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森の園のブランシェ  作者: 茉雪ゆえ
はじめの年
7/12

ルームメイト

「ようこそ、新入生諸君」


 木の下で待たされていた新入生達にそう言ったのは、噴水のところで現れた男だった。けれど、ブランシェは首を軽く傾げる。

 目の前の男は無精なのか、柔らかそうな銀色の髪を適当に伸ばし、それをこれまた適当に括ったような髪形をしている。年齢はいくつだか分からない。ヴァイスよりは上そうだし、ブランシェを『園』に導いた男よりは下そうだ。20代か、30代か。そのくらいの歳に見える。けれど、噴水のところで見た男はそっくり同じ顔なのにもっと若そうな印象を受けたし、それに髪がもう少し短くはなかっただろうか?

 でも、着ている漆黒のクラローブは同じデザインだし、声も同じに聞こえた。


「私はシルヴェルン・グレイ。魔法言語科を担当している魔法使いです」


 やはり、噴水の男と同じ声が、ざっきよりもずっと穏やかに聞こえる。その、どこかおっとりしたような男は微笑んで、集まった新入生達に軽く手を差し伸べた。


「ここで皆さんに出会えることを嬉しく思います。今年は例年よりも生徒数が少なく、バント殿が認めた生徒は63人しかおりません。その内女性は21人、これは数年増加傾向にあります。才能が埋もれずに済むのは本当に素晴らしいことですね」


 魔法使い、シルヴェルン・グレイ教官は穏やかに、新入生の顔を一人一人見回し、満足げに微笑んだ。それから、骨ばった薄い大きな手を再び宙に差し伸べて、そこからふわりと優雅に巻物を取り出す。

 宙から急に降って沸いた大判の巻き物に、生徒の一部が息を呑む。ブランシェも勿論、その輪の中で呆然としていた。


「真面目に学問に励めば、このぐらいのことはすぐに出来るようになりますよ。……さて、私の仕事は『園』について簡単に説明することです。粗方の説明が終わったらあなた方は、次に『園』での生活について、寮担当者の話を聞く事になります」


 グレイ教官は巻き物を広げ、空中にひょいと引っ掛ける。

 すると、留め金も何もないのに巻き物は、まるでそこに壁があるかのように綺麗に収まって、かすかな風に揺らいだ。


「さあ、これを見て下さい」

「組織図……ですか?」

「はい、そうですよ」


 目の前の生徒が発言したのを受けて、グレイ教官は頷いた。


「『園』と言うものの組織について、簡単に説明しましょう。ご存知の通り、『園』は四年制で……」


 ブランシェは風にかすかに揺れる巻き物を、穴が開きそうなほど凝視した。

 何しろ、何も知らないのである。人より一つでも多く吸収しなければ、きっとこんなところで生きてはいけない。


「皆さん1年生は『基礎科』と呼ばれる学科に在籍します。才能の質にかかわらず、最初は全員同じです。なにひとつ、区別はありません。基礎科には、魔法使いとして最低知らねばならない知識や魔法を教える、いくつかの教科があります。これについては、担当教官や指定教科書が存在しますから、授業が始まる前に配布される手紙を読むと良いでしょう……はい、そこの君?」

「『基礎科』にはクラス分けはありますか?」

「ありますよ。あなた方63人は3つのクラスに分けられます。63人は一度に教えるには、少々多過ぎますからね」

「クラス分けは試験などで行われるのでしょうか?」

「いいえ。くじです」

「くじ?!」


 ざわりと生徒たちの気配が泡立つ。するとグレイ教官は口角を上げて、にっこり微笑んだ。


「くじを馬鹿にしてはいけません。バント殿が作られる、魔法の力を秘めたくじです。今年最も良いであろうクラス分けを魔法的に決めてくれますからね」


 手を挙げた生徒は呆然と、言い放った教官を見上げて立ち尽くした。ブランシェもびっくりして目を見開いている。

 ここでは、何もかもを魔法が決定しているのだろうか? そんな不思議な世界がこの世にあって、いいのだろうか。ブランシェは不安そうにまた瞬きをした。


「説明を続けましょう。皆さんは一年目、必要な学問を収めてもらいます。二年目からは、進級試験の結果と各々の特性に従って、必修の『基礎科』の他に、『魔法言語科』『錬金術科』『召喚科』のどれかをもうひとつを選択する事になります。それぞれの学科の説明は、二年次に上がる時に詳細な説明を受けることができますが、気になる人は相談できる先輩を見つけて、聞くと良いでしょう」


「……うーん、なんとか科、っていうの、あんまり良く分からないね」

「それは来年になる時悩めばいいんだよ」


 ブランシェは、知らない沢山の単語にめまいがするわと思いながら兄にそう囁いた。

 錬金術? 魔法言語? 召喚? 具体的な内容を思いつくことが出来ず、ブランシェは途方に暮れる。一人落ちこぼれて二年生になれないのではないかという気が、勉強を始める前からしてきたのである。


