静かな夜だなんていってらんね
主人公はとあるゲームのザコキャラに転生した元女性。趣味でギャルゲをプレイするくらいの軽い(?)オタク。
転生したキャラは魔術の名家に生まれたはずが、魔術の才能がなく、色々と拗らせた男。彼の妹はよその家から引き取られて魔改造されて、魔獣を生み、ゲーム本編ではラスボスを務める。複数のルートがあるが、どのルートもだいたい噛ませ犬で、圧死、廃人、塵芥のフルコース。ただでさえ、元の性別と違うのに、あまりにも未来は暗いので、生き残りつつ、妹を可愛がりたい、そんな人生をはじめのであった。
※初投稿、見切り発車です。よろしくお願いします。
月のない、ただ星だけが輝く夜だった。
壁一面に本が敷き詰められた部屋に、音が響く。
音と言ってもかすかなもので、紙と紙が擦れる音だ。
それもすぐさま、壁の本に吸い取れてしまう。
部屋に灯された灯りが一つの影を揺らし、壁に影をつくる。
まだ年端もいかない幼い身体。小さい身でありながらも、仕立ての良い服を着た少年は、分厚く古い本を眺めている。
ページに記されている内容は、『基礎魔術 序』と示されている通り、魔術の基本的なことだ。
だが、少年が読むものとしてあまりにも早すぎる。
背伸びしたい年頃の子供が大人ぶって本を眺めているのだと、傍から見ればそう思うだろう。
けれど違う。
幼い体に、大きな本。そのアンバランスがなんとも奇妙だが、本を読む姿勢はまるで学術者のそれとさしつかない。
集中。
その眼差しからそんな熱意が伝わってくる。
彼は、その本の内容を理解している。
本に熱中しているからか、廊下から近づいてくる物音にも気づきもしない。
その気配はドアの前で止まり、ドアを叩く。
「――エミリオ坊ちゃま、いらっしゃいますか?」
□
名を呼ばれ、エミリオは顔を上げた。
……嫌な予感しかしない。
その内心を隠そうともせず、表情に出す。
しかし、無視するわけにもいかず、声をあげた。
「いるよ、何か用?」
「失礼します」
入って来たのは、彼の家に勤める侍女だった。
長いスミレ色の髪を後ろに束ね、メガネのレンズの奥には冷ややかな視線はエミリオを捉える。
……一人っ子クール姉系。
エミリオは内心で勝手に、彼女のキャラ属性を決めつける。
それは彼の趣味である。
彼女は一礼をし、指を鳴らした。
すると、先ほどまで部屋をわずかに照らしていた灯りが、さらに輝き、部屋全体を明るく照らす。
「目を悪くなさいますよ」
「僕に対するイヤミ?」
「まさかとんでもない」
「でも、僕はさ、君みたいにそんなことはできないから」
その言葉に、侍女は困ったように眉を下げるも、すぐに無機質なものへ切り替える。
「それならば、人をお呼びください」
「それができたらね」
出来る訳がない。
生まれついて気位だけは妙に高く、常に人を見下している。
最近はさらに性格がひねくれてきた。
わかってはいる。わかっているからこそどうにもできない。
……どうして、こうも昔から……
「エミリオお坊ちゃま」
声を掛けられ我に返る。
「――⁉」
既視感から現実に意識を戻す。
たまにあることだ。ふとした瞬間、意識が深いところに陥ってしまう。
努めて冷静なふりをして、侍女である彼女と向き合った。
「それで、なんの用?」
「旦那様がお呼びでございます」
淡々と告げられた内容に同じく、気のない返事で応えた。
「わかった、すぐに行く」
本を閉じ、元にあった場所に戻す。だが、位置がわずかに高い。
背伸びをして入れようとしたが、本が侍女に奪われる。
「あ」
声をあげているうちに、彼女はたやすく本を本棚に返した。
「こちらのほうが早いので」
「……どうも」
……うれしくねぇよ。
「さ、旦那様が大広間でお待ちです」
促されるまま、部屋をでる。
掃除の行き届いた廊下は絵画の様で、歩けば足音もせず、絨毯に吸い込まれる。
窓の外は暗く、外に広がるはずの庭の風景さえもよく見えない。
そうして長い廊下を歩き、吹き抜けの踊り場から下の階を見下ろした。
真下の玄関ホールが見える。様子はいつもと変わらない。
「如何なさいましたか?」
後ろについて来た侍女が問いかける。
「……いや、なんでもない」
なんでもないのに、やけに何か引っかかる。そんな理由なんてあるはずもないのに。
下の階に降り、ホールから大広間に向う。
「父上、お呼びでしょうか?」
声をかけ、部屋に踏み入れる。そこには口元にひげを生やした精悍な顔つきの中年の男とその傍らに、怯えた目の少女がいた。
少女の生気のない目が彷徨い、エミリオと目があった。その瞬間、喉の奥がひゅっと鳴った。
「父上……」
男のほうに呼びかける。
エミリオの実の父親はそんな彼など気にもせず、口を開いた。
「この子は今日からお前の妹になるリリーだ」
「どうしてですか? なぜ、急に」
わかっているのに聞いてしまう。
「何、お前の母親が亡くなってもう三年もたつ。お前が寂しいと思ってな。我がジュリーニ家の分家にあたるもの子だ。妹言って差し支えない」
そうもっともらしいことを言う。
それからぐだぐだと我らが一族についてのご高説を始めるが、エミリオはそんな話をすでに聞いていない。彼の目はリリーと呼ばれた少女の釘づけになっている。
青白い肌に、黒く濡れたようなつややかな長い髪。青い目はガラスのよう何も移さない。
彼女は今日から、リリー・ジュリーニとなった少女だ
□
あーはっはっはっ!
