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Dark Fate  作者: 赤沢藍人
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記憶喪失の目覚め



その時、僕は本当にまともではなくなった。

人間として正しい人生を歩んできたつもりだったのに、いつの間にか全てを無駄にされていた。

人の人間性をこうも軽く踏みにじる人間が本当に居ることが僕にはどうも信じられず、僕は現実のあまりの酷さに絶望を抱いていた。

しかし、最初に出会った彼女は違う。

無敵で、ただ無残な現実を目の前にしたときも、彼女は凛々しくあった。

彼女は聖女に近い、ある一種の神秘性を持っていたように思う。

これはある生贄と死神の旅のお話。問題は、生贄側がまずといっていいほど現状に満足しないことだ。



一瞬、夢を見ていた。

学園生活でそれほど大した活躍もせず、必死に馬鹿みたいな顔をして部活にはげんでいる奴を遠目で僕は馬鹿にしていた。

そんな努力をしなくてもいいのに。

努力せずに生きていく方法はいくらでもあるし、自分の周囲は少なくともそれを許していた。

僕自身は才能に恵まれているわけでもないが、努力自体もそれほど好きではなかった。

綾瀬ユウト、17歳。彼はただあまりにも普通過ぎた。

それが故に、嫌われもしなかった。同時に、好まれもしない。

憎悪と好意が相殺されるほど大した人格でもない、ある意味では人としては中途半端過ぎる人間。

ユウトはただ普通過ぎて「劣等感」を抱いていた。

あまりにも普通の生き方をしていて、確かにアルバイトや勉強で苦労をしたことはあるが、努力もしてはいないし才能も無い。

人間としてかなり厄介なタイプだ。何せ、あまりにも普通過ぎて誰にもこう指摘されないのだから。

「お前は面白くない」

何時だろうか。妹の玲菜に罵られた時は。

夏休みの最中、確かにそう罵倒されてはいたが、その時はどうしてお前は面白くないと言われたのか。

酷いやつで居るよりは遥かにいい。人に嫌なことを言ってしまっても、後で謝って仲よくすればいい。

「ねぇ。お兄ちゃんは楽しいの?」

どうしてだろうか。

ただ読書をして、適当に時間を潰して適当に飯を食っていたのに。

妹から人を心配したような顔で楽しいの?と言われるのだろう。

別に、何も酷いことをしていないのに。誰も人を傷つけていないのに。



「はっ・・・!?」

ありえないほど長い夢を見ていた。

息が非常に荒く、心臓も走ったわけでも無いのに酷く動いている。

眠っていたのだろうか。ユウトは先ほどの妙な思い出に混乱を抱いていた。

ただ、その混乱も、さらなる混乱で忘れることになる。

「ここは、何処だ?」

森だ。

端的に言って、森だ。森の中に何故か、制服姿の綾瀬ユウトがただ寝っ転がっていた。

起き上がって周囲を見るが、彼自身がその状況の説明をすることができない。

思考停止状態のまま数分。彼の顔は引きつっていた。

「ここは、何処だ?」

同じセリフを何度も言って、周囲を見渡す。

少し、薄い霧がたっていて、何処か幻想的な部分を感じるが問題はそこじゃない。

少し、見覚えがあまり無さすぎる植物が生えているという妙な錯覚があった。

あまり植物に詳しいわけではないが、何処か間違っているとそう直観していたのだ。

「え、えぇと。誰かー?誰か居ませんかー?よかったら返事してくださーい。」

そう大声で言った。

ふと、かさっと物音がする。今の声で何か出てきたようだ。

ユウトはその物音の方へ振り向く。人影だ。

「あ、よかった!あの、ここは何処で・・・・・・・・・・・・・」

絶句した。

その人影の正体、それは皮膚たただれたゾンビだった。

それも後から5、6体のゾンビ。中には顔面がひしゃげていたり、内臓が見えていてしかも動いているグロテクスな物まで多種多様だ。

「あ・・」

ゾンビから振り向いて、できるだけ早く走った。

「あぁあああああああああああああああああ!!!!!!!」

一瞬ゾンビが非常に気味の悪い声を発して動き出してからは彼は冷静でなくなっていた。

速く逃げろ。でなければ殺される。本来あるはずのない出来事にさえも、逃走本能だけは確実に機能するのは幸運なのかもしれない。

