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森の園のブランシェ  作者: 茉雪ゆえ
はじめの年
6/12

邂逅

 ブランシェは、きょろきょろと周囲を見回していた。

 そこは、まるでコロッセウムのような円形の、空が大きく開けた建物の前で、豊かに芝生が茂っている。ブランシェはその中に、ぽつんと座り込んでいたのだった。芝生の真ん中にはびっくりするほど大きな樹が一本、風にざわざわとその枝を揺すられながら、日差しからブランシェを守るようにして立っていた。


「大きな樹だろう」


 と男が言ったので、ブランシェは素直に頷いた。


「町の森にあった木に似てます」

「町?」

「わたしの、ふるさと。白の森の町っていうんです。大きな木がたくさんあったの」


 ほう、と男は意外そうに返事をし、己の懐から金色をした羽ペンを取り出した。


「それは、立派な樹があったことだろうね」

「精霊さまがいるって言われている木もありました」

「これも、それらと同じくらい立派な樹なのだよ」


 男は金色の羽ペンを、ブランシェの前で何か書くように動かしながら、微笑んだ。


「この『園』ができた時に、創始者が植えたものだ」

「……それっていつですか?」

「さて、いつだったかな。勉強が始まったら、歴史の授業で習うはずだがね」

「歴史!?」

「そうだよ。おや、お嬢さんは歴史が好きかね」

「大好きです!!」

「それはそれは」


 男は深く微笑んで金の羽を振るのを止め、それをまた懐に戻した。


「今のはなんですか?」

「今のはね、ホワイト君、君の魔力に『今年一番に園に着いた生徒』って、書き込んだんだよ」

「ええ……? どこに?」

「人の目には見えない。見えるのは妖精とか、エルフとか、その辺りだろうね」

「……妖精とかエルフって、ホントにいるんだ……」


 ブランシェはきょろきょろと自分を見回す。確かに、何処にも何も書いていなかった。

 黒い自分の髪にも、着ていたブラウスにも、スカートにも。何も。


「それじゃ、そこで待って居たまえよ。じきに他の生徒達も現われるだろう」

「はい、ありがとうございました!」

「それでは、幸運を祈ろう、ブランシェ・ホワイト君。君の『園』での生活に、幸多からんことを!」


 男は手を振り、白い髪を風にざああ、となびかせながら、建物の奥のほうへ入って行った。そして、ブランシェがじっと見守る中、やがて見えなくなった。


「あの人、誰だったんだろう。……お名前聞くの、忘れちゃった」


 一人取り残されたブランシェは、急に淋しくなって芝生に座り込んだ。

 誰もいない芝生では、さわやかな鳥のさえずりと木漏れ日、それからどこか遠くで聞こえるさやさやとした風のざわめきが、森の歌のように響いているだけで、ひどく静かだった。ブランシェがぐるりと見回せば、石造りの古びた円形の建物には蔦が絡まり、木々が寄り添い、露が伝っていた。


「……ここが、『園』かあ」


 ブランシェはしみじみとつぶやいた。魔法使いについてさっぱり知らない自分でさえ、これほどの感慨を受けるのだ。魔法使いを目指してここに集まってくる生徒達は、どれほど感動するのだろう。


「うーん、私、ここで、やってけるのかな」


 呟いて不安になって、ブランシェは膝を抱えた。





 どれほどぼんやりしていただろう。

 それとも、転寝をしていたのかもしれない。

 ブランシェが気が付くと、目の前に両手で抱えられそうな大きさの小さな動物がちょこん、と座っていた。


「……ねこ?」


 ブランシェは一瞬そう思ったが、耳はまるでうさぎのように長いし、先っぽはクルンとそっくり返っている。毛並みは真っ白なのに、陽が当たるときらきら光るし、目は青い宝石のよう。尻尾は紐のように細くて、先っぽだけがふさふさしている。見れば見るほど猫ではない。故郷の森はおろか、図鑑でさえ見たことのない種類の動物だ。

