子分解で収納されていたクロスボウを構えたあたしの肩にツヌミが舞い降り、嘴で方向を指し示す。
「ありがとう」
静かに呟くと、あたしはその方向に駆けた。
同じ様に異形を狩る者だった育て親は、五年前に異形との戦いの中で命を落とした。いつだって、この戦いは命がけなのだ。
コンクリートブロックに身を隠しながら、異形の姿を探す。
心臓の音が耳元で鳴り響いている。
腐臭が近づいて来る。ずるる、ずるると何かを引きずる音が少しずつ大きくなってきた。
耳元で鳴り響く心臓の音を聞きながら、番えた矢をきりり、と引き絞った。
来た!
その瞬間、あたしは身を隠していた場所から飛び出し、矢を放った。
矢は異形の胸元辺りに突き刺さり、耳をつんざくような悲鳴が響き渡る。
微かに人の形を残し、しかしもうほとんど原形の崩れてしまった、どろどろと真っ黒い何かになり下がった『異形』。その体から流れ落ちる貪欲な液体は、周囲のコンクリートを溶かしながらじわじわと広がっていた。異形が触れた部分から、白い煙が上がる。
街に侵入した異形は、何かを求めるように両手を前にだらりと下げ、人間を求めて街を徘徊するのだった。
ぽたり、ぽたりと異形の粘液が地面に滴り落ちていた。
人型の異形の急所は基本的に人間と変わらない。その急所を正確に射抜かなければ、異形を止める事はできない。
最も死に至らしめやすいのは後頭部だ。人間でいうところの、脊髄にあたる場所に矢を打ち込んでしまえば、一瞬でカタがつく。が、そこは最も狙いづらい場所でもあった。
「ツヌミ、お願い!」
あたしの叫びでツヌミが異形に襲いかかっていく。
原形の崩れた彼らに視力があるのかどうか定かではないが、近寄って来た鴉を追い払うように、異形は手らしきものを振り回した。そこからどろどろとした真黒な液体が飛び散り、さらに周囲の建物を溶かしていく。
飛んでくる粘液を避けながら、あたしは異形の背後へと回りこむ。
ジャケットの一部が粘液で溶けた感触があったが、それも無視して狙いを定めた。
「これで終わりっ……!」
渾身で射た矢が、異形に深く突き刺さる。
その瞬間、この世を呪う断末魔をあげた異形は、ゆっくりと、地に倒れ伏した。
異形の体は支えを失ってどろどろと崩れていく。しゅうしゅうと溶解の音を響かせ、周囲のものすべてを呑みこみながら、昇華するように溶けていくのだ。
何かが落下した後のような半円形の穴の底には、異形の残骸が残る。
最期の後に残るのは……人の形をした骨。
「はぁ、はあ……」
息を整えながらクロスボウを収納した。
目の前には、倒れ伏した状態で救いを求めるように手を伸ばす、動かぬ骨があった。
あたしは知らない。異形というモノがいったい何なのか。後に残る骨、本当は異形が『人』ではないのかと――
「行こうか、ツヌミ。ウズメに報告しないと」
すり寄ってきたツヌミの喉を撫で、あたしはもう一度立ち上がり、闇に沈む街を歩きだした。
スコープ越しの視界の隅に、ひときわ目立つ漆黒の塔が映った。
防御壁に包まれたこの街の中で、ひときわ目立つ建物、ドーム上に街を覆う防御壁の天井を貫かんばかりの高さに達する、街の中央の巨大な塔だ。
あたしたち街の人間は、それをタカマハラと呼んでいる。
この防御壁の中の、二階層。
タカマハラの中に住む人たちと、真っ暗な街に住むあたしたち。
あたしたちは、異形と戦いながら生きていかなくちゃいけない。生きる為には、戦って、倒していくしかない。
でも、タカマハラは違う。
タカマハラは豊富な食糧や水との交換を条件に、異形の始末を取り残された人々に押しつけた。太陽を失くした街で食料を手に入れるのは至難の業だったために、街の人々はその運命を受け入れるしかなかったのだ。
いったい、天井に住む彼らがどうやって食料を調達しているのかは分からない。それこそタカマハラに行ってみるしかないだろう。最も、あの強固な障壁で囲まれたあの塔に入る術などない。
いったいどうしてそんな隔たりが出来たのか、そしてこの街を防御壁で囲ったのは誰なのか、タカマハラは何時から存在しているのか。
何も分からなかったけれど。
あたしたちは、タカマハラに『生かされている』のだった。
触っただけでぼろぼろと崩れ落ちてしまいそうな錆びついたドアを軋ませて開くと、予想通り、大きな声が飛んできた。