「何なんだ今の、化け物、ってキモッ!!?」

その化け物とやらはほぼユウトと同じスピードで追いかけてくる。

どう考えても体が動くはず無いのに、どうしてその化け物が人間と同じ運動ができるのか。

そのまま走り続けると、広い場所に出た。湖だ。

「って、え・・?」

その場所で、一人の女の子が立って居た。



銀のツインテールの髪。そして軽い甲冑の装備を見ただけで、ユウトがまた言葉を失っていた。

彼女はただ彼を見ている。興味が無さそうに、ただ突然現れた虫としか思っていないようだ。

そして、ゾンビもぞろぞろと二人を取り囲む。

「うわぁああ!!?囲まれた!?」

少女に見とれてしまい、足を止めてしまった。

ユウトは少女の前に立つ。

「く、くそ!いきなり何だか知らないが糞匂う!?硫黄かそれ以上だよ!?」

「・・・・ねぇ」

「あぁもう!いきなり変な場所で起きていきなり気持ち悪い集団に襲い掛かられるどかどういう冗談だ!これ以上近づくなよ!!臭いから!!キモイから!!」

「ねぇってば」

「くそ、武器、武器は!?こういう状況で武器とか出てこないの!?」

「無視すんな」

ごす、と脇腹にガントレットで殴られる。

制服という防御力ゼロの装備ではダメージを直に受けるため、彼はそのまま地面にうずくまった。

「な、なに、すんの?」

「これ、あんたの使い魔?」

「なわけないだろ!?ていうか使い魔ってなんだ!?」

「そう。じゃぁ、殺してもいいのね」

少女はユウトより前に出る。

「き、君・・?」

少女は鞘からレイピアを抜く。

蒼精霊(フェンリル)

その詠唱から、レイピアが一瞬にして青い光に包まれる。

向こう側のゾンビも、彼女に対する畏怖で機能が停止していたようだ。ようやく、今の時点で彼女が敵だということを認識し、襲い掛かる。

それよりも早く、人間技には見えない動きでゾンビの頭を切断、あるいは体を串刺しにする。

2体が迅速に破壊された後、更に彼女は飛び跳ねて頭部をぐしゃりと蹴り上げる。

一瞬血が舞い上がった。

彼女はその勢いでぐるりと体をひねり、綺麗に円を描く形でゾンビを一斉に断ち斬った。

ほぼ一瞬の行為で、彼女は一人で勝利を収めていた。

「くだらない。こんな敵を殺しても、経験にもならないじゃない」

髪をはらい、剣をしまう。その姿がどこか優美だったが、先ほどの攻撃は魔法か何かだろうか。

レイピアを纏った青い光に切り裂かれたグールはそのまま砂に姿を変えて消えてしまっている。

それをただ茫然と見ているユウトに、少女は近づく。

「あ、あの。ありがとう、ございます?」

ユウトは一応彼女にお礼をしてみたが、少女は無表情だ。

「貴方、何処から来たの?」

「どこから?」

「ここはリーンガルズの僻地でしょう?一人でここまで来るだなんて、余程の用事があったとしか思えないんだけど」

リーンガルズという言葉は聞いたことが無い。それに僻地ということはどういうことだろうか。

「何処だよリーンガルズって・・僕はただ・・っ!!?」

突然、ユウトは頭痛を引き起こし、地面に倒れそうになる。

まるで頭に何か突き刺さったような、そんな痛みに頑張って耐える。

「僕は・・一体、何をしていたんだ?」

まず、ついさっきまでの記憶が無い。

名前は綾瀬ユウトだということは記憶にある。他の記憶もちゃんとある。

しかし、綾瀬ユウトは少し前の記憶だけはまず思い出せなかったのだ。

それがどういうことか分からない。ただユウトは疑問だらけの状況に精神を保つのが精いっぱいだった。

「思い出せない。俺は一体、何やってたんだ?」

「はぁ・・」

少女はため息をついた。彼女自身も良く耐えていると思う。

「演技でもないみたいね。貴方、名前は?」

「綾瀬ユウト。普通の学生だ」

更に質問は続く。

「何処から来たの?思い出せないとかいったけど、記憶を失ったの?」

尋問みたいだが、一応喋っておかなければ後で後悔するかもしれない。

ユウトはまだ残る頭痛に耐えてしゃべり続ける。

「ついさっきまでの記憶が無いんだ。それより、リーンガルズって何処なんだ?」

「はぁ?」

まるで変人を見る目だ。

「さっきの化け物は一体何なのかよく分からないし、君のさっきの戦い、どう見たって人間技には見えなかったけれど。とにかく僕はよく分からないんだよ。突然森の中に居ただけで、他の記憶がさっぱりないんだ」

