序章8
運転士が誰かは帳面ですぐにわかった。平田という人物でこの日は非番だったが、電話にて連絡をしてもらい、家に居たらしくすぐに来てくれた。既に高宮への聴取は終わっていたが、高宮と吉村・黒須はしばらく常紋トンネルの雑談に話を咲かせていたので、平田は高宮が座っている横に腰を据えた。おそらく西田と同じ30代半ばの中堅運転士に、西田には見えた。
平田の話では、6月8日の勤務時、つまり現場付近通過は6月9日未明、確かに常紋トンネルを出た直後にフラッシュを焚かれた記憶があるそうだ。おそらくそのフラッシュは亡くなった吉見のものと推察された。西田は続けて質問した。
「平田さん、その時、例の発光体は見ましたか?」
「刑事さん、フラッシュより遠くに見ましたけど一瞬でしたね。その前の勤務の時に一度私も見てましたので、間違いなく同じ光だとはと思いますが」
「もちろんフラッシュは最初のだけですね?」
「そうですね。フラッシュの近くに発光体はありましたが、あれは撮影者のものだと思います」
西田はこの時点で、「人魂・幽霊」は吉見の出現でいつもより慎重になっていたのではないかという推測をした。そして同時に鉄道写真の撮影は目的としていないという確信を得た。取り敢えずは満足した結果を得て、3人は事情聴取を終え、高宮始め関係者に礼を言うと、高宮は、
「刑事さん方、もし解決したら、それは俺らのお陰になるのかい? もしそうなったらなんか御礼してくれよ」
と笑顔で言った。
「ええ勿論おごらせて貰いますよ」
西田はそう答えると、二人と共に急いで署への帰路についた。
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「しかし夜中に何をしていたんでしょうね?コソコソしていた時点で、それ自体に何か事件性の匂いがしますけど」
北見からしばらく沈黙が続いた後、黒須が運転しながら西田と吉村に問いかけた。
「そうだな。元々は吉見の死とカメラの問題での捜査が目的だったが、そっちの方も気になってくるな。吉見は何か目撃してカメラに写したのかもしれない。それに『人魂』が気付いて、どういう過程かわからんが、吉見が死んでカメラが盗られたという可能性もある」
変わり映えしないうっそうとした山道を眺めながら、西田も同意した。
「タイヤ痕の方からも何かわかりませんかね。あれそろそろ結果わかるでしょ?」
吉村も話に加わる。
「タイヤ痕の方は種別がわかったと言ってもせいぜい車種の特定ぐらいにしかならんだろ。特別なタイヤなら話は別だが」
「確かに係長の言う通りですかね・・・・・・。Nシステムでもあればいいんですが」
吉村の言うとおり、車のナンバー識別システムがあれば、交通量も少ない路線だけにかなり限定されるのだが、さすがに現場周辺の田舎の山道には設置されていなかった。
「靴の方はどうでしょう?」
黒須が西田に問い直す。
「そっちの方がむしろ可能性はあるかもしれないな。みた感じ山歩き用かなんかの靴底っぽかったが、多少特殊な感じがした。ただ・・・・・・」
「係長『ただ』なんですか?」
「吉村、もう一回ちゃんと現場検証したほうがいいように思う。今度はもうちょっと広めにな。色々見落としていることがあるし、あの時は遺体の回収と吉見の死についての事件性ばかり気になって、幽霊の方がそれ以前にどういう動きをしていたのかまで調べている余裕がなかったから」
「確かにそうですね。何か遺留品を残している可能性もある」
吉村も頷いた。その後再び疲れからか思索からか沈黙が続き、署に戻るまで会話が続くことはなかった。
署に戻ると課長に鑑識からの報告が来ていた。タイヤは大手メーカーの一般セダン用で、タイヤからの車種の特定は困難。販売先の特定も同様に難しいとのこと。靴は有名トレッキングメーカーの品で、26.5というサイズから見ても男性だということはある程度絞り込めるが、足の大きい女性の場合には履く可能性があるため、断言はできなかった。また、そこそこの売れ筋のため、個人の特定となると相当厳しいとの見解であった。