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森の園のブランシェ  作者: 茉雪ゆえ
はじめの年
9/12

不仲な二人

「ええと、『魔法学概論』でしょ、『錬金術学概論』に『召還学概論』、それからええと……『魔法言語学概論』と『初等呪文学』あと何? 『基礎呪文一覧集』と……ああ、魔法史は『新編・魔法史』……」

「ブランシェ、『魔法史年表』忘れてるよ」

「『錬金術学・最新資料集』もね」


 寮に入った翌々日、教科書販売所にて。大量の教科書を抱えてふらふらしながら、ブランシェは「まだあるの!?」と情けなく悲鳴を上げた。


「仕方ないさ。一年目は授業やたら多いんだからね」


 しっかりと大きな袋を持参したヴィオレットは快活に笑ってみせる。そんなヴィオレットを多少恨みがましい目で見つめながらブランシェは、「知ってるなら早く言ってよ」と不満そうに頬を膨らませた。


「ほら、持つって言ったのは自分なんだし、寮はすぐだよ。頑張れ!」


 からからと笑いながらヴィオレットは、ばしんばしんとブランシェの背を叩く。


「いたい、いたいよ!」

「あはは、ごめんー」

「だっから! いたいってば!」

「もう! 二人とも危ないわよ」

「え?」


 重い本を抱え、ただでさえふらふらしていたのだ。そんな時に背中に加わった衝撃、それからブランシェ自身の注意力が散漫になった所為で、彼女の手元から重い本がばらばらと飛び散った。それは、息を呑んだブランシェの前で重々しく宙を舞い、それから前にいた人物の背中を強か打った。


「きゃあ!」

「……っ!」

「ご、ごめんなさいっ!!」


 痛みに小さく息を呑んだ人物は、緩慢な動作で振り返った。

 とたん、ブランシェはすくみ上がる。そこにあったのは、暗い光を湛えた、殆ど灰緑か銀緑とでも言った方が良さそうな暗い緑色の二つの目だったのだ。どこか、猫科の猛獣を思い出すようなその目に、ブランシェは何も言えなくなる。同じ緑なのに、見慣れた兄のあの穏やかな緑の目とはなんて違う印象なのだろう!

 ただ、その目の周りは奇妙に感じるほど白い肌で、髪は綺麗に整えられた、淡くちらちら光る、波のようなブロンドだった。まるで人形のような美しい造作で、その目があんなに暗くなければ、きっと人が焦がれて止まないような、そんな容姿になっただろう。

 ブランシェは恐怖と驚きで何度か瞬きをし、その人物が少年であることを認めた。黙っていれば女の子たちが放って置かなさそうな見た目のその少年は、残念ながら口を開いた。


「威勢のいいチビだな……」

「あ、あの、そ……その、ごめんなさい……」

「ここは子供の来るところじゃない」

「えっと、その、ご、ごめん……なさい」


 暗い目に浮かんだのは明らかな侮蔑。ブランシェは怒るよりも、ますます怯えてしまう。


「背に痣でも作りたかったのか?」

「い、いえ、そ、そんなことは決して!」

「それでは傷でも作って楽しむつもりだったんだろう」

「ま、まさかそんなこと!」


 ねめつける様な目がじいっと品定めでもするようにブランシェに注がれ、ブランシェはただひたすらに謝罪を述べることしか出来なくなった。


「ほ、本当にごめんなさい……」

「ちょっと!」


 ただただ謝り続けるブランシェに、業を煮やしたのはエカルラットだった。


「大した過失でもないでしょう?! それなのに謝ってる相手になんて物言いなの!? ブランシェもブランシェよ! こんなやつに延々謝る必要なんてない!!」

「何!?」


 かっとなった少年が振り返る。エカルラットは彼をねめつけ、口を開いた。


「この、ろくでなし!」


 始まってしまった口論に、ブランシェはぽっかりと自分の口を開けて立ち竦む。小柄な自分の頭上で、美しい赤毛の少女と暗い目の少年がとんでもない罵声を浴びせあっているのだ。


「なによ、どうせちっぽけな痣ひとつ出来てないくせに馬鹿馬鹿しい!」

「痣なら元からある! 物が当たると痛いんだよ!」

「ああ、あんたの背にあるちっぽけなちっぽけな取るに足らない痣のことかしら? お生憎様。その痣は生まれ付きで、あんたの体には何の影響もないってこと、よーく知っているわ! 同じ三ツ星の家柄を舐めてるんじゃなくって? グリュン・ベリル・ビリジアン!」