「そして、四年目の最後、卒業試験を通れば、晴れて皆さんは魔法使いになることが出来ます。卒業試験は学問の面と実技の面を問う、非常に実用的な試験で、優秀な成績を修めた者は、『院』へ進むことを認められます。『院』は皆さんご存知の通りですから割愛しましょう。……簡単な説明は、このくらいかな」


 グレイ教官は巻き物の表面を軽くノックした。

 すると絵柄が変わって、次に現れたのは『園』の内部の地図だった。





 学園内の説明、行事の説明、一日の生活の説明、そして最後に寮の説明が終わる頃には、ブランシェの頭の中はぐちゃぐちゃのごちゃごちゃだった。

 何しろ、覚えなければならないことが多すぎる。『園』の地図だけで精一杯なのに、今度は寮の内部、学問の種類、知らない機関の名前など、覚える項目が山と積まれているのだ。

 毎日を暮らす寮の説明がシンプルだったことがせめてもの救いだ、とブランシェはため息をつく。寮は男女に分かれており、一部屋3人で、入り口には名前を書いたプレートがかかっている、消灯は闇の刻で朝は七の刻には起床、後は定められた時間に食事や入浴、学習時間などがあるだけである。


「授業のあとは、基本的に自由なのよね」


 と、ブランシェの後にいた少女が呟いてにこり、と笑った。


 ブランシェは驚いて息を呑む。彼女はたいへん、美しい少女だったのだ。

 燃えるような赤い髪と、月の光のようなきらめく銀色の目。髪と同じ色をした長い睫毛はその目を鮮やかに縁取っていて、肌は透き通るように白い。顔立ちもびっくりするほど整っていて、それぞれの要素が美しく形作られ、絶妙の位置に配置されている。それは世界一美しいと言われる種族、エルフを思い起こさせるほどだった。

 そんな彼女の急な出現にびっくりして目をぱちぱちさせていたブランシェは、差し出された手にもっとびっくりして息を止めた。


「私、エカルラット・フー・フレイムというの。ブランシェ・ホワイトさんでしょう?」

「え、えっと、そう……です」

「あなたのこと、上から聞いているわ。どうぞよろしくね」

「上……?」

「ええ、ホワイトさん特別生でしょう?」

「……そうなの?」


 ブランシェは自分の置かれた立場を、まだ何も聞いていない。

 今年の一番乗りだった、と言うことだけを理解している。

 だが確かに、換金所で兄が『特別生だ』と言っていたのを覚えても、いる。


「そうだよ」


 と、ブランシェを誰よりも何よりも安心させる声で言ったのは、ヴァイスだった。


「ブランシェは特別生だ。とてもとても珍しいケースだから、バント殿やフォイーユ教官が気に掛けているのではないのかな?」

「ええ。私、フォイーユ教官とは昔から少し面識があるの。そこからお話を聞いたのよ。同じ部屋になったようだから、よろしくねって」

「それはそれは。僕からも頼んでおきたいな」


 自分をおいて話がどんどん展開していく。ブランシェはおろおろして、自分よりも大分背が高い二人を見比べ、まだ足元をうろついていたシロルミネリウスをきゅっと抱き締めた。シロルミネリウスのシロル――ブランシェの中では既にこれで定着している――はきゅうう、とブランシェを励まし、慰めるように鳴く。


「僕はブランシェの兄だ。ブランシェをお願いします、フー・フレイム嬢」

「ええ、お任せください。ホワイトさん」

「ブランシェは何も知らないから、面倒がらずに教えてあげて欲しいな」

「それはきっと大丈夫。ヴィオレットはそういうのが得意なのですって」

「ヴィオレット?」

「私たちの部屋の、3人目のルームメイトよ。……さて、ホワイトさん、行きましょう」


 急にエカルラットがこちらを振り返ったので、ブランシェはきょとんとして危うくシロルを取り落とすところだった。


「ええっと」

「ほらほら、早く寮に引き込んで明日の準備を始めないと! ね?」

「え、あ、お、おにいちゃん?!」

「頑張るんだよ、ブランシェ」

「ええ? あの、おにいちゃん、荷物!」

「後で届けるよ。フー・フレイム嬢と仲良くね」

「えええー?!」


 混乱の二文字を頭上に浮かべたブランシェににこやかに手を振り、ヴァイスは自分に決められたルームメイトを探して男子生徒の間に消えていく。

 エカルラットはその美しい顔にキラキラした好奇心を浮べ、ブランシェの手を威勢良く引いて歩き出した。


「さあ! 行きましょう、ホワイトさん!」

「は、はいい……」


 ブランシェは美しい少女に手を引かれながら、小さく小さく溜息を漏らした。


美少女いえーい。

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