「何それ。笑っちゃうわね」

「笑う・・・?」

「それじゃぁつまり、貴方は神隠しに会ったってこと?そう。そうだとして貴方がどういう人間かまだ分かったわけじゃないわ。貴方、とりあえず任意同行よ」

「え?」

任意同行とはつまり、連れ去りだということだろうか。彼女は一体何者かは知らないけれど、警戒感は出てくる。

「私の目の前で謎の言動を発しているから、任意同行することにしました。本来だったら殴っておくところだけれど。今日は気分がいいから、面倒を見てあげるわ」

それは皮肉にしか聞こえず、ユウトは追及する。

「あの。せめてリーンガルズが何処かぐらい説明・・」

「リーンガルズはシフ大陸の北に位置する国家。ここはその僻地よ。それも分からないってこと?」

「シフ大陸・・?」

「貴方、それも分からないの?」

「そうだ。分からない。でも、多分、僕はものすごい嫌な予感がしてきた」

ユウト自身、彼女との話し合いで一瞬頭に過っていた。これはよくある話に僕が巻き込まれたんじゃないかとそう考えていた。

「嫌な予感・・?」

「正直、僕は頭がおかしいと思う」

「えぇ。十分おかしいわね」

失礼な奴だが、状況がこうでは仕方が無い。

「僕が何処から来たかそれをはっきり言おう。僕は異世界から来た」

正直、この時の少女の顔はほぼ「不審者」を見る目だった。

もし逆の立場で相手から私、異世界から来ました☆彡と言われたら即警察に通報するだろうし、彼女みたいな反応は無理もないと思っている。

任意同行決定。ユウトは少女に連行され、何処かよく分からない建物に監禁されたのだった。


建物、というより小屋だが。湖の近くにあったその場所でとりあえず落ち着けることにユウトはほっとした。

この小屋は湖で漁をする村人の建物らしいが、勝手に使っていいのだろうか。

「全く。異世界とかよく言えるわね。妖精にたぶらかされたとしか思えないんだけど。貴方、正真正銘のやばい人なの?医者が必要なら病院直行だけど」

「いや、僕は普通のまっとうな健康な人だよ!?」

多分。実際の所異世界というのはイメージが湧きにくいだろう。

ヒルデ自身も完全に疑いの目で見ているし、異世界自体がファンタジーであることは並行世界共通の概念かもしれない。

「本当にそう?頭とか殴られたことない?両親に何か酷い虐待を受けた後遺症とか」

「あるわけないだろ!!!」

「じゃぁ、本当に異世界から来たとかを言い訳にするの?」

「言い訳でもない真実!!」

「そう。怪しすぎるけどまぁいいわ」

怪しいというか痛いというか、ユウト自身も全く自分が何を言っているのかよく分からなかった。

とりあえず、帰りたいとそう思っては居るようだ。

「わるかったな・・。それで、君は名前なんていうの?」

「・・・・」

「嫌そうな顔するなよ!?」

まるで蛆虫を見る目だ。

「まぁいいわ。私はヒルデガルド・ルイーゼ。ヒルデでいいわ。」

「ヒルデか。それで、君のその恰好からすると騎士か何かだったりするの?」

軽装の鎧は黒と白の単純な配色だった。小柄な体格に合わせられていて、ヒルデによく似合う恰好だ。

「いいえ。まだ騎士の称号は貰ってないわ。だから厳密には私兵に近いわね。」

「私兵?」

「フォルマール学園の生徒は、入学と同時に学園の私兵として国に認可されるんだけれど。それも知らないのね。もし本当に貴方が異世界から来た人間だというのなら、連れて帰る方がいいかもしれない」

一応異世界から来た事を信じてくれるのはいいとして、連れて帰るというのはどういう思考だろうか。

珍しい動物を見かけたような感覚だった。

「連れて帰るってどこに?」

少々ユウトも疲弊が入り、椅子に深く座り込んだ。

「フォルマール学園。もっとも、そこまで行くには少し時間かかるから。それまでは途中で逃げようとか思わないように。」

「いや、逃げようとしてもお金も持ってないみたいだけど。ていうか、僕、何で制服姿なんだ?」

「知らないわよ」

ユウトの場合、制服姿で異世界に転移したことになる。

それ自体はどうでもよさそうだが、この場合だと登校、あるいは下校中に異世界へ飛ばされたんだろうか。

「正直、僕はこれから何をどうすればいいのかさっぱり分からない。教えてくれ」

ヒルデに助けを求めたが、一瞬彼女は黙った。

「・・・はぁ」

ため息だった。相当嫌なのかどうかはユウトには分からないが、彼女に頼るしか方法が無い。

「私もよく分からないわね。仮に異世界から来たことが本当だったとして、貴方がそもそもどうしてその世界からこの世界に来たのかが分からないのか。分からないことだらけということがそもそも致命的じゃないの?」