「フー・フレイム……」

「ビリジアンのお坊ちゃまは、もう少々寛大なお心を身に着けたほうがよろしいんじゃなくて? 馬鹿馬鹿しいわ!」

「貴様……!」


 散らばった教科書を拾い集めることも出来ず、ブランシェは両者の間で右往左往した。

 エカルラットから聞いてはいたものの、この仲の悪さを目の当たりにして、おろおろすることしか出来なくなってしまったのだ。


「あ……あの」

「黙れチビ! 口を出すな!」

「ごめんね! 黙ってて!」


 まるで息の合ったコーラスかのように二人の声がぴたりと重なって同時に聞こえ、ブランシェは言葉を失って慌てて口をつぐむ。ちらりとヴィオレットに視線を送ってみると、彼女は呆れたように肩をすくめてみせた。眼鏡の奥の紫の目は、なんだか面白そうに笑っている。


「うう……、ぶつけたのはわたしだから、悪いのはわたしなんだけど……」

「まあ、たしかにちょっと言いすぎだけど、そうだね。しかし、彼がビリジアンかあ。……こりゃダメだね。もう完全に頭に血が昇っちゃってる。多分二人とも、もうホワイトさんのことなんて目に入ってないよ」


 申し訳ないような、呆れたような。なんともいえない苦笑浮かべ、ブランシェは浅い溜息を吐いた。それからようやく、自分の散らかした教科書を拾い集めようとかがみ込んだ。

 しゃがみこんだその上では、相変わらずの怒声がなっている。むしろそれは、段々激しくなっているようだった。


「よくやるなあ」


 肩をすくめ、ブランシェが教科書を拾うのを手伝おうと腰をかがめたところで、ヴィオレットはおや、と小さく息を呑んだ。目の前でブランシェがぽかん、と口と目を開けている。よくよく見れば、彼女の目の前にはすでに、散らばった教科書が綺麗に山積みになっていた。


「災難だな」


 さらに数冊散らばっていた資料集の類をまとめて揃えながら、そう言ったのはシュヴァルツだった。


「えーと、シュヴァルツ・ライン君だ。教科書ありがとう!」

「じゃ、君が3人目の三ツ星?」

「ああ」


 どこか疲れたような溜息をついてシュヴァルツは肯定し、口論を一瞥してからブランシェの教科書の束を抱え上げた。


「わ!」

「持てるのか?」

「も、持てる!」

「じゃあ渡そう」


 上から半分の教科書を放るようにブランシェに渡し、シュヴァルツはヴィオレットの方に尋ねる。


「そっちの寮母は誰だ?」

「ん? ああサクラ先生だよ」

「ロット・サクラ教官か?」

「そう」

「え? 何の話?」


 何が起きているのかやや理解できずに、ブランシェはぽかんとシュヴァルツの顔を覗き込む。


「半分持って行ってやろうと言ってる」

「え! そんな駄目だよ!」

「大したことじゃない」

「でも悪いよ!」

「……教科書くらいで恩を売ったりはしないぞ?」


 慌てたように拒もうとするブランシェを、かえって不審そうな目で見て、シュヴァルツは浅く息を突いた。


「人の親切は受けておくものだろう?」

「……『持ちつ持たれつ』?」

「まあ、そうとも言うな」

「じゃあ、いつか何かお礼を」


 これ以上ばら撒かないようにとしっかり教科書を抱きかかえて、ブランシェはぺこりと頭を下げた。


「そういえば、ホワイト、だったか、お前、シロルミネリウスはどうした?」

「シロルちゃん?」

「……本当にそう名づけたのか」

「うん」


 ブランシェは軽く頷く。


「シロルちゃんはお外で遊んでるみたい。昨日は夕方になったら帰ってきたよ」


 にこにこしながらそう言われ、シュヴァルツは脱力したように浅く頷いた。それから諦めたように、ブランシェの教科書を抱えて踵を返す。

 ヴィオレットはそれを見て、寮の方へ向かうシュヴァルツの肩を軽く叩いた。


「ちょっと待って、ライン君。君、あの二人を止められる?」

「は?」


 ヴィオレットはニコニコしながら指で、ぎゃあぎゃあやっているエカルラットとグリュンを指し示した。


「あのまま放っておくと公害だと思うんだ。なりたてとは言えルームメイトとしては止めたいんだけど、どう止めたら止まるもんか分からないんだよね。君は彼女たちの幼馴染だってフー・フレイムさんに聞いてるよ。止めたこと、あるんじゃない?」


 シュヴァルツは渋い顔をして黙り込んだ。あまり関わりたくないという風情だったが、浅い溜息をついて、グリュンの斜め後ろの辺りに立っている少年に声を掛けた。


「ヴェルト」


 ブランシェはぱちぱちと瞬きした。それまで、そこに人が立っていたことに気がつかなかったからだ。

 しかし、気がついてみれば、そこに居たのはびっくりするほど背の高い、落ち着いた雰囲気の少年だった。目は沼のような緑がかった茶色で、髪はくすんだ金色。白いクラローブをまとってなお、気配を感じさせないような静かな少年。

