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森の園のブランシェ  作者: 茉雪ゆえ
はじめの年
4/12

「一番乗り」

切れ目の都合で本日分はとっても短いザンス。

「……門? ふざけるな、門などないじゃないか」

「ひょっとしてこれが最終選考なのか?」

「『門』の魔術的な意味について調べる必要があるな……」

「門、門……ああ、魔法辞書にはこう書いてあるよ」

「どれどれ……」


 待てど暮らせど、男は噴水から上がってこない。それどころか、水面にはキラキラと吹き出す水がきらめくだけで、人影ひとつ、どこにもないのだった。

 急に消えた男に生徒達は酷く困惑し、彼の言う『門』を探し出そうと、わらわらと動き始めた。姿を消す魔法はとても難しいものだ。彼らではまだ、解析することさえままならない。

 魔法の本を引っ張り出す者、なにやら道具を取り出す者、手当たり次第に聞いて回る者、本の魔方陣を試し始める者、苛々と口論を始める者……。

 広場に敷き詰められた石を剥がそうと試み始たり、ありとあらゆるものの陰を覗き込んだり、付近の家の門を叩いて回ったり。


 そんな彼らを眺めつつ、噴水の傍らに呆然と立っていたブランシェは、腕を軽く掴まれて我に返った。腕を掴んだ彼女の兄は苦笑しながら噴水を見つめている。


「おにいちゃん、門って、何?」

「入り口のことだよ」

「それは分かるわよ! そうじゃなくて、広場に門なんて……ないよね」

「うん、普通の門はないね」

「皆、探してるよ? おにいちゃんは探さないの?」

「ブランシェは探さないの?」

「うーん……探さない」

「ふうん? どうして? 門を通らないと、『園』には行けないのに?」

「あのね、さっきからすごく、『門』って『門』じゃない気がするの。なんでかは、分からないけど。乙女の直感、ってやつ?」

「あはは、正解」


 はい? と大きな瞳を見開いたブランシェに、兄はにんまり、人の悪そうな笑みを向ける。そして彼は、ブランシェの腕を握る指に力を込めた。


「え?」

「さあ、行くよ、ブランシェ」

「ええ?」

「皆、考えすぎなんだ。新入生を案内しない担当者がいるわけがないんだからね。さあブランシェ、荷物を力いっぱい抱き締めて!」

「ええええ?! ひゃあああああ?!」


 不意に、ブランシェは自分の小柄な身体が宙を舞っている事に気が付いた。

 次の瞬間、冷たい衝撃が背中に当たって、ブランシェは荷物を握り締めたまま、意識が遠くなるのを感じた。





「何をしている! 虐待なら感心しない!」


 華麗な腕の振りでブランシェを噴水に放り込んだ兄に声を掛けたのは、彼と同じくらいの背をした、黒い髪に黒い瞳の少年だった。端正な顔立ちで、発音もとてもきれいだ。その上、立ち振舞も妙に上品な少年は、噴水に足を突っ込もうとしている兄の肩をぐっと掴み、引き戻した。


「自分の連れに何をしたんだ」

「『園』にね、妹を先に連れてってあげたくてさ」

「連れて……?」


 少年は噴水を覗き込み、目をぱちりとしばたたかせた。


「そうか、転移の魔方陣はここにあったか」

「うん、今年は噴水の底に描いてあるみたいだ。この噴水は、『魔の噴水』だからね。普通の水と違う特殊な屈折のお陰で、真上から覗かないと分からないのが難点だなあ」

「何故気づいた? いや、知っていたんだな?」

「色々あるんだよ。じゃ、お先に!」


 そう言うと兄は軽く縁に足を掛け、笑って飛び込んで姿を消す。

 少年は呆れた顔でそれを見遣ったが、溜息と共に、追うように飛び込んだ。


 何の迷いも無く。

 ふわり、と。


 彼らに気が付いた生徒の何人かが我も我もと駆け寄ったのが原因で、生徒達が噴水に殺到し、広場はちょっとしたパニックに陥った。





 さわさわいう おと が する。


 もりの めざめの お  と だ。


 ほほを くすぐ る のは かぜ。


 もりを あやす こも りうた。



「お嬢さん、大丈夫かね」


 だいじょうぶじゃないよ、まだねむいよ。


「一番乗りではないのかね」


 なにが?


「とりあえず起きたまえ、お嬢さん」


 ねむいんだってば。


「他の生徒が来る前に、『園』へ着きたいとは思わないのかね?」


 ブランシェは大きな目をぱちりと見開いて、慌てたように周囲を見渡した。


 荷物は……大丈夫、握り締めている。

 周りは……故郷の町にさえ無いような、静かで深い森。

 優しいのは木漏れ日と……


 ふと見上げれば、目の前に白髪の男が座っていた。

 とても背の高い、初老に見える男。髭はなく、髪は白いといっても白髪のような白さとは少し違う。恐らく、彼がこの世に生を受けたその始めから、この色だったのだろう。

 膝を付いている姿から見て、ブランシェがひっくり返っていたのを見て、彼女に視線を合わせるように腰を落としたのだろうと思われた。


 彼の青みがかった緑の目と白髪のせいで、彼女は自分の兄を思い出す。

 目の前の男はどう若く見ても、ブランシェの父親よりも上に見えたし、当然兄よりも、明らかに年を取ってはいるけれど……

 しかし似ている、と思った。


「そうだ! おにいちゃんに文句言わなきゃ!」

「文句?」

「人をいきなり噴水に放り込むんだもの! ……って」


 鋭い目に、柔らかな光を湛えた男の目を見たブランシェは、はっとして息を呑んだ。


「ここ、どこ?」

「『園』だ」

「……ここが?」

「ここは、『園』。『魔法使いの母』と『魔法学の父』が創設した、魔法の専門学術機関。輝かしい栄光、眩い歴史、揺ぎ無い伝統。それらに裏打ちされた、英知の殿堂」


 男は己の白い髪を、撫で付けるように掻き揚げた。


「ようこそ、ブランシェ・ホワイト。君が今年の、『一番乗り』だ」


 ブランシェは瞬きをした。


「どうして私の名前を知っているの?」

「全ての生徒の名を知っているよ」

「全て?」

「『園』が出来てから、入学し、卒業した全ての生徒を」

「ええ?」

「途中でやめた生徒も、もう亡くなった生徒も、皆覚えている」


 男は柔らかに微笑んで、立ち上がろうとするブランシェに手を差し出した。


「さあ、行こう、『一番乗り』のブランシェ・ホワイト。我々は君を歓迎する」


 ブランシェは差し出された手を借りて立ち上がり、首を傾げる。


「……あなたは、誰?」


 男は薄く微笑んだだけだった。

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