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森の園のブランシェ  作者: 茉雪ゆえ
はじめの年
8/12

三ツ星

 半ば引きずられるようにしてブランシェがたどり着いたのは、寮の2階、角部屋だった。

 扉の前には、ブランシェとエカルラットと知らない名前の書かれた、ピカピカ光る真鍮のプレートが、やっぱりぴかぴか光る真鍮のネジで止めてある。何の迷いもなく鍵を開けてずんずんと進んでいくエカルラットの背を見送りながら、ブランシェは部屋を覗き込んでちょっとだけ溜息をついた。


「あら、どうしたの、ホワイトさん。突っ立ってないでお入りなさいな!」


 ブランシェは明るいはきはきとしたエカルラットの声に背を押されるように、おずおずと部屋に足を踏み入れた。


 そこは、古い造りの、がらんとした部屋だった。

 角部屋だから当然、四方の壁のうち二方は窓で、そこにかかっているカーテンはずしりと重く、まるで貴族の屋敷のようだ。けれど、三つ置かれている寝台も机も、本棚も、どっしりと古そうではあったがそこまで装飾の華美なものではない。上品な飾り彫りの施された焦げ茶色の木でできているそれらは、どれも使い込まれている。


「ああいやだいやだ、なんてほこりっぽいの!」


 エカルラットが悲鳴を上げて、窓へと突進する。引かれていたカーテンを全部開けて、開けられる限りの窓をがたんがたんと開けた。急に差し込んだ日の光と吹き込んできた風に目を細め、ブランシェは部屋の中をくるりと見渡した。


「あ」

「こんにちは」


 不意に、部屋の隅で、自分の荷物の上に座っていた少女と目が合った。おそらく彼女が、入り口の真鍮のプレートにあった三人目なのだろう。彼女はブランシェに気が付くと微笑んだ。


「あの赤毛の人が三星のフー・フレイムさんだとしたら、君がホワイトさん?」

「……うん」

「あたしはヴィオレット・ベルフラワーだよ。よろしく」


 ヴィオレットはブランシェに手を差し出した。おずおずとその手を握り返すと彼女は嬉しそうに、にっと笑った。

 肩で切りそろえられた、ブロンドまではいかない薄い茶色の真っ直ぐな髪に、名の示すような美しい紫色の目。細い銀色の縁の眼鏡を掛けていて、背はすらりと高い。美しいタイプの顔立ちではないのだが、笑顔は人好きのする明るい微笑みだった。

 眼鏡も、髪の短さも、女性では非常に珍しい姿だ。その上、男性のようなズボンを履いている。女子寮にいなければ、男の子だと勘違いしたかもしれない。


「わたし、ブランシェ・ホワイト」

「入り口に書いてあったね。特別生だって聞いてるけど、ホント?」

「うん、そう、言われた。……魔法のことを全然知らないせいかもしれない」


 ブランシェは不安そうにそう答える。ヴィオレットはふーん? とだけ言って軽く首を傾げた。


「全然? じゃ、三ツ星が何なのかも、もしかして知らない?」

「うん、実はね」

「へえ、びっくりした。ルームメイトにフー・フレイムさんが居るから、覚えといたほうがいいよ」


 ねえ、そうだよね、とヴィオレットはエカルラットに声をかけた。エカルラットは話の流れを聞いていなかったのかきょとん、とし、軽く首をかしげて、何のこと? と問いながら自分の荷物を解き始めた。どうやら、真ん中のベッドを自分の場所にすると決めてしまったらしい。