 彼は、シュヴァルツの声に低いトーンの小さな声で「なんでしょうか」と返事をした。


「そこの煩いのを止めようと思う。止めた後のグリュンのフォローは任せる」

「……分かりました」


 ヴェルト、と呼ばれた少年が首肯したので、シュヴァルツはブランシェの教科書を抱えたまま、つかつかと取っ組み合いを始めかかっていた二人の方へ歩いて行った。


「そこまでにしておけ、グリュンにエカルラット」

「煩いシュヴァルツ! 口出しするな!!」

「そうよ! ここで会ったが百年目、きっちり今回こそ決着付けてやら無いと気がすまないんだから!!」

「こっちだってそうだ!! この馬鹿女、黙ってりゃ言いたいこと……」


 シュヴァルツは呆れたように二人を見やって、それでも続けた。


「あまりにも大人気ない。分かっているのか? 二人とも。我々三人はここで、自分の家名を背負っているんだ。まさか三星の名を辱める気か? そうなればライン名の元に、私が相手になる」


 二人はぽかん、としてシュヴァルツの顔を眺めた。


「仲が良いのは大変結構だ。だが少し慎め」

「何が『仲が良い』だ、気取りやがって…………離せ!」


 唖然とするエカルラットの横で、猛然と講義しようとしたグリュンの手をヴェルトが軽く掴む。


「ヴェルト、邪魔しないでくれ!」

「……でも、正論だ。それに、女性を殴ったらいけない」


 諭すようにぽつりと呟かれた言葉に、グリュンはうっ、と詰まる。ちらり、エカルラットの方を睨むと渋々大人しくなった。


「くそっ……分かったよ……今日のところはヴェルトに免じて引いてやる!! だが覚悟して置け、フー・フレイム!」

「の……望むところよ!! そっちこそ覚悟してなさいよ!? あとで泣き喚いたって遅いんですからね!!」


 噛み付くようにエカルラットは叫び、それから我に返ったように、ばつの悪そうな顔で新しいルームメイトたちの方を向いて頭を下げた。


「……行くぞ、ヴェルト!!」

「ああ」


 怒りが冷めやらないといった足取りで、教科書を抱えて大股で歩いて行くグリュンの後ろを追いながら、ヴェルトはちらりとブランシェの方を振り返り、口の形だけで「申し訳ない」と呟いた。





「ライン君すごいね」


 やり取りを見ていたブランシェは、素直にそう言ってにっこり笑った。


「どうやって止めるのかなって思ってたけど」

「うん、鮮やかだったね」


 ヴィオレットは眼鏡を指で押し上げ、それから笑って言った。


「慣れてる加減がなんともね」

「…………面目ないわ」


 エカルラットはしょげたように肩を下げた。


「あいつの顔を見ると苛々してくるのよ……」

「そりゃまた難儀な」

「ちいさいころから仲悪かったの?」

「ええ、初対面から」


 エカルラットは溜息を吐く。ブランシェは目を見張り、不思議そうに首を傾げた。


「あの二人が喧嘩以外のコミュニケーションをとっている様を見たことがないな」


 シュヴァルツは感情を滲ませない声でそう言って、大きな息を吐いた。


「だからあれがコミュニケーション法なのかと思っていた」

「そんなわけないでしょう……お願いだからあまり言わないで」

「ならば少し大人しくしていろよ」

「ライン君とフー・フレイムさんは仲良しなの?」

「エカルラットって呼んで」

「……お前には仲良しに見えるのか?」


 シュヴァルツに黒い目で覗き込まれ、ブランシェは言葉に詰まりながらええと、と答える。


「知り合い、には見える……」


 エカルラットは目をしばたたかせ、シュヴァルツは、癖なのかまた大きく息を吐いた。


「三ツ星は皆、幼い頃から知り合いだ。良く言えば幼馴染だな」

「本当に『良く』言えば、よね」

「正しくは『強制的』に知り合いにさせられたと言うべきだろうな」


 ふう、短い溜息がエカルラットの口から漏れた。

 ブランシェはぱちぱちと瞬きをしながら、エカルラットに更に尋ねる。


「あの、ヴェルト君、っていうのは誰? 背のすごく高い人」

「ああ、彼はヴェルト・グリーンよ」

「彼は……グリュンの友人兼付き人だな」


 その単語を聞いたヴィオレットとブランシェは顔を見合わせた。


「……付き人ォ!? あんたら二人にはいないの?」

「私にはいない」

「私は要らないって言ったわ」

「ねえ、それって普通いるものなの?」

「そうね、貴族では良くあることだわ。昔は当たり前だったんじゃないかしら。昔ってほどでもないけど、私の姉には居たわ」

「我家は付き人を付けないのが習慣だ」

「……貴族って変なの」

 ブランシェの感想に、ヴィオレットは思わず噴出す。

「素直だねえ、ホワイトさんは」

「え?……なんか私変なこと言った?」

「普通、そんなこと言わないよ! 面と向かって」


 ああ、可笑しい。

 ヴィオレットはその後暫く笑い続け、きょとんとするブランシェの前で、シュヴァルツとエカルラットは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。



このあたりで主要なこどもたちは出揃った感。

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