「致命的・・」

致命的というより絶望的のほうが正しいだろう。そもそもお金やその他の知識が無い以上どうしようもないのだ。獣に食べられるか誰かに殺されるか、あるいは飢え死にするか。

どれも嫌だが、すぐに全く違う世界に溶け込める自身なんてあるはずもない。

「貴方が異世界から来た事を主張するのは別にしても、全くこの場所は知らないということは、少なくとも誰かに連れてこられたと思った方がいいわね」

「誰かに連れてこられた・・?」

「そう。誰かに連れてこられて、記憶をいじられたんじゃない?」

「本当にそうだといいんだが」

どんなに考えてもそれはただの憶測でしかない。

ユウト自身がある程度この世界の事を知らない限りは、到底元の世界に戻るなんてことは分からないだろう。

「君は一体あそこで何をしてたんだ?」

「ん・・貴方が私の下僕として生きるなら教えてあげてもいいわね」

と、にやりと笑った。

ヒルデという女の子はドSらしい。

というより、あまり真剣ではないんじゃないか。

「もっといい言い方ないの?」

「貴方、馬鹿過ぎるからつい変な事しそうなのよね」

「お前、実はかなり嫌な奴だろ」

「私がフォルマール学園の学生だということは言ったわよね」

調子に乗りやすい性格のようだが、何度も突っ込むような真似はしない。

ユウトは妹でそういうことを学んできているから。

「うん」

「私は学園長からの課外授業を貰って、この湖の近くにあるデニスの館の調査に来ていたのよ」

「デニスの館?」

「デニス・フレイヤっていう資産家の別荘よ。あそこに見えるのがそう。」

彼女が見た方向には、確かに一軒だけ古い建物が建っていた。

あまりにも風景に溶け込み過ぎていて目にはいっていなかったユウトだが。

「あの館に何かあるのか?」

「あるっていうより、居るっていうほうが正しいわね。あの館は30年前にデニスが死去して以来放置されていて、誰も住んでいないはずなのよ。でも、最近になってよくない噂が出てきたの。村人からの情報でね・・」

「幽霊が出るとか?」

「いいえ。さっきの見たでしょう?あれが館に跋扈してるから、村人も湖で仕事ができなくなったのよ。それで、私がその館の調査員になったわけだけれど。湖に来た時丁度貴方が出てきたのよね」

「ある意味凄い偶然だね・・」

「貴方があの館に関係あるのかしら?」

「無いよ。流石に無いと思う」

それからヒルデは少し間を置いた。

「あの館、元々人が住むために建てられたわけじゃないらしいわ」

「別荘だから、確かにずっと住むわけじゃないだろ」

「そうじゃなくて、魔術的な実験が行われたんでしょう?あのグールたちも、あの別荘で作られたに違いないけど。問題はデニス・フレイヤが魔術師であるなんてことは知られていなかったの。ただの資産家でありそれ以上もそれ以下も無い。お金を稼ぐのが最大の娯楽みたいな人が、魔術に手を染めていたなんてことは無いって言われていたわ。」

「今から、その別荘に行って調べるんだね。僕を連れて」

「えぇ。頑張って私を助けてね。」

「あのゾンビ・・グール?あのキモイ奴らがまた襲ってくるんだよね?」

「私だって一応女の子だし、一度ぐらい殿方に助けられてもいいじゃない?」

「君だってあいつらの至近距離に近づいたからよくわかるけどさ。死臭漂ってたよね。リアルの。初めてだから硫黄か何かだと思ったけどどう考えても人の死体の匂いじゃないのあれ」