「三ツ星がなんなのか知らないっていうから、ホワイトさんに説明してあげた方が良いかなって」

「ああ……そうね、ホワイトさんは何もご存じないのだと先ほどお兄様にお聞きしたばかりなのよ」

「ホワイトさんお兄さんいるんだ?」

「え、あ、うん。ヴァイス・ホワイトって言うの」


 気さくなヴィオレットに安堵して、ブランシェははにかむように笑った。

 ヴィオレットは微笑んで、少年のような動作で自分も、壁側のベッドを陣取った。必然的にブランシェは余った窓側のベッドへと移動することになり、それで決まりだった。


「三ツ星についてだったら、」


 と、ヴィオレットは自分も荷物を解きながら、軽い調子で続けた。


「あたしから聞くよりは、フー・フレイムさんから聞いた方がいいかな」


 エカルラットは、ヴィオレットの口から飛び出した自分の名に気がついて、開けていたトランクから目を上げて何度か瞬きをしてから、そうねえ、と曖昧に答えた。


「三ツ星自身から聞いた方が正しいに決まっているわね。他者から見たら否が応にも偏見が加わることは避けられないでしょうし」

「でしょ? それにあたし、説明できるほど知ってるわけじゃないし」


 頷いたエカルラットはトランクをばたんと閉め、美しい銅色の髪を後ろに払うと、荷物も持たずにきょとんと二人の顔を見つめているブランシェの方に向き直った。


「みつぼし、ってフー・フレイムさんと関係があるの?」

「関係があるっていうかね……。三ツ星、って言うのはね、この国の魔法界で、トップの地位を占める三つの魔法貴族の家柄のことよ」


 ここまで付いてきたシロルを膝に抱え上げ、ブランシェは首を傾げる。


「そもそも魔法貴族って言うのは、魔法の使える貴族の一族を指す適当な呼称でね。で、三ツ星はその一番上の家格なの。歴史と伝統、それから能力が桁違い! ……と、世間では思われているわ」


 本当のところ、そこまでとは私は思えないけど、と前置きをした上で、エカルラットは呆れたような溜息をつき、しかめっ面したまま腕とその形のよい足を組んで、三ツ星のあらましを語り始めた。


「三ツ星の祖は、この学園の創設者でもあるヌワールとその妻マシロに由来する、と言われてるわ。彼らの三人の子供たち――長男・ライン、次男・ビリジアン、長女・フー・フレイム。彼らが、ヌワールの持ち物だった、『最初の魔術師たち』の三つの遺物をそれぞれ受け継いで、家を興したのですって」


 ホントかどうか私は知らないけれど、とエカルラットは一旦口をつぐんだ。

 けれど、歴史に興味津々のブランシェの輝く大きな青い目に出くわすと、呆れたような表情の中に少しだけ照れたような雰囲気を浮かべて微笑んだ。


「……ま、大昔の人たちだもの。どこまで本当なのかはもう誰にも分からないわ。でも、彼らの名を冠した三つの家柄、ライン家、ビリジアン家、そして我が家……フー・フレイムが今でも存在することは事実よ。そして、三家が廃れることなく繁栄を享受しているのは、古代の大戦の時に中立を守り抜いて、今は亡き種族の祝福を受けたからだ、って言われてる」


 今は亡き種族、と言うのは、エルフのことである。すっかり数を減らし、今ではもう人前に姿を現すことの無い、美しく不可解な、別の時を生きている不思議な種族だ。

 そのことは誰もが知っているが、彼らの祝福を受けた一族が、魔法使いとはいえ人の世に存在しているなどとは、ブランシェは今まで聞いたこともなかった。


「長い時を越えて、その祝福が力を持っているなんてことは私には疑問。けれどそこで強大な力を手に入れた三家は、いつの間にか魔法世界を牛耳る存在になっていったの。まあ、魔法世界自体がそれほど大きなコミュニティとはいえないから、各国の国王ほどの力はないのだけれど」

「……なんか良くわかんないけどすごいの?」

「身分、地位、財産、力、権力……って点から見るとすごいかもしれない。ま、一般庶民たるあたしに言わせると、だけど」

「……すごいんだ」

「そんなことないわよ、二人とも」


 素直なブランシェの反応に苦笑して、エカルラットは頭を振る。


「何にもすごくないわ。実態としては、三家は互いに競い合って、時にいがみ合いながら暮らしてるんだから」

「でもさ、今年はフー・フレイム家以外の二家の子供も『園』に来てるよね確か。いがみ合ってたら、面倒じゃない?」


 ヴィオレットは軽い発音でそう聞き、ブランシェは兄の言葉を思い出し、頭を縦にぶんぶんと振ってそれに同調する。エカルラットは困ったように眉根を寄せ、その美しい銀の目を眇めて溜息をついて、沈黙した末におずおずと肯定した。


