鳴動2
捜査本部の様子は、鑑定がある程度予想された結果だっただけに、それほど騒がしい感じはなかった。ガイシャが確定したところで、捜査が難航しそうだということはわかりきっていただけに、これ以上の進展をそうそう期待できないという心理的重しがそうさせた側面もあったかもしれない。
会議は主任官の倉野から、形だけの鑑定結果の報告とガイシャの人物説明、そして捜査方針の確認に始まり、それが終わると捜査員達の捜査報告がされた。案の定本日も特に成果はなく、彼らがくゆらすタバコの紫煙が、まさに捜査の先行きを暗示しているかのように空中を漂っている。
「西田さんは、ガイシャが特定されましたけど、これによって進展すると思いますか?」
小声で北村が話しかけてきた。勿論西田もこれと言って何か具体的な考えがあるわけでもなかったが、
「何故今になって3年前の事件を蒸し返すようなマネをしたのか、それが捜査のキーポイントになると思うのだが・・・・・・」
と気になっていたことを告げる。これについては捜索現場に立ち会った遠軽署のメンバー全員が思っていることだ。
「そうですねえ、わざわざ隠蔽できていたものを掘り返そうとしたわけですから、それなりのリスクを負っても遺体を回収するか確認するかの必要があったんでしょう。問題はその理由が何か」
北村は軽くコツコツとボールペンを机に打ち付けながら言った。感情を表にしないタイプではあったが、やはり多少苛ついてはいるようだ。先輩としてはそういう気持ちは出せないが、西田も焦りは感じていた。
結局のところ、その後すぐに「幽霊」が何故今になって動き出したのかという端緒を探ることに捜査方針は切り替えられた。というよりもはやそれしか手がかりはなかったとも言えるのだが、切り替えのタイミングとしては決して遅くはなかっただろう。刑事達も最後の望みに全ての労力を傾けて、執念の捜査を続けた。
この翌日、6月21日、函館空港で全日空857便がハイジャックされたまま駐機状態になるという、管轄の道警全体を震撼させる事件が起きたが、翌日未明に無事解決し、西田達の捜査にも全く影響することがなかったのは、不幸中の幸いと言えた。
そして捜査本部が立ちあがってから10日、捜査方針を転換した2日経った後、1つの大きな進展があった。北見方面本部の高木と組んでいた吉村が、例の飲み屋の大将から更なる面白い話を聞き出してきたのだった。
丁度幽霊が目撃され始めた頃の5月の中旬から下旬あたりに、大将の取っていた地元紙の「北見屯田タイムス」に興味深い記事が載っていたという。その記事は、今年の7月から常紋トンネル周辺で10数年ぶりに、タコ部屋労働による死者の遺骨を大々的に調査採集し、慰霊することを地元の有志団体が発表し、ボランティアを募集するものだったようだ。特に、これまで会により大規模に調査されることがなかった生田原側を重点的にするということも書かれていたという。
これが事実なら、幽霊が3年後の今になって、再び動き出した理由には十分なりえる話だった。なにしろ埋めているとは言え、万が一調査によって遺体が回収されれば、何らかの騒ぎに発展する可能性があるからだ。捜査本部は色めき立った。ただ、大将の元には現物の新聞は既になかったので、捜査本部は北見にある新聞社に西田と北村、高木と吉村を派遣することになった。