やばい、何これ! こんなのってあり⁉
転生したと思ったら男でした!
最近よく見る、悪役令嬢じゃないの?
やけに社会的地位の高い婚約者に、自分もいい血筋で元から才能もそれなりにある強くてニューゲーム! ただし寝取られの可能性あります! じゃなくて、婚約者なし! 天才肌だけど運がない! ギャクパートでは汚れ役! そんなゲームのキャラに転生だなんて!!
神様! 私何か悪い事しましたか!
笑うしかない現状だが、表情はあくまでもニュートラルなままにして、エミリオは思考する。
ようやっと自覚した転生からすでに七年たっていた。
この世界は、魔法の存在が許されている地球に良く似た世界。
時代的には19世紀後半の欧州の雰囲気が感じられる。
ゲームのタイトルは『ナイトダンスメイガス』、略してナイダン。あるゲーム会社のシリーズもののノベルアトベンチャーエロゲーであり、のちに全年齢もので発売され、アニメ化、映画化までにもなった作品だ。
シリーズものと言ったがこれを作ったシナリオライターはラノベ作家でもあり、ゲームは作者が書いているもののシリーズの一つに過ぎない。その作者ははば広く、そのギャルゲー以外にも乙女ゲーのシナリオも書いたというのだからたいしたものだ。
かくいう自分もこの作品が気に入っているのもあるが、元から男性向けの作品が好きだ。
色々と誤解を受けそうだが、一般紙の乗るようないわゆる、健全なものよりも、ハードボイルドやインモラルな作品のほうが心引かれるだけだ。
……最近の作品は低価格なのはいいが、エロい演出ばかりでないようがなくて嘆かわしいなんて語ったあたり、どうかと思う。
自分の死因は覚えていないが、予想はつく。実の兄の結婚式がグアムで行われ、仕事があるからと、他の家族を残して、帰路についたのが最後だ。落ちたか、飛行機。
……父と母には申し訳ないが、兄に子孫繁栄を託そう。
元から独り身、未練がないと言えば嘘になるし、今生にも文句がある。
大変好きなゲームであり、転生したキャラも嫌いではない。
エミリオ・ジュリーニ。
容姿端麗、文武に優れた天才肌。もちろんモテるリア充で主人公を凡人と見下している男だ。
その実、魔術の名家に生まれながらも、魔術の才能がなく、凡人と見下していた主人公がある特殊な魔術に目覚めるや否や、妬みストーカーに変貌して途中で死ぬ、もしくは敵に付け込まれ良い様に扱われて廃人、そしてもう一つは義理の妹に殺されると言う、ザコに相応しい末路となっている。
ゲームをプレイした当時、嫌われているこのキャラも年を食ってしまっていては可愛く見えてしかたがなかった。
……エミリオはなぁ、まぁ、こんな生まれなら歪むよなぁ。でもおいしいキャラだよ。
って思っていたけど、自分はゼッタイ! なりたくない!!
妹になる少女を見る。
彼女は可愛らしいドレスを身に着けいてまるで人形のようだ。
本当のエミリオもそう思ったろうに。
目が死んでいるからなおのこと。
……ひょっとして、もう、アレかなぁ、やっぱりアレだよなぁ。
リリーにの頭に手を伸ばそうすると、彼女はビクっと肩を震わせる。
父の方を見るが、張り付いた笑顔がそこにあるだけだ。
……この子に一体何をした……!