「当然よ。死んでるんだから」

「あれと戦えって?」

「戦闘力はあまり無いから大丈夫じゃない?」

「武器持ってないし君みたいにかっこいい装備つけてないから」

「男だったら殴れ」

「マジか?」

またため息をついた。ため息をつくのが癖なんだろうか。

「デニス・フレイヤの館の噂はまだ続きがあるのよ」

「まだあるんだー」

「でもその話はまた今度にして、直接向かってみましょう。その方が面白いし」

「面白いが基準なの・・?」

「一応言っておくけれど。絶対私の傍を離れなければ死なないわ。」

そう言って彼女は出ていき、ユウトもそれに続く。

行先はデニス・フレイヤの館だ。その先の不安についてはユウトにとっては想像を絶するが・・。


館の外観は経ってから放置され続けているせいでボロボロの状態だった。

まともに管理されていると思えていないし、デニス自身が本当にこの館を管理しているのかも怪しい。

ヒルデ自身も館の近くに来てからはあまりいい表情をしていない。

「うーん」

「何かまずいことでもあった?」

「まずくは無いんだけれど。この館の中にあのグールが敷き詰められていたらと思うとちょっとね」

それじゃ止めとこうかとユウトは考えたが、自分の立場上成り行きでヒルデに従うしかない。

彼女が門を開こうとするが、開かなかったため右足のキックで強引に突破する。

鍵を破壊するどころか門そのものがへこみ、柱から外れて完全にガラクタとなった。

更に館に入る扉も蹴りで突破される。館の鍵を所持していなかったらしい。

そのまま中へ入ろうとしたが、中は更に酷かった。まず異臭。

腐った肉の匂いがしたが、案の定動物の死体が転がっていた。食用として解体された形跡があるが、いくらなんでも室内の廊下でやることは無いと思う。

更に入っていって調べるヒルデ。それについていくユウトは心底帰りたい気持ちになった。

「グールの気配が無い・・?」

グールが居ないらしいが、それがどうして疑問になるのかユウトは理解していなかった。

「居なかったなら帰ろうよ」

「こっちに地下室に入る扉があるみたい」

「え?」

いつの間にかヒルデは地図を持っていた。

デニスの館の設計地図らしい。

「・・・貴方はそこで待ってて」

「マジで?」

「もし何かあったらこれを使うこと」

そう言ってヒルデが何かを手渡す。

ペンダントだ。

「これに念じて、自分が使いたいと思う武器を。但し今は使わないこと。これはエーテルスフィアっていう宝石を錬金術で即席で武器を生成する物なのだけれど、使用者側の魔力を糧に生成されるから消耗が激しいの。使い続けている限り、魔力の消耗は続くから、逃避用に使って」

「ヒルデの武器もそうなのか?」

「違うわ。それはついこの間他の魔術師をなぐ・・倒した時に拾ったものだから」

「拾い物?」

「えぇ。拾い物よ」

倒した相手から拾った物だという変な表現にユウトはあまりつっこまないことにした。

「使うときは逃げる時か。恰好がつかないけど、仕方ない。」

「えぇ。それじゃぁ、そこで待っていて」

そう言って、ヒルデは地下室へと行く。

しかし、そうはいってもユウトが居る通路でも異臭は強く、鼻を手で覆って何も見ないように精いっぱいだった。

「しかし、どういうことだ・・?」

通路側に解体された動物。その後に見たのはキッチンのテーブルに食べ残しの料理があったことだ。

ヒルデはあまり気にしていなかった、というよりも気配がしないことを理由にあまり警戒心を抱いていなかった。

彼女自身がどうしてあそこまでグロ態勢に強いのか理解できない彼は、適度に我慢するという思考停止状態になるしかない。

「まだか・・?」

ヒルデが帰ってくるまで時間がかかるのは億劫過ぎる。

こんな異常空間に取り残されたままいるまでもつのか、自分の体力に希望を持つしかないのだろうか。

「全く。何でこんな所に来てしまったんだ」

「そうだね」

ユウトは突然の声に、その方向に振り向く。

そこに居たのは少女だった。確かに少女に見えていは居たが、彼女の頭や体に包帯が巻かれていてどういう子なのか分からない。それ以前にワンピースや包帯がところどころ赤いのは彼女自身が怪我をしているのか、それとも左手に握られているウサギの血を浴びたせいなのかも分からない。

ただ、その少女を異常たらしめているのは右手の武器だ。

鉈に見えるが、その鉈がノコギリのような形になっている。その大きい鉈を右手で持っている少女の握力も体外だが、薄暗いせいでどうしても少女の右目の赤い眼光のせいでユウトは体を動かせなかった。