 小さな動物はきゅぃ、と鳴き、座り込んでいたブランシェの膝の上に飛び乗ってきた。


「わ?!」

「きゅぃぃ」

「何?? 君は何??」

「きゅぃい」


 こわごわ背を撫でれば、シルクのような柔らかな手触りで、ブランシェは思わず目を細めた。


「わー、すごい、気持ちいい!」

「きゅうぃ」

「うわ! くすぐったいよ、あはは、舐めないでー!」


 子犬がするようにぺろりと頬を舐められて、ブランシェはくすぐったくなって笑う。小動物はまた鳴いて、今度はふわりとブランシェの肩に乗った。


「軽いなあ……」

「おーい、ブランシェー!」

「あ」


 小動物と戯れている内に、気が付けば兄がすぐ側までやって来ていた。


「おにいちゃん!」

「やあ、早かったね」

「もう! おにいちゃんが私を噴水にいきなり落っことすからいけないんだからね!!」

「あーうんうん、ごめんごめん」

「びっくりして気絶しちゃったよ!!」

「そうだねえ、初めての魔法だったんだもんね。ごめんね」

「謝ってすむことじゃないでしょ?!」

「ごめんごめん、次のお休みの時にカップケーキを作ってあげるから。ね?」

「……ベリーのを作ってくれたら、許してあげちゃう……」


 じゃれ合う兄妹に、シュヴァルツはこれが恐らく日常なのだろうと察して溜息をついた。


「……おにいちゃん、後の人は誰?」

「ん? ああ、噴水のところで一緒になったんだよ。シュヴァルツ・ライン君」

「あ、えっと、初めまして。ブランシェ・ホワイトです」


 ブランシェは兄とは違い、礼儀正しく頭を下げた。シュヴァルツも軽く会釈を返す。


「兄とはあまり似ていないな」

「お兄ちゃんの見た目はパパ似なんだけど、私はママ似らしいんです」

「……そうか」


 屈託なくブランシェがそういうので、シュヴァルツは少し言葉に詰まる。ヴァイスは笑って、二人を眺めていた。


「しかし……お前、年は幾つだ?」

「え?」

「随分と……その」

「背が低い?」

「……ああ、まあ」

「あなたは幾つなの?」

「今年で14だ」

「あ、おんなじだ」

「何?」

「おんなじですよ」


 その割には中身も見た目も随分と幼い……と言おうとしたその時、きゅい、と何かが鳴くのを聞いてシュヴァルツは首を傾げた。


「……何だ?」

「あ、そうだ。この子、なんだか知ってますか?」


 ブランシェはおどおどと、自分の足元に擦り寄ってきていた小さな動物を腕に抱え上げた。シュヴァルツは目を見開いて、動物とブランシェの顔を交互に見比べる。


「あの?」

「知ってはいるが……どこで見つけた?」

「今、ここに座ってたら、いつのまにか居たんです。ずっとそれからここに居るの」

「ここに?」

「そうなの」

「……これは精獣だぞ」

「何それ」

「端的に言えば、獣の姿をした妖精、といったところか」

「えええ! 君、妖精さんだったの?」


 ブランシェは抱え上げた動物にそう語りかけた。けれど動物は、きゅいい、と鳴くだけだ。


「シロルミネリウスといって今ではもう滅多に……」

「なるほど、じゃあシロちゃんだね」

「……おい、精獣になんて安易な名前をつけるんだ」

「だって、シロルミネリウス、っていうんでしょう? 毛並みも白いし!」

「頭文字をとるならせめてシロル位にしておけ、シロじゃ犬だろうが」

「町の猫にもいたけどな……わかった。じゃあ、シロルちゃんにします」

「まるで漫才だね」


 ヴァイスが我慢できなくなったように笑い、シュヴァルツはむっとしてそのまま口をつぐんだ。

 ブランシェは『シロルちゃん』を頭に乗せてふわふわと笑っている。


 そうこうしている内に、他の生徒達が少しずつ集まり始めた。

かわいこちゃんと小動物はジャスティス。

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