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剣を振るう理由  作者: よしむ
第一章 城
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「幸運を」


 短いが、ただの挨拶ではなく、外門に立つ彼の声音からは謹厳さを感じる。

 今まで何隊がこの城に入り、何隊が帰還したのか。彼は知っているのだろう。

 閉じられていた外門を開き、レティシアたちを城壁の中へと招く。


「ありがとう」


 レティシアは一言だけ返し、開かれた外門をくぐる。

 外門を抜けた先に広がる中庭には、兵士達が城の中から出てくる魔物たちに備えていた。

 内門は開かれており、暗い内部をさらけ出している。


「どうやら中は真っ暗のようだな。ランタンに火を灯した方が良さそうだ。それと隊長サン、中では俺が先頭を行かせて貰う。罠が仕掛けられているかもしれないからな」

「では私が後ろを見張りましょう。万が一、前方と後方から敵が来たときは、私が後方を抑えます」

「んー、じゃああたしは地図でも書いてようか。両手空いてるしね」


 ジーナが指の先に小さな火を灯し、各人のランタンに火をつけていく。

 ランタンは腰のベルトに着けられるようになっており、戦闘の際に手を塞がないよう考慮されている。


「私はどうすればいいかな?」

「そうだな、上から何か落っこちて来ないか見ててくれや」


 シュレスタの言葉に、ジーナが吹き出す。

 余計なことをするなと言外に示したのだろう。

 確かにレティシアは、この手の探索の経験はないようだから、何もしない方が良いのかもしれない。


「ああ」


 悔しさも、憤りも感じさせない返事。

 シュレスタやジーナのふざけた態度を軽く流し、ランタンを腰に着け、軽く腰を捻り、具合を確かめている。


「激しい動きをしてもはずれませんし、火も消えませんよ。注意すべきは戦闘の際、破壊されないようにすることですね」

「そうだな、気をつけよう」

「そいじゃ地獄に一番乗りっとさ」


 開かれた内門にシュレスタが足を踏み入れた。

 続いて俺を鞘から抜き放ち、レティシアが続く。

 刀身が久方ぶりに冷たい外気に触れ、心地よい。

 内部構造が変わったとされるフォルテア城に入り、レティシアは何を思っているのだろうか。

 表情を変えない彼女からは、何も読み取れない。


 ランタンの光に照らされた通路は、幅が五メートルほどだ。幅は狭いが、天上は高く十メートルはありそうだ。

 通路は真っ直ぐと延びており、奥は暗闇に包まれている。


「地図によると突き当たりまで罠はないみたいよ」

「アカの他人が作った地図なんか信用できるかってえの」


 そう言って床や壁、天井に至るまで丹念にチェックしていく。

 慎重な男だ。こういった場所で生き残ろうとするのならば、慎重であるに越したことはない。

 俺はそういった細々としたことが苦手だから、反射神経と勘だけでどうにかしてきた。

 それでどうにかなってきたが、肝を冷やすことも多かった。


 長い時間をかけ、突き当たりまで着く。

 左右へと分かれる道。どちらもランタンの頼りない光では、奥まで見えない。


「ほらー、やっぱり罠なんて無かったー」

「ゴチャゴチャうるせえな、無かったら無かったで良いんだよ」

「でもこんなペースで進んでたら、お給金がもらえないよ? お腹いっぱい食べられないよー?」


 レティシアを含め、こいつらは探索から戻るたびに持ち帰った情報に応じて給金を受け取るらしい。

 情報を持ち帰れなくても、ある程度の金額は保障されているのだが、ジーナはそれだけではご不満のようだ。


「いや、このまま慎重に進んでくれ。生きて帰るのが第一だ」

「私も隊長に賛成です」


 本来なら一番急いで進みたいであろうレティシアが、シュレスタを支持した。

 一ヶ月以上レスデアフート城に閉じ込められていて良かったのかもしれない。

 俺が思っている以上に彼女は平静さを保っているようだ、今のところは。


「隊長サンもああ言ってンだ、いい加減静かにしてくれ」

「むー」


 ジーナが不満そうに口を膨らませる。

 一番年長のくせに、一番大人気ないな。


「それで隊長サン、右と左……どっちに行く?」

「どちらでも構わないが」

「そうか、それなら右に行こう。基本的に、分かれ道は右へ進むことにしようぜ」

「それで良いが、何か理由でもあるのか?」

「右でも左でも構わないんだがな。万が一はぐれることがあった場合、分岐で行く方向を決めておくと合流しやすくなる……かもしれないだろ?」


 右折し、ゆっくりと歩を進めていく。

 地面に這い蹲り床を確認するシュレスタ、退屈そうに欠伸をするジーナ、油断なく背後を確認するモーゼズ。


 レティシアが俺を持つ手に力を込める。

 気づいたようだな。


「上だッ!」


 上から落ちてくる四つの小さな人影。

 レティシアは跳躍し、ジーナに向かって落ちてきた人影の腹部を突き刺す。

 俺に刺さっていたのは、醜悪な面をした小人――ゴブリンと呼ばれる魔物であった。


 レティシアの声に反応したシュレスタは、すぐさま上に視線を移し、状況を理解したようだ。

 落ちてくるゴブリンの振るう棍棒の一撃を転がって避ける。

 そのまま上体を起こし、手斧を振るいゴブリンの胸に手斧の刃を埋めた。

 肋骨を断ち切り、肺にまで達したであろう一撃で、ゴブリンは口から血を吐き出し絶命する。

 シュレスタはゴブリンが動かなくなったことを確認し、手斧を引き抜いた。

 

 モーゼズはレティシアの声を聞くと、盾を上に向け、棍棒の一撃を受け止める。

 ゴブリンの小さな体躯から放たれる一撃に、モーゼズはびくともしない。

 地面に落ちたゴブリンに、手にしたメイスを無造作に振り下ろす。

 ゴブリンも棍棒で受け止めようとするが、モーゼズとの膂力の差に、棍棒ごと頭蓋を叩き割られた。

 脳漿を飛び散らせ、即死するゴブリン。

 モーゼズは頭が潰れたゴブリンを悼むことなく、仲間へと向き直った。


「キ、キィッ!?」


 レティシアを狙って落ちてきたゴブリンは、あっという間に三匹の仲間が殺され、うろたえているようだった。

 着地したレティシアが、俺の剣先を振り、刺さっていたゴブリンの死体を放る。

 そのまま残ったゴブリンに歩み寄り、造作も無く首を刎ねた。


「隊長さん、よく気づいたねー?」

「上を見ていろと言われたからな」

「……俺が悪かったよ」

「謝罪を受け入れよう、だがまだ終わっていない。前から来る奴らは私に任せろ。モーゼズは後ろから来る奴らを頼む。シュレスタは私とモーゼズが倒しきれなかった連中がジーナに近づくのを防いでくれ。ジーナは……、自由に撃て」