「あ・・・・・」

どうしてヒルデはユウトを一人にしてしまったのだろうか。

あの食べ残し自体、まだ新しいのに。

「心、ぴょんぴょんしてる」

そんな、意味不明な言葉をしゃべった少女は、外見に似合わない速さでその鉈を大きく振りかぶった。

その瞬間だった。

少女の背後に影が現れる。ヒルデが、背後からレイピアで彼女の背中に切りかかっていた。

「貰ったぁ!!」

ヒルデの襲撃にユウト自身は驚いていたが、その完璧な奇襲があろうことか最初から気づいていたかのように包帯少女が鉈を遠心力に任せて逆手に持ち替え、背中を防御した。

当然、レイピアで鉈の防御を無視することはできず、ヒルデはそのまま一歩下がった。

「ちっ」

「いきなり後ろから切りかかってくるなんて、どういう神経してるの?」

「あんたに言われたくないわね。ていうか何よその恰好・・」

「何って?」

「だから、何で猟奇殺人鬼みたいな恰好しているのかと聞いているのよ。私たちがこの館に入った時、ずっと後ろからみていたんじゃない」

どうやらヒルデは最初から気付いていたらしい。

この館の惨状も、この包帯少女によるものなら納得がいく。

「何だ。分かってたんだ。完璧なステルスだと思ってたのに」

「貴方、一体何者なの?」

「私は・・私は・・・・」

「どうしてデニス・フレイヤが所有していた館に居るのか説明してもらえる?」

「私・・・・私・・」

「ちょっと、聞いてるの!?まずは名前を言いなさい!!」

「・・・・誰?」

「はぁ?」

「私、誰?分からない。分からないし、聞かれたくない。聞かれたくないから答えたくない。教えて、貴方は誰?」

「・・・貴方、自分の名前が分からないの?」

「分からない。ずっと前から。ずっと、ずっと前からこの館の地下に居たの」

「あの地下室に?冗談を言わないで。あそこに住める場所なんて無いじゃない」

「もっと深いところに住んでたの。気持ち悪い人たちが襲ってきて、牢屋が壊されてから、私は出れるようになった。あの人たちは意識が無かったから、簡単に殺せたけれど。私はどうしたらいいか分からなかった・・。ねぇ、貴方はどう思う?」

鉈をゆっくりと上にあげる。

「貴方は、君は、お前は・・どう感じる?」

そして飛び跳ね、一回転する形でヒルデに切りかかった。それをレイピアで切り払う形で回避し、何ステップか背後に移動するが、そのまま数度鉈が襲い掛かってくる。

そのまま向こう側の壁にまで押され、つばぜり合いの状態になった。

「っ!?」

そのままつばぜり合いで壁に押し付け、レイピアを破壊する。それが包帯少女の強引な攻撃計画だった。

しかし、そのつばぜり合いの時、レイピアが突然青く発光する。

「あ」

鉈が弾かれる。そして、

ヒルデは相手が女の子であろうが関係なく、右手で容赦なく殴り飛ばした。

そのまま数メートル飛ばされ、ぐるりと地面に倒れこんだ後に立ち上がる。

その立ち上がった直後にレイピアの剣先が少女の喉元に現れる。

「ふぇ・・」

異常な速度だった。包帯少女から見て殆ど一瞬にしか見えない速度。

「あんた、人間なの?」

「お前に言われたくないわね。貴方を学園へ連行することにしたわ。嫌と言っても逃さないから」

その瞬間。

窓から突然巨大なグールが突撃して建物の中に侵入した。

「なっ!?」

身長2メートル以上はあるグールは、そのままの勢いで少女二人に対し突撃する。

そのグールの右手によるパンチで、二人に命中せずとも廊下を確実に破壊し、粉塵を巻き上げた。

更にそのままヒルデ、包帯少女はその巨大グールの一撃によって地下へ一斉に落下していっていまう。

「ヒルデ!!?」

二人の戦いに起きたアクシデントに硬直したままになる。

「嘘、だろ」

更に続いて、巨大グールが破壊した壁から数体ほどのグールが現れる。

逃げ場なども無く、ユウトは苦笑いするしかなかった。

「それならば」

ユウトはペンダントに念を入れる。

ヒルデによれば、所持者が使いたいと思う武器を作るアイテムだ。念を入れるだけなら、自分自身にもできると、ユウトはそう感じた。

ペンダントが念に呼応し、発光する。ペンタンドが消失し、代わりに剣が形となって生まれた。

「よし、これなら・・え?」

剣を生成したのはいい。

しかし、何故かユウトの気合と裏腹にがくんと足が崩れ落ちた。

謎の徒労感。喪失感ともいうのか、体全身が急激にマヒしだしていた。

「あいつ、魔力消費するとかいっていたが、逃げられるレベルじゃないだろ・・!!」

徐々にグールたちが近づいてくる。ユウトは仕方なく、剣に消えてくれと念じた時、簡単にその剣は消失してペンダントに戻った。そして、それをグールに投げつけて逃走しようとする。

