序章2(1話分抜けておりました)
西田の食後から定食屋を後にした署までの道すがら、吉村から常紋トンネルについての概略を教えて貰う西田であったが、なるほど確かにリアリティのある「心霊スポット」だと感じた。基本的にはこの手の話には興味がないだけでなく、胡散臭さの方を強く抱いている彼であったにせよ、現実の過酷さはそれを思いとどまらせるものだったということなのだろうか。
そんな話が丁度終わった頃、2人の職場である「遠軽警察署」が視界に入ってきた。交代で昼飯を待っている部下が待っているはずで、やや遅れ気味の到着を挽回するため2人はほとんど無意識に小走りになった。
※※※※※※※
西田らの勤務する遠軽署のある遠軽町は、道東の北見市と紋別市の中間に位置する、畑作と自衛隊の駐屯地の町である。人口は1万8千弱。名前の由来は、アイヌ語のインガルシ(眺めのよいところ)から来ている。かつては国鉄名寄本線と石北本線の接続駅として交通の要衝であったが、名寄本線が廃止されるに至り、石北本線のみの駅となった。そのかつての路線形態の影響で、一本の路線上にあるにも関わらず、石北本線は遠軽駅で進行方向が一度逆向きになるという特殊な駅になった。元々は、北見から旧名寄本線に抜ける鉄路が本線だったことがその原因である。
そして件の遠軽署は、その遠軽駅から徒歩で10分ほどの閑静な場所にある警察署だ。管轄地域の周辺町村含め、平和な町で警察沙汰もほとんどないが、ここに限らず基本的に田舎の警察は「のんびりマイペース」なことに変わりない。
刑事事件はせいぜい窃盗や傷害で、強盗や殺人等の凶悪犯罪はまず起こらない。最近起きた殺人事件は、最近転勤してきた西田が聞くところによれば、今から3年前の話らしい。ゆえに配置されている刑事も極少数であり、大きな署であれば刑事課の中に強行犯係、盗犯係、知能犯係、火災犯係などがキッチリ分かれているのだが、強行犯係が他の事件も捜査担当する必要があった。その強行犯係の係長が西田である。
強行犯係は、配下に、主任の竹下を筆頭に、吉村、澤田、大場、小村、黒須の6人の部下を抱える部署だ。暇な時は他の部署の手伝いをするケースさえある。つまり、およそ一般人が持つ通常のドラマで語られる刑事のイメージでは語れない部署だ。
※※※※※※※
急ぎ足で署の階段を駆け上がり、刑事課の部屋に戻ると、交代で昼食待ちの竹下と直属の上司である刑事課長の沢井が、カルト宗教団体の広報が出ている昼時のワイドショーを立ったまま凝視していた。
「弁が立つ奴にゃロクな奴が居ない」
沢井課長が舌打ちしながらテレビに背を向けるのを見て、本人が意識しているかどうかはわからないが、どちらかと言えば弁が立つ上に、キレ者タイプの竹下が苦笑していた。
「おう、こっちの飯終わったから交替しようや!」
西田はタイミングを計ることもせず、部下の竹下主任と脇のソファで居眠りをしていた澤田、新聞を見ていた黒須、デスクで事務処理をしてた大場に声を掛けた。もう1人の部下小村は本日非番であった。
「了解です」
既に西田の姿を捉えていた竹下も間髪入れずに応答すると、澤田を黒須が軽く叩いて起こし、大場も手を止めて背広を羽織った。
「ところで、今日の日替わりはどうでした?」
最年少の大場が西田と吉村に、本日の日替わり定食の「感触」を尋ねた。
「可もなく不可もなく」
西田が答える間もなく、吉村が簡潔に即答した。
「わっかりましたぁ」
大場は先に出ていた先輩を追って急いで部屋から出る。西田はラックから新聞を取り、先程まで澤田が居眠りしていたソファに腰を落とし、紙面を開いた。
この年は年明けから阪神大震災が起こり、春先にはカルト教団による地下鉄テロが起こるという、警察にとっても希に見る緊急事態に見舞われた年でもあり、所属する北海道警も対岸の火事とは行かず、職員をかなり派遣する事態になっていた。
中でも一連のカルト教団絡みの事件は、有毒ガスが使われたという前代未聞のテロ事件であっただけでなく、過去の重大犯罪はもちろん、警察のトップが狙撃されるという、まさに警察の威信が問われる事例のオンパレードであった。当然のことながら、それらは北海道の片田舎にある所轄署の職員達にとっても、到底無関心ではいられない事件の数々であった。もちろん、一般国民ですら相当の関心事であったのだから当たり前と言えば当たり前のことなのだが・・・・・・。
※※※※※※※