鳴動6
また、購読者リストの飲食店の中には、警察のリストに「暴力団の表稼業」として載っているものが幾つか散見されていた。故に「犯罪に直接関与」する可能性が高い、それらをまず優先的に洗うことで、ローラー作戦の効率を高める方針が最終決定された。
「ところで、常紋トンネル調査会の件はどうする西田?」
倉野事件主任官から質問が飛んだ。
「それについては今週の土日のどちらかということで、土曜日にしようかと思っていますが」
と西田は言った。
「西田は事件との関係性は薄いとみているのか?」
2人の会話を受けて副本部長たる槇田署長が聞いた。
「ええ、現時点では。ただ、ちょっとだけ注意する必要があるかもしれません」
「注意とは具体的に?」
「副本部長、今回の件では、ホシは目的を達していません」
「つまり、米田の遺体の回収が出来ていない?」
「そうです。ということは、遺骨採集の時に発見される危険性は、我々が遺体を発見するまでは存在していたということになります」
「結論を言ってくれ!」
署長との会話に再び倉野が割り込んだ。
「もし私がホシなら、遺骨採集に紛れ込んで発見を阻止する方向にもっていったでしょう。ということは、吉見忠幸の死体が発見された6月9日から、我々が遺体を発見して、捜査本部が立ち上がり、同時にニュースとして公に報道された6月17日の朝より前に、採集のボランティアに応募した人物の中に、ホシかその周辺人物が居てもおかしくないでしょう? それから、記事が出る前にどれだけの人間がこの遺骨採集の予定を知っていたのかということも、きちんとチェックしておいた方が良いでしょう」
「なるほど・・・・・・。なかなか説得力のある意見だな。それについては西田に完全に任せて問題ないな?」
「事件主任官、任せていただいて構いません」
西田がそう力強く言うと、すぐに倉野はそれを承認し、会議の終了を全員に告げた。
翌日から開始されたローラー作戦は、数日間にわたり集中して行った頼みの暴力団絡みの飲食店調査に特に当たりになりそうな情報もなく、後は地道に購読者リストを潰していく作業に移行していた。
一方で西田と北村のコンビは、捜査の合間を縫って土曜に、常紋トンネル調査会の会長である松重勇作に会うため、留辺蘂にある温根湯温泉に向かった。松重は温根湯温泉にあるホテル松竹梅の社長なのだ。ここ数日、何度も通っている道を通り、ホテルに到着すると、ロビーで松重を待った。ロビーの様子を見る限り、そこそこ繁盛していそうな印象を2人は受けた。
しばらくすると、
「どうもお待たせしました」
と落ち着いた声と共に松重が現れた。見た目40後半ぐらいだろうか。西田が事前に想像していたよりは若い年齢だった。ただ、さすがに社長というだけあって、立ち居振る舞いは年齢相応の顔とは違い貫禄すら感じた。
「こちらこそお忙しいところ申し訳ないです。私が遠軽署の西田、こっちが北見方面本部の北村です」
名刺を松重から受け取ると、警察手帳と共に定型の挨拶を済ませた。松重はそれを一瞥すると、2人に席に座るように促しつつ、2人に出されたお茶がほぼ空になっていることを確認したのか、従業員にお茶を入れるように指示した。
「えーっと、今回の調査の件でしたね。よくわかりませんが、電話では、なんでもつい先日の遺体発見事件と関係があるとかおっしゃってましたが」
「そうです。どうもあなたがたの調査予定を知った人間が、調査によって、殺した相手の遺体発覚を恐れて、事前に回収しようとしたフシがありまして」
「ほう、そんなことが・・・・・・」
従業員が持ってきたお茶を飲みながら、松重はしばらく茶碗を見つめつつ指先で撫で、次の言葉を継いだ。
「それで私に聞きたいことはなんでしょうか?当然出来る限り協力させていただきますよ」
「ありがとうございます。まず聞きたいのは、今回生田原側を調査しようとした経緯を教えていただけますか?どうもこれまでは大規模調査は、生田原側ではされたことがないとか」
西田の質問に、