が、その逃走しようとした方向から突然別のグールが現れる。

「嘘・・!?」

退路は断たれた。

前、後ろにグールが居て、逃げることが不可能になる。

そのままグールたちは全身し、目の前にある獲物にゆっくりと襲い掛かる。

数で圧倒される。もう逃げ場はなく、ただの高校生にその状況を突破する手段など持ち合わせて等いないはずだ。

「あ・・・」

殺される。

殺されることの恐怖でこうも胸がいっぱいになるのだろうか。

グールが持つ剣が目の前まで来る。

武器を持った相手が目の前に居ることで高揚感が増した。

殺されるのも後もう少し。

ただ、ユウトは。自分がそういう状況になったにも関わらず笑っていた。

かちん、と。

ユウトが「直前の記憶を取り戻した」時、プロローグがここで終結する。



迂闊だった。ヒルデはただ自分の判断に苛立っていた。

少しその場で会った少年を囮にして館に不法侵入している人間を割り出すことに何の疑念も抱いていなかった。

館の地図では、地下室から別の通路を通って他の室内へ移動できる。殆ど避難通路のようなものだが、それで敵と思われる少女を背後から攻撃すること自体は問題は無い。

ただ、その少女とグールに因果関係があるかどうかは別の話だ。

少女の言動自体、そもそも信ぴょう性がある話ではないし。

「くそったれ・・!!」

自分に罵倒を浴びせて、レイピアに魔力を総動員して巨大グールを一刀両断にする。

それも3、4回ほどの行為で巨大グールは倒せた。

「はぁ・・・はぁ・・・・」

流石に巨大グールの防御力は高く、倒すのに2、3分はかかってしまう。

しかも包帯少女による妨害もあって余計に体力を消耗させられていた。

「すっごーい」

馬鹿にしたような包帯少女の目は歪だった。

「ユウト・・!」

すぐに上へ行こうとするが、瓦礫の破片が飛来してきたのにきずき、それをレイピアで破壊する。

「ダメだよ。ダメ過ぎて吐き気がしそう」

「吐き気がしそうなのはこっちよ!」

「そんなに彼が心配?恋人?」

「さっき会ったばかりよ。それより、邪魔するなら本気で殺すわよ」

「うん。いいよ」

ぷち、とヒルデの中で線が切れた。

そのまま会話を挟まず、ヒルデは包帯少女へ一気に走り詰める。

最速の形で突撃し、レイピアの一撃を入れた。

その早くとも分かりやすい一撃自体、何度も経験した包帯少女にしてみれば鉈で防御するのは楽勝だった。

背で受け止め、すぐにヒルデに切りつける。間合いはヒルデが一気に詰め寄ってしまった以上、包帯少女にとっては確実に仕留められる攻撃だと思っていた。

取った。

ヒルデの隙を完全にとらえた。

そのはずだったが、頭の予想と目の動体視力をはるかに超えた形で突然ヒルデの体の軌道が変わり、鉈を右足で蹴り上げ、更に左足が包帯少女の頭に直撃しようとした。

もっとも、その直撃は包帯少女側の無意識による反応でぎりぎりの所でよけられたが、地面に倒れてしまった。それから着地したヒルデからの追撃を、体をバネにしたように地面から飛び跳ねてよけた。

(何て体術してるのこの人・・!?)

包帯少女側も流石にヒルデが殆ど助走をつけずに空中で2回転して体の体制を整えたことには驚愕していた。

体術があまりにも出鱈目過ぎていて人間とは思えない。

息もおかず、ヒルデはさらに攻撃を続けようとレイピアを前に突き出す。

そのレイピアを包む魔力、包帯少女にとってはそれ自体が厄介だった。魔力が宿る物は他の物よりも固く、そして相手を確実に打ち倒す力が生み出される。

純粋な腕力では破壊できない物や頭を破壊されても動き続けるグールに対しては魔力による武装が有効だ。

その魔力、もしくは精霊による加護を包帯少女ができないわけではない。

(こいつ、まだ魔力が・・!?)

魔力、精霊の加護の欠点として相当魔力を消費することだ。

魔力を消費すればするほど肉体にも影響が出る。魔力使用の度が過ぎれば肉体を破壊する恐れもあった。

なのに、ヒルデは全く魔力が途切れず、それどころか更にその魔力の威力が増していたのだ。

(人間じゃない・・!!こいつ、本当に・・!!)

