序章6
署に戻り、事件の概要等について署長・課長に報告した後、嘱託検死医による検死、遺族の遺体確認、事情聴取等が次々と行われた。直接の死因については、見たとおり、頭部を石で強打したことによる脳挫傷であった。ほぼ即死だろうとの見解だった。
また遺族の証言では、ガイシャの吉見は夜間、早朝の上下の夜行「オホーツク」並びに貨物列車の撮影の為、前日の6月8日木曜夜より、北見の家を車で出発し現場付近まで来たらしい。6月9日金曜はその前の週に日曜出勤だったため、振替で有給休暇だったようだ。以前から何度も撮影に来ていたようで、あの周辺の土地勘は元々あったようだ。カメラも当然持って出たはずとのことだから、やはり何者かに奪われたのは確実であった。この点については盗犯係と連携し、盗まれたカメラの型を遺族に後から連絡してもらい、質屋等をチェックすることになった。
ただ、犯人自体がカメラそのものに興味があった場合、必ずしも換金目的とは限らず、その場合は捜査は難航する可能性が高いと西田は踏んでいた。あの時間帯に同じ場所に居た人間が「同趣味」の人物である可能性は決して低くないだろうからである。更に遺留物や遺体の服などから採取した指紋についてもチェックしてみたが、少なくとも前歴のあるものは確認できなかった。
当日は夜まで忙しくしていた西田達だったが、午後7時には一度夕食を外に食べに出る余裕が出来た。この日は非番だった小村含め全員が出勤せざるを得なかったので、連絡要員として残した澤田以外は全員でいつもの食堂に出かけ、慌ただしくもやっとひと息付くことが出来た。
「係長、現場は例の常紋トンネルのすぐ近くだったんでしょう?」
いつものように早飯食いの吉村が、楊枝片手に西田に話しかけた。
「みたいだな。カーブだの森だののせいでトンネルの入り口は見えなかったが、保線区員の話だと、現場はトンネルまで200mほどの所だったらしい」
「それじゃあ、ガイシャは幽霊でも見てビックリしてこけたんじゃないですかね?」
半分冗談なのだろうが、部分的には本気で吉村は言っているように西田には聞こえた。
「吉村さん、あの常紋トンネルだから、まあ全くあり得ないとは言えないかもしれないですけど、霊媒師じゃなくて俺等警察ですからね・・・・・・」
吉村より3歳若い後輩の黒須が苦笑いで応じた。
「おまえらは常紋トンネルの心霊話知ってるのか?」
西田は自分が知らなかったこともあり、話のついでに部下に聞いてみた。
するとやはり西田以外の竹下主任、小村、吉村(は当然だが)、黒須、大場の全員が知っていた。残っている澤田も吉村の話だと知っているらしい。改めて常紋トンネルの知名度に驚く西田であった。
「ただ、心霊話が現実にあるかどうかは別にして、ガイシャあたりも北見の人間なら、こういう話は知っていて当然ですからね、もしかすると何かを幽霊と勘違いして驚いて転倒したなんてのは全くあり得ない話じゃないでしょう」
と竹下がポツリと喋る。言われてみれば確かにそのような可能性は否定できないし、充分あり得る推測だ。西田もその点について十分考慮にいれておく必要があると感じながら、お茶を喉に注ぎ込んだ。
翌日には鑑識により靴先に付着したモノが木の根の皮の繊維と一致し、転倒した原因も木の根に躓いたものとの確信を得た西田達であったが、それがガイシャが自分で勝手に転倒したものか、或いは何かの形でカメラを奪った人間による「影響」なのかは、現場で考えていたように、これだけでは結論を出すことはできないでいた。このような場合、もし盗難或いは占有離脱物横領などの「別件」で引っぱることが出来れば、取り調べも可能だが、それは盗犯係の網に引っかかるかどうか次第であり、前述の通り、その可能性は決して高くはないだろう。滅多に「大きな」事件に遭遇しない遠軽署ではあったが、大きな事件になるかどうかは、小さな窃盗事件の解決に委ねられることになった。