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鳴動1

 いよいよ殺人事件ということになり、翌日も遠軽署員のほとんど総出で現場周辺を検証した。しかしさすがに前日にしっかりやっていただけあって、新たなる発見はなかった。また、現場が事前に想定していた国有林ではなく、実は個人の所有地だったということが、その日の夕方、生田原駐在所の丸山からの連絡で判明した。それを受け、署長からすぐに旭川に居住しているという地権者に、断りと詫びの連絡をいれるはめになった。

 そして、北見方面本部の科捜研が殺人事件と正式に断定したのは、遺体発見から2日後の6月17日。直後に遠軽警察署に捜査本部が立てられた。捜査本部名(通称戒名)は、「常紋トンネル付近における頭部殴打による青年殺人事件」と、なんとも締まりのないものになったが、それほど重要な問題でもなかろう。


 捜査本部の本部長は通常通り、遠軽警察署を所管する、道警北見方面本部の刑事部長である大友雄平、副捜査本部長に遠軽警察署の槇田署長が就いた。常時捜査本部に詰め、捜査を実質的に指揮する、事件主任官に就いたのは、北見方面本部刑事部捜査一課長・倉野貴文だった。

 

※※※※※※※


 北海道警察における「方面本部」とは、北海道が通常の都府県と違い面積が数県に該当するほど広いため、北海道警の中に更に県警本部類似の組織が入っていると考えればわかりやすい。北海道は他に、函館方面本部、旭川方面本部、釧路方面本部の計4つの方面本部があり、各方面本部は、各方面公安委員会の下に置かれている点でも、他の府県警と類似の組織であることが言える。札幌地区は道警本部のお膝元のため「札幌方面」で本部名はついていない。


※※※※※※※


 捜査本部が立てられた時点で、遺体についてかなりの情報が出て来ていた。初期の鑑識による見立ても含めると、20代前後の身長160中盤のB型男性で、死因は頭部を鋭利なもので殴打されたことによる脳挫傷。死後3年から4年程度経過、歯の治療痕あり、左脚の膝下に骨折痕ありというところまでわかった。遠軽署所轄内、北見方面本部管内を該当者がいるかどうか調べたところ、既に該当するであろう捜索願が出されている人物が、お膝元の遠軽署案件にいることが判明していた。状況証拠から見て、ほぼ確実と言えるレベルものだった。遠軽署に捜索願が出されていたということもあり、ここまで行くのにはほとんど時間は要さなかった。


 被害者と目されているのは、3年前の8月、遠軽署管内生田原町(現遠軽町生田原)において行方不明になった、当時23歳で岡山県倉敷市出身の、関西商大4回生(年生)米田雅俊という青年。鉄道が趣味で、常紋トンネル付近に鉄道写真を朝から撮影に行く予定で、夕食までには戻ると言い残し、生田原の民宿に一部荷物を残したまま失踪した事例であった。


 カメラと三脚が線路脇に残されたままだったため、当初熊に襲われたのではないかという憶測が流れ、警察及び地元の住民により山狩りが行われたが、一切の痕跡が見つかることもなく、そのまま行方知れずとなり今に至っている。因みに残されていたカメラには列車の映像が写されていただけだった。捜査資料と突き合わせた結果、既に血液型、身長、骨折痕についてはほぼ同一であることが確認されており、あとは歯型と虫歯の治療痕が一致すれば確定という次元まで来ていた。


 捜査本部は、遺体の身元確認ができるか否か以前に、遺体発見の状況、環境から見て相当厳しい捜査を迫られることは確定している以上、余り無駄に捜査期間を引き延ばすことは無駄だとして、北見方面本部や道警本部からの応援要員は通常の殺人事件より少なめになっていた。西田も課長も本来なら「軽め」に見られたと多少憤る面もあったかもしれないが、現実問題として、お宮入りの可能性については否定できないだけに、諦めの心境にあった。ただ、ここまで来た以上、獲物にたどり着く端緒は必ずどこかにあると言う信念も同居していたことは言うまでもない。


 それから被害者確定までの数日、捜査本部に集められた捜査員達はもう一度現場検証をし、地取り捜査、聞き込み捜査を徹底して行っていた。特に「幽霊」の特定をするため、周辺道路の検問やJR保線区員、運転士への再聞き込みを念入りにした。その幽霊と見間違えられた人物、靴のサイズや一人で行っていた穴掘りの作業量から見ておそらく男は、吉見の不審死にも直接関わっているかも知れず、米田の遺体を回収を試みたことは確実であった。また必然的に、その米田の死体遺棄、殺害にも関わっている可能性は高いはずだ。

 幽霊がこの一連の事件のキーマンであることは、北見方面本部組も遠軽署による事件発覚の経緯として重視しており、捜査本部長、事件主任官もこの点については遠軽署の方針を踏襲してくれた。ただ、場所が場所だけに検問での聞き込みでも特に何か得られたわけではなく、JRの関係者についても以前聞いたこと以上の事実は出てこなかった。幽霊について、捜査本部としては目撃された時間帯から見て、ある程度時間に融通が利く仕事に就いているか、或いは無職ではないかという推測もしていた。


 西田は捜査本部が立ちあがって以降、北見方面本部捜査一課から応援に来た北村という30歳の若手刑事とコンビを組んでいた。基本的に捜査本部が立ちあがると、応援に来た本部の刑事と所轄の刑事がコンビを組むことになっているのだが、西田の場合はある程度経験と役職を考慮して、本部からの応援組が西田より若手になっていた。


 その北村と地取りから遠軽署に戻った西田に、

「鑑定結果が出たみたいですよ。一致したって話です!」

と、丁度玄関向かって階段を降りてきた黒須が、堰を切ったように喋りかけてきた。

「やっぱり一致したか!」

と北村と頷き合った西田だったが、すぐに開かれるだろう捜査会議に備えて、捜査本部のある2階へ階段を駆け上った。


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