レイピアをただ鉈の背で防御しているのに、そのレイピアが砲弾のように感じた。

ヒルデはそのままレイピアの一撃の直後に体を回転して右足で鉈ごと包帯少女を蹴り飛ばした。

蹴り飛ばされた包帯少女はそのまま壁に衝突する。

「がはっ・・!?」

脳震盪で眩暈がする。が、奴はまだ来る。包帯少女は鉈を両手で持ってヒルデに対し攻撃を開始する。

そのままレイピアとのつばぜり合いになった。そのまま、レイピアをノコギリ状の刃の間に入れこませ、ぐるりと回転させてまた包帯少女を壁に押し付ける形になった。

丁度良く関節技の状態が決まってしまい、身動きが取れなくなる。

「ん、ぁああっ!!?」

「って、変な声出すな!?」

「はぁ・・・はぁ・・・・はぁ・・」

どうやら変態だったらしいが、ヒルデは「鬱陶しい!!」と右手でげんこつした。その衝撃で更に壁にうちつけられ、包帯少女はなすすべもなく気絶する。

「こいつは後回しね」

そのまま、ヒルデはユウトの救出へと向かった。



 その光景は、ヒルデが予想したものとは違った形になっていた。


綾瀬ユウトはただ通路に立ってぼうっとしていた。

周囲の地面に散らばっているのは、倒されたと思われるグールたちだった。

綾瀬ユウトには、ひとつも傷が無い。ただどういうわけか力が無くなったような顔をしていた。

混乱するヒルデは、彼に近づいて確認する。

「ユウト、大丈夫?」

「あぁ、あれ?僕、ここで何をして・・うわぁあああ!?」

ようやくヒルデに気が付いたユウトは、足元に居たグールを見たと同時に飛び上がった。

「な、何だこれ!?いつのまにこんなことに!?ていうかヒルデ!?大丈夫っていうかどうして!?」

「落ち着きなさい。それより貴方、これ・・貴方がやったの?」

「え?いや、あれ?」

「貴方がやったのかって聞いてるのよ。エーテルスフィアは?」

「あぁ・・。そういえば、使おうとしたんだけれど使えなかったからグールに投げつけたっていうか。あ、あれだ」

ぐるりとユウトは周りを観察して、見つけたエーテルスフィアをすぐに拾う。

「よく分からないけど。がくって足が萎えちゃったっていうか。使い物にならないよ。本当に逃走用なのかこれ」

「普通なら問題は無いはずだけれど。貴方、魔力が人より低いの?」

「分からないよ。魔術とかそもそも分からないっていうか。僕の世界じゃ魔法が存在しないはずだから」

「じゃぁどうやってグールを倒したの?魔力を直接叩き込まれないと死なないのよ?」

「だから分からないんだよ。ていうか、さっきまでの記憶が何故か無いんだ。あれ?もしかしてまた記憶喪失になってる・・・?」

ヒルデはただ困惑していた。

まさか、ユウトがこのグールを全部倒したのだろうか。何か、もっと別の方法で。

ただ何もかもがよく分からなくなり、ヒルデはただ別の事を決断するしかなかった。

「このまま撤収するわ。貴方を学園まで案内することにしたから」

「それは助かる・・と思うけれど。どうしたの?ていうか、さっきのおっかない子は?」

「あんなのは放っておくわ。大体、この館の真意はさっき地下室を見た時に分かったから」

「分かったっていうと・・?」

「あの包帯馬鹿が言った事が真実だとしたら、デニスは魔術師を雇っていて、その魔術師がこの別荘を工房にしていた。その証拠としてあの地下室があったから。もっとも、魔術書だらけの薄暗い書斎だったけれど、あそこよりまだ地下室が続いているから・・まだ魔術的な施設があってもおかしくないわね。そこでグールが大量に生成されたんでしょ」

「僕自身、あまり頼りにならなかったね」

「はぁ・・?頼りなるならないの問題じゃないわ。貴方自身がそもそも探索任務を切り上げる原因になってるんだから」

「そうなの?」

「当り前よ。それじゃぁ行くわよ」

そうして、デニス館での探索は一時終了となった。


がたり、と。殴られた感触がまだ言えないまま、少女は立ち上がる。

ゆるくなった包帯を強引に引きちぎり、隠れていた左目があらわになった。

緑と赤のオッドアイが薄暗い地下の中でもよく光っていた。

「・・ころさなくちゃ」

にたりと笑った同時に、散々攻撃を受けてヒビが入っていた鉈を見る。

「君もおわかれだね」

そう言って、壁に叩きつけた。限界に達したその鉈は砕け散り、武器としての機能が無くなった。











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