ゲームでリリーの身にあったことは知っている。悲惨で非業で目も当てられない酷いことを、この幼い身に刻みつけたのだ。
彼女の心は壊れている。
壊れた少女は壊れたまま成長し、ゲーム本編の彼女のルートで彼女は世界を滅ぼす魔獣を生む。
その種はもうすでに埋め込まれている。
「リリー、今日から君の兄になるエミリオだ」
ぎこちなく彼女の目が動く。
「エ、エ、ミリオさま?」
彼女の震える声に、首を横にふってみせる。
「僕は君の兄なんだから」
「……はい、わかりました」
……ああ、ダメっぽいわぁ。
「父上、リリーを部屋に案内しても?」
「ああ、仲良くするんだぞ」
「はい、父上。じゃあリリー、行くよ。おいで」
父親と軽く挨拶をして、大広間を出る。リリーが遅れてついて来た。
……ふむ、私、姉系なんだけど、妹も悪くないか。
「ほら」
手を差し出すと、不思議そうな目で見られた。
何時までたっても察しない彼女に、ため息をついて、小さな手を握りしめる。
震える彼女を無視して、歩き出した。
「えっと……」
言葉に迷い、部屋に入るまで一緒にいたはずの侍女を目で探す。
見つけるよりも先に、声が降ってきた。
「エミリオ様、リリー様のお部屋はこちらです」
侍女がどこからともかく姿を現した。
「あのさ」
「はい、なんでしょう」
「色々と聞きたいけど、最初に一つ。貴女のお名前なんですか?」
「――――」
沈黙が痛い。
そりゃそうだろう。今まで仕えていた奴に突然名前を聞かれるんだから、呆れて声も出ないだろう。
「アンフォートニーと申します」
ゲームの原作では聞かない名前だ。
「じゃあ、アンって呼ぶな」
「どうぞ、お好きなように」
そう一礼して、前を歩く。
「リリーの部屋はどこ? 二階?」
「二階の南の間でございます」
頭に屋敷の間取りを浮かべるとたやすく浮かんだ。
面白い。今の自分の意志に、エミリオが記憶していることが浮かぶ。
「母の部屋か」
「そうでございます」
……ふわっと殺意沸くなぁ、あの外道親父。
大概にして欲しいと思っていると、リリーの何か勘付いたのか怯えるように体を震わす。
大丈夫だよ、と微笑みかけるがそれでもちょっと無理っぽい。
「あのさ、リリーの部屋、僕の隣にできない? どうせ部屋余ってるだろ?」
「今日は無理でございます。それに旦那様と相談しなくてはなりませんし」
「うん、じゃあ、今日は僕の部屋で一緒に寝るよ」
「エミリオ様……」
否定がくる前にもっともらしいことを言う。
「リリーはまだ小さいんだよ? 来たばかりなのに、一人で寝るなんてかわいそうだろ」
「かしこまりました。ですが、その前にお休みの支度だけはさせてください。それにエミリオ様、ご夕食を召し上がっておりませんね」
「あっ、忘れてた」
言われてから、自分の胃が軽いことに気づく。
「リリーは?」
問いかけにリリーは頷いたが、意味がどっちかわからない。
「すでに旦那様とお済です」
「じゃあ、部屋で食べるから、その間、リリーを風呂に入れてやってよ」
「ではそのように、ではリリー様」
「リリー、じゃあ後でね」
手を離すと素早く、アンの傍に行ってしまう。少し傷つく。
一人になり、色々と考える。
さて、どうしたものか。
転生ものにありがちな俺つええええをやってみたいものだが、土台は合っても種がない。ならば商業で一発逆転してもいいが、前世に知識はろくでもないし、自分が発展させなくても世界は回る。
「当分は妹と仲良くかなぁ」
リリーは見た通りに心を閉ざしている。そこはゲームの主人公よろしく心を開かせられればいいが、ゲームのシナリオを思い出すと、エミリオはリリーを良い様に扱ってたし、リリーも兄を可哀そうな人と従いながら心で見下していたという、……エミリオ、おめさんってやつは的な感じだったはず。
自分の部屋に行く前に、書斎により、何冊か本を持ち出す。
部屋に持ち帰る途中、アンとば別の使用人を見つけ自分の部屋の明かりをつけさせる。
その様子を良く見ればわかる。ゲームだけではなく作者のシリーズものを通して出てくる術式と言う奴だ。
この世界には魔力があり、人間はある一定の魔力を有しており、それがなくなると消滅してしまう。そしてその体内の魔力か外側に存在する魔力を使って事象を起こすのが魔術だ。
そして部屋に灯りを灯す、スイッチを押す、普通なら電気だがそれが魔術の術式に組み込まれている。
エミリオは魔術の才能がないが、この世界に存在しているのであれば体内に魔力はある。
ならば、これくらいの簡易な術式ならば努力次第でどうにかなるのではないだろうか。
どうせ未来は暗いなら、せめて気楽に生きたいものだ。