 レティシアの指示出しが終わると同時に、前方の暗闇から無数のゴブリンが姿を現す。

 後方からも多数のゴブリンが迫ってきているようだ。

 まだこの城の入り口が近いというのに、ウヨウヨと沸いて出てくるゴブリン。

 何処から出てきて、何処に身を隠し、何を食べているのかと疑問は尽きない。

 案外、「何も無いところから湧き出た」という兵士の言は真実に近いのかもしれないな。


「わかりました」

「任せろ」

「はーい」


 三人の返事を聞き、レティシアは俺を脇に構え駆け出した。

 一人前に出たレティシアに、次々とゴブリン共が飛び掛ってくる。

 俺を横に薙ぎ、飛び掛ってきたゴブリンを両断し、大量の血を浴びた。

 レティシアの輝く金色の髪が、ゴブリンの汚らしい血によって穢される。


「……」


 無言でゴブリンを一匹一匹斬り伏せていく内に、レティシアの口元がかすかに緩み、血を浴びるたび、眼に喜悦の色が混じっていく。

 溜め込んでいたモノをようやく吐き出せたのだろう。

 あまり女の外見のことをどうこう言うのは好きではないが、今のレティシアは、出会ってから一番美しい。


 レティシアの剣閃の合間を縫って、横を抜けようとするゴブリンもいるのだが、そういった輩には蹴りが飛んでくる。

 体重の軽いゴブリンなら、しっかり腰の入った蹴りをお見舞いしてやることで、吹き飛ばすことは難しくない。

 俺を持つことで剣技だけではなく、体の扱い方そのものが俺を写したものになるようだ。

 この手の雑魚に囲まれた際、俺は同じように剣を振るいながら、相手を蹴り飛ばしていた。

 その時の動きに、今のレティシアの動きがよく似ているように思う。

 だが、彼女は力が足りない。

 女の身では仕方の無いことだが、彼女の剣や蹴りは軽すぎる。

 俺ならば一振りでゴブリンを十匹だろうが二十匹だろうがまとめて両断できたし、蹴ればゴブリンの骨を砕き、内臓を吐き出させることもあった。

 しかし、力の不足が、俺の技をより高みへと導くかもしれない。

 ゴブリンを一匹一匹、丁寧に斬るレティシアを見ていると、俺は力に任せて雑になっていたのかもしれないと思わされる。


 レティシアが肩で息をしはじめた頃、ようやくゴブリンが品切れになったようだ。

 ゴブリンの攻撃は止み、通路はバラバラになったゴブリンの死体に埋め尽くされていた。

 吐き気を催すような臓物の臭気に満たされた通路に、最後のゴブリンが姿を現す。

 そのゴブリンは、今までのゴブリンとは大きさも、体格も、そして手にしている得物も違った。

 二メートルを超える巨体に、女性の胴ほどもある腕、醜悪な顔つきはゴブリンのものなのだが、真っ直ぐとレティシアを射抜くその眼には、若干の知性が感じられる。

 身に着けているものは粗末な腰布だけだったが、手にしている得物は、刀身が二メートルにも及ぶ両手剣だった。

 巨大なゴブリンの圧迫感で、ただでさえ広くない通路が、とても窮屈なものに思えてくる。


「こいつで最後か」


 レティシアが剣先を最後のゴブリンに向け、構える。

 それを見て、ゴブリンも同じように構えた。

 俺の剣先が小さくぶれている。恐らくレティシアの腕に、疲労が溜まってきているのだろう。

 呼吸を整えながら、ゴブリンの一挙手一投足を見据える。

 今のレティシアではゴブリンの攻撃を受けきれないだろう。


「ガアアアアッ!」


 雄たけびを上げ、ゴブリンが足を踏み出す。

 仲間の死体を踏みつけ、両手剣を大きく振り上げた。