「いがみ合ってるのもあるけど、競い合ってるのもあるのだもの。同い年の子供がいたら、競わせないわけにはいかないのよ」

「やっぱり仲悪いの?」

「そうねえ……」


 エカルラットはきょとんとしているブランシェの方をちらちらと見ながら、選ぶように言葉を紡ぐ。


「……うーん、ライン家のシュヴァルツは、あまり私としてはお近づきになりたくないわね」

「どうして?」


 シロルを抱きかかえながら、ブランシェはそう返した。

 仮にもこの“シロル”の名付け親である。頭文字をとっただけだとしても、そうなのだ。確かに、少々無口でとっつきにくそうな印象を受けなかったことも無いが、そこまで言われるほどの人にも見えなかった。


「なんというか……得体が知れないと言うか、何を考えているか分からないのよ」


 無口で、無表情で、あまり多くを語らないから、とエカルラットは困ったように微笑んだ。


「彼自身が悪い人間ではなさそうなんだけど……子供の頃に会った時は、ひとりだけみんなの輪に入らないで、大人たちの間で本を読んでいたり、気がつくとひとりでどこかに行っていたりしていて、とても……その、付き合いにくかったわ」


 ブランシェはそれほどでもないような気がしたのに、と心の中で小さく呟いた。もっと普通の男の子だったような気がするのにな、と。


「ん、それじゃ、ビリジアン家の方は?」


 また軽く、ヴィオレットがそう発言した瞬間、エカルラットの表情が一変した。

 美しい顔が、カッと、怒りの形に歪んだのである。


「…………フー・フレイムさん?」

「あれは、駄目」


 据わった目で急にそう言われ、ヴィオレットとブランシェは背筋に寒いものを感じて身動きを止めた。


「ええっと……」

「あれは、駄目よ」


 低くくぐもった声は、明らかに怒りの音だ。


「なまじっか顔が良いからって自惚れてるのよ、あれは」

「顔? 別に魔法とは関係なさそうな」

「無駄に綺麗な金髪に緑の目なんかしてるから、女の子があっさり引っかかるのよ」


 今までに何人泣かせてきたことか! と、急にエカルラットは声を荒げた。


「まだ14歳でそんな」

「いいえ! 少なくてもうちの使用人のマーサもサリーもメアリも泣いたわ!」

「……はぁそうですか」

「その上ね!! 性格もものすごくひねくれてるの!!」

「やっぱり魔法とは関係なさそうな」


 何でこんなに怒鳴るのだろう、とブランシェとヴィオレットは顔を見合わせた。


「三ツ星が集まる度に、ひどい目にあったわ!! 嫌味がよくもうあんなに出てくるもんだわと思うほど出てくるし、毛を引っ張られて罵られたり、足を掛けられて転んだり、魔法が失敗する呪いを掛けられたり、摘んできた花を全部枯らされたり、ドレスの裾を踏まれたり、落とし穴に落とされたり、嫌いな食べ物ばっかり選んで前に出させたり……」


 ブランシェとヴァイオレットはぽかんと口を開けた。まるっきり、子供のいたずら、それもうんとちいさい男の子が女の子の気を引きたくてするような内容ではないか。

 しかし、そんなことはちらっとも考えつかないらしきエカルラットは、ビリジアン家の息子の罪状を数え切れないほど並べ立て、最後に絶叫するように『あれは駄目!』と繰り返した。


「……と、とりあえず、フー・フレイムさんはビリジアン君がきらい、みたいね」

「そうだね……『ビリジアン』て単語は、出来るだけ彼女の前では出さないようにしとこう」

「うん」


 ふたりに少々呆れられて見守られていることにも気づかず、エカルラットはその後もしばらく、ひたすらビリジアン家の長男坊の悪行の数々を二人に訴え続けたのだった。

ルームメイトはキャラ濃いめ。

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