「それについては、ここ数年遺骨採集をしてなかったので、『しばらくぶりにやろう』ということを副会長の遠山と話しまして。だったら思い切って生田原の方でやってみるのも手かと」
と回答した。
「ということは、あくまで松重さんと遠山さん?との思いつきといいますか、アイデアでたまたま今回生田原側でやることになったと?」
「ええ、単純にそういうことです。何か具体的な意図があったっていうことではないですね」
「それはいつ頃決めたのですか?」
北村が自分の番とばかりにやや急いた感じで聞く。
「えー、いつだったかはっきりは憶えてないですが、多分5月の頭ぐらいじゃなかったかなあ」
「新聞記事になったのが5月の18日。屯田タイムスで聞いた限りでは、会長さんに取材したのは5月12日だそうです」
北村がメモを読みあげた。
「そうそう、屯田タイムスの岡村という記者さんが取材に来てくれまして、色々しゃべりました」
「お二人で決めた後から記事になるまで、他にこの計画を喋った方はいらっしゃいますか?」
「西田さん、そりゃうちは秘密組織じゃないんで、全く誰にも喋らなかったということはないですけど、記事より前に今回の計画を話したのは、遠山以外の調査会の会員の一部、多分3人ほどでしょう」
松重は苦笑して言った。
「勿論、それが悪いということではないですが、さっきの理由から新聞記事が出る前にこの件について知っていた人間がどれほどいるか、念のため把握しておく必要がありますので」
「なるほど・・・・・・わかりました。連絡したのは田中、大島、横川の古参メンバー3人ですね。この人達は私の親父の代からこの調査会の会員さんでしてね。やはり事前に連絡しておく必要がありました」
「松重さんの父上の代からやってるんですか?」
北村が驚いたように声をあげた。
「はい。この調査会は昭和30年代前半には立ちあがってますからね。元々タコ部屋労働について、実際に見聞きしてきた地元の有志を中心に出来上がった組織です。実際に常紋トンネル近辺で勤務していた国鉄のOBなんかも結構いたようですね。田中さんなんかはそうだったはずです。因みに私の親父は、若い頃から常紋、金華地区とは離れたこの温根湯地区で、このホテルの前身の温泉宿をやっていたので、直接タコ部屋労働について見ていたわけではなかったそうですが、趣味として地元の歴史なんかを調べてたんで、会長に抜擢されたみたいですね。で、親父が亡くなって、私がその跡を継いだということです」
「かなり歴史のあるボランティア組織なんですねえ」
「そうなんですよ、西田さん。ただやっぱり高齢化がネックで。発足当時からメンバーの年齢はそこそこ高かっただけに、かなりの方が亡くなってましてね。今のメンバーには、その方達のお子さんとかも多いんですよ。いずれにしましても、会員数はやはりかなり減ってます。全体で40人弱ですね。昔は100人以上いたようですが。今はメンバーも地元留辺蘂在住よりも他の市町村の人が多いですね。遠いところでは札幌や旭川辺りにも居ます。そういう人達は、親父同様、趣味で歴史なんかを調べてる人や大学教授ですけど。ああ、東京にも1人いましたね」
「東京からわざわざここまでやってくるんですか?」
「元々は北見で学生時代を送っていた方だったようですが、今は就職で東京にいるので、調査の時には来てますね。数年前の調査の時にもいらしてましたよ」
今度は西田が驚いてした質問に、松重は真摯に答えた。
「ところで、今回の新聞記事に載ったことで、ボランティアに新たに応募してきた人はいましたか?」
西田はいよいよ核心に触れる話題に変えた。
「3名ほど居たと思います」
「3名だけですか?」
北村はメモを取りながら話した。
「そうですね」
「では、その中で6月の9日以降に応募してきた人はいますか?」
「いや、3人は全員5月下旬には応募してきたはずですよ、北村さん」
北村はメモ帳に落としていた顔を上げて、松重氏を確認するように見た後、残念そうな表情を浮かべて西田に目線をやった。
「それは確かですね」
「私が知る限り確かです」
西田の問いに松重はきっぱりと言い切った。