「いらっしゃい、テラスちゃん!」
そう言ってウィンクをしたのは、あたしの雇い主。
大きな紫黒の瞳はいつも異性を誘っているかのように濡れている。まるでツヌミの羽根のような色をした見事な黒髪は腰ほどまでもある美しいストレートロング。男なら誰もが夢中になる美女――それがウズメだった。
あたしも含め、異形たちの『退治』を特に専門とする、異形狩りのボス。
「さっき、近くで戦闘してたでしょう! 大丈夫だった? 怪我はない?」
「大丈夫よ、ウズメ。問題なかったわ」
「本当に? 黙ってちゃ駄目よ、女の子なんだから、体を大事にしないと!」
ウズメはあたしの顔を両手で優しく挟み、顔に傷がないか確認してから手を取り、足をとり、怪我がない事を確認してからようやくあたしを解放した。
同じように異形狩りだった育て親を亡くしたあたしを拾い、この職と武器を与えてくれた張本人なのだが、この大きな声とオーバーアクションにはいつまで経っても慣れる事が出来ない。
「タっちゃんたちもさっき来てたのよ。入れ替わりで出て行っちゃったけど」
「……出来れば、二人には会いたくないわよ」
「もう、テラスちゃんはいつもそう言うのね」
が、ウズメはそれに何の返答もせずどさり、と資料の束をあたしに寄越した。紙の資料なのは彼女のこだわりだ。
「じゃあ、早速今日の仕事! お願いね」
「……はいはい」
相変わらず、この人は人の話聞かないな。
「それじゃあ、行ってきます」
「本当に気を付けてね、テラス」
ウズメの声に一筋の違和感を覚えて振り向くと、彼女は少し悲しげに微笑んでいた。
「どうしたの?」
「いいえ、ただ、今日は――あなたにとってとても大切な日だから」
「変なウズメ」
余計な詮索はせず、あたしはツヌミを連れて事務所を後にした。
渡された資料によると、タカマハラの周辺に出現するようになった異形が最近ではタワーへの侵入を試みるようになったらしい。それを退治してほしいという依頼だった。
これまでタワー周辺に近付いたことはほとんどないのは不安要素だった。一度だけタカマハラからの依頼を受けた事があるが、あの時は同業のタツとカラと共同戦線を張り、3人で挑んだのだ。1人で行う今回の依頼とは全く違う。
ポイントへと近づくにつれ、タカマハラタワーの存在感が増してきた。
のっぺりとした塔で、素材もよく分からない。暗視スコープで拡大してみても、人が住んでいる明かりなどの気配は全くなかった。幅だけでも街の大きさの10分の1は占めているだろう、周囲に落ちている街の残骸は本当にゴミクズのようだった。
ああ、この光景を見ると心の中が空虚になっていく。
――生きなさい
いつも全身を貫くこの声は、いったいどこから聞こえるの?
ぼんやりと思いを馳せたあたしの耳を、鋭いツヌミの声が貫いた。
はっとしたあたしの目の前には、巨大な異形。これは、珍しい獣型の異形だ。口元がぱっくりと割れて真っ赤な色が覗いている。大きな牙が見え隠れし、そこからだらだらと垂れる液体が音を立てながらあたしの足元に滴っていた。
四足歩行の獣型をした異形は、これまで会った中で最大のサイズ。
しまった、油断して接近に気付かなかった……!
慌てて左手のリストバンドに手を伸ばす。
が、間に合わない。
すさまじい衝撃が全身を貫いて、あたしの体は横向きに吹っ飛んだ。
とっさに受け身をとるが、コンクリートブロックに叩きつけられ、意識が朦朧とする。
「……くっ……」
体の左側半分が異形の体液に触れて悲鳴を上げている。
殴打と、自分の皮膚が溶けていく感覚――激痛が全身を貫き、思わず悲鳴が漏れる。
「ぁあっ……!」
頭上でツヌミがけたたましい声を上げながら旋回している。
だめだ。動けない。
諦めかけたその時、視界の隅を漆黒の人影が横切った。
「テラスに手を出すな!」
聞いたことのない声が鼓膜を揺らす。
誰?
ノイズの混ざったスコープ越しの視界に、人影が映っていた。
「獣型タイプE、進行度はMAX-3……即刻殺るぞ、トツカ!」
「へぃへぃ」
いったい……誰? いま、何が起きているの?
地面が振動するたびに、全身に激痛が走る。
やばい、骨が何本かいったかもしれない。左側面の腐食も激しい。
「音声認識、オン。開放系2段階、雷……建御雷神!」
その瞬間、暗視スコープを通した視界が真っ白になり、耳を凄まじい轟音が貫いた。