 胴体に空いた隙を、俺が見逃すはずはない。レティシアも同じはずだ。

 一歩大きく踏み出し、胴体を両断すれば良い。

 だが、レティシアは動かなかった。

 振り下ろされる両手剣。技術などない、筋力に任せただけの斬撃。

 その斬撃を、レティシアはゆっくりと半身を引き、紙一重で躱した。

 そして、静かに俺をゴブリンの喉に突き刺す。体重を乗せ、押し込み、頚椎を断ち切る。

 ゴブリンの両手剣が地面を叩くと同時に、ゴブリンは絶命した。

 

「はは……、もっと筋トレが必要だな……」


 ぷるぷると震える手のひらを見ながら、レティシアが呟いた。

 どうやら、思っていた以上にレティシアの腕は限界が近かったようだ。

 あの太い胴体を両断する力が残っていなかったらしい。


「だが、まだ終わってない」


 レティシアは俺を握りなおし、後ろを振り返る。

 見ると、巨大なゴブリンの喉笛を、シュレスタが背後からかき切っていた。

 モーゼズが引き付け、後ろに回ったシュレスタがトドメを刺したらしい。


「終わったか」

「ああ、たぶんコレで最後だろ」

「初の戦闘でしたが、これはもう使い物になりませんね。今度は鋼鉄製の盾を持ち込むことにしましょう」


 割られた盾を捨て、苦笑いをこぼしたモーゼズ。


「それにしても隊長サン、見直したぜ。正直、隊長サンを初めて見たときは、俺達の隊は捨石にされたのかと思ったンだけどな。見事な剣の腕だった」

「凄かったねー、あたしが援護する必要なかったもん」

「そうか」


 剣の腕を褒められ、複雑そうに俯く。

 自らの技量ではなく、与えられたモノだからな。素直に喜べないのは当然だろう。


「ああ、これからもよろしく頼むぜ。だが一つだけ言わせてもらう。前に出すぎだ、俺が罠を確認していない床はなるべく踏むな」

「えー、戦ってる時にそこまで気にするのって大変だし、ちょっとぐらい大丈夫だよー」

「いや、ゴブリン共は明らかに待ち伏せていた。ということはここらに罠があってもおかしくねえだろ?」


 四匹のゴブリンの奇襲から、挟み撃ちという流れは、確かに偶然ではないだろう。

 どこから出てきているのかはわからないが、魔物たちは侵入者を監視しているのかもしれない。


「シュレスタの言う通りだな。今後は気をつけよう」

「お嬢ちゃんと違って、隊長サンは聞き分けが良くて助かるぜ」

「むー」


 シュレスタがククリナイフを腰に差し、ゴブリンの頭にめり込んでいた手斧を回収して前に出る。


「ほいっと、隊長さん顔洗いなよ」

「すまないな」


 ジーナが水の塊を宙に出現させる。

 ふよふよと浮かぶ水に布を浸し、レティシアは返り血を拭っていった。

 血に塗れた彼女の姿を気に入っていたのに、少し残念だ。


「こんな戦いが続くのなら、是非ともお風呂を用意して貰いたいものですね」

「良いねー、地図くれたおっちゃんに頼んでみようよ」

「ギヨームにか? それはいいかもしれないな」


 呑気な連中だ。

 死臭が漂う魔物たちの領域で、風呂の話ができるのだから。


「おいおい、まだ探索は始まったばかりだろ。気ィ抜いてんじゃねーぞ」

「はーい」


 一番不真面目そうなシュレスタが苦言を呈すとはな。

 だが、この男の言う通りだ。

 気が緩んだその時に、死神はそっと鎌を振り下ろすものなのだから――。

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