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微かな想い

朝には熱があったらしい僕の体はすっかり元気になっていて、部屋で暇を持て余していた。

何もする事がない。部屋の掃除はもうやってしまったし、僕はあまり本を読む方ではないから、時間を浪費するような小説も持ち合わせてはいない。

焼きそばパンが食べたい。ふとそう思った僕は、コンビニへ行く事を決意した。


外は運動にはピッタリであろう秋日和で、コンビニを目指すだけの僕には時折寒く感じた。

ふと自分が寒がりな事を思い出し、もう少し暖かくしておけば良かったかなと、後悔の念にさらされる事となる。

コンビニへ着くと、僕は少しショックを受ける事になる。焼きそばパンが売っていなかったのだ。売り切れなのか、そもそもこの店には入荷していないのか。ともかく、この穴を埋めるべく、僕は焼きそばパンの変わりにクロワッサンを3つ買った。


コンビニに売っているクロワッサンは、パン屋のようにサックリとはしていないけど、オーブントースターで、少し温めた時にやっと本気になる。温めないで食べるのもいいが、少しパサついているのだ。

そんなクロワッサンが温めただけで、口へ入れるや否やふんわりと自身を柔らかくさせつつ、バターの香りを漂わせる絶品の品に変化する。物にもよるが、温めるとサックリさが生まれる、いや戻る事もある。

つまり何が言いたいかというと、コンビニのパンも侮れないという事。

「本当に蓮はパンが好きだよね。」

コンビニ帰りに偶然出会った結衣と一緒にクロワッサンを頬張りつつ、「うん。」と、僕は頷いた。

「パン食べてる時の蓮は、幸せオーラが出てるもの。」

自分ではそんなつもりはないのだが、第三者からはそう見えているらしい。

「あれ。蓮、クロワッサン3つも買ってたの?」

レジ袋の中で、ひとりぼっちになっているクロワッサンに結衣が気づく。

「結衣と一緒に食べたいと思ってたから。だから3つ買った。」

「私がひとっつ。蓮がひとっつ。後もう1つは?おばさんの?あ、蓮ったら2つ食べる気だったのね?ご飯前にあんまり食べたらダメだよ。」

別に、2つ食べるつもりはなかった。結衣の分と、僕の分と、後もう1つは、誰の分だろう。コンビニを目指して歩き過ぎてぼうっとしていたのかもしれない。

「なんとなくだよ。なんとなく3つ買った。」

そう言って僕は、そのクロワッサンを頬張った。美味しい。


「そういえば、うちの学校の生徒が死んだって聞いたけど、結衣は知ってた?」

僕がそう言うと、結衣は本を読む手を止めた。

「うん。今日、学校で知ったよ。緊急の集会が開かれて、そこで校長先生のお話から。」

結衣は、まるで大切な友達を失ったかのように悲しそうな顔をしていた。生徒会長というモノは、知らない生徒の為にも、ここまで悲しむのだろうか。いや、きっと結衣だからだ。結衣は優し過ぎるから、他の人の為にも身を削って悲しむんだ。

「死んじゃった生徒の名前、蓮知ってる?」

結衣が僕に聞く。

「えーっと、なんだっけ。福島、そう、た、だったと思うけど。」

僕がそう言うと、結衣は何故か益々悲しそうな顔をして、「私、今日は帰るね。」と呟くように言って、部屋を出て行った。

結衣は他人にまで、あんなに悲しんであげるんだな。ちょっとぐらい肩の力を抜いたって怒られないのに。

“もうちょっと肩の力抜けよ”

僕の思ったその言葉が、頭を駆け抜ける。そうだ。僕が結衣にそう思ったように、僕も誰かに言われた気がする。


ふと窓から外を見ると、結衣の歩いている姿が見えて、思わず僕はその結衣の後ろを追いかけた。

まだそう遠くには行っていなかったようで、すぐに追いつけはしたが、僕の身体は急に走れるようにはどうやらできていないようで、ゼェゼェと息を切らせていた。

「蓮、どうしたの?私、何か忘れ物でもしちゃった?」

結衣が心配そうな顔を僕に向ける。

「あ、のさ。ふくしまそうたの事、何か知ってる?」

僕がそう言うと、結衣は驚いた顔をする。

「どうして、私が知っていると思うの?」

「福島そうたの事を話している時、結衣がひどく悲しそうな顔をしていたから…。」

結衣は悲しそうにニコリと笑うと「ごめんね。私はなんにも、知らないよ。本当に、知らないの。」と言って、歩き始めてしまった。1人残された僕は、家には帰らず、気分転換に散歩をする事にした。


色々な所を歩いた。何をするわけでも無い。唯ひたすらに、僕は歩き続けた。

ふと気がつくと、松前神社。僕はこの神社から見える、町の風景が大好きだ。

携帯も持たずに飛び出してしまったけれど、一体今は何時なのだろう。夕方ぐらいだろうか。

今日は学校を休んだというのに、外をほっつき歩いて、きっと母親は心配をしているかもしれない。家へ帰ろう。そう思った時だった。何故か神社の奥の方が気になってしまって、僕の足はまるで自分の物ではないかのように歩き始める。


勝手に動き始めた足が動きを止めたのは、ある小さな社の前だった。僕の中の僕は、それを求めていたようで、社の前で足は地面に縫い付けられたみたいになっている。しかし、僕にはこの社についての記憶は全くない。全くないハズなのに、心臓は早鐘の様に脈打っていた。

恐る恐る、社に手を伸ばしてみる。何も起こらない。何も思い出さない。やっぱり、僕はこの社の事を知らない。帰ろう。今日僕は学校を休んだんだ。

“蓮”

その場を離れようとした時、その声は聞こえた。夢でも聞いたその声。近い場所でその声を聞いていたような気もするのに、使い終わった絵の具は蓋を閉めるように、僕の中にも蓋の様な何かが閉じられていて、思い出そうとすると、その蓋にぶつかってしまう。だけど、後もう少し、もう少しの所まで来ていると思うんだ。

“蓮”

声が僕の名前を呼ぶ。

「誰だ、お前は一体誰なんだよ。どうして、僕の事を呼ぶんだよ。」

頭の中を張り巡らせて、声の主を探す。思い出せないそれを、思い出そうとする。しかし、思い出せない思い出というのもあるようで、僕は声の主が誰なのか、ちっとも